第6話 殺してはない
――現在。
夜風が心地よく、茶髪の髪が微弱に揺れた。動きやすさや、面倒なことを色々と考慮して、私の髪の毛は肩つく程度の長さだ。この場合、短髪が正解なのか、もっと細かな髪の長さの名称があるのかは知らない。
今日間が昼間にわざわざ持ってきた単眼鏡を使い、距離を取りながら視察する。現在地は綾部家から少し離れた林道。彼らの敷地に入れば結界で視察していることがばれるので、こういった形を取っている。
この距離感からの視察に一時間ほどが経った。今のところ怪しい様子は見られない。一時間もこの調子だと暇になってくる。夜食を抜いて来てしまったので、空腹でもあった。
いっそ、バレてもいいので敷地に入り、強引に証拠を得ることも可能だ。元々そのつもりだが、この作戦には問題がある。
まず、前提として綾部家が怪しい動きをしている最中でないと意味がない。加えて、相手は手練れ、私だけの力で対処できるほどの弱小家系ではなかった。
異変が起きれば即座に屋敷へと向かい、その全容をこの目で確かめて離脱するのだが、いつまで経っても異変は起こらない。
彩夏からの話、異変は毎晩見られるようだが時間は乱れていると。
こんな頼み、受けるんじゃなかった。特に目立った報酬も見込めそうにないのが残念で仕方ない。彩夏のことだから、どこからか金は持ってきそうではあるが。
まあ、いくら考えても待つしかないので、愚痴を溢しても無駄な力だった。
ふう、と呼気する。イメージは雨の中、傘の向こうから感じる不愉快な視線。
どんより、じめりとした空気の中でのそれは最悪だ。
もっとも、陰の印象が強い私にはお似合いなのかもしれないけれど。
殺気の線、それを辿ると背後二十メートル先に何かがいる。直感、人間ではない。
振り返れば戦闘は避けられそうにない。かと言って、振り返らなければ、それはそれで殺しにかかってくるだろう。私に殺意を向けるとは、冗談も大概にしてもらいたい。
殺意は私の特権だ。
殺意が濃くなった。私はその殺意に、殺意で迎い討つ。
視る。距離、およそ一メートルすらない。怯える相手は急接近してきたにも拘らず、至近距離で足を止めた。殺意はより濃い者が勝つ。相手にそれで負けるほど、私は正常ではなかった。
相手が何者なのか。私に殺意を向けた以上、無事では済まさないがその前に素性を知らなければ、後々今日間から叱咤される。
実に面倒なので、仕事は真っ当しなければ。
声を発そうとするが、刀に遮られる。横薙ぎに、刀と視線ギリギリ、体を反らして回避する。そのまま後方に舞って距離を取った。
横に薙ぎ払った刀の刃先は緑の竹をいとも簡単に斬り落とす。
「貴様、なにやつ。殺人鬼か何かか。何者であっても危険物としてみなす」
「物扱いは酷いわね。それに、私が殺人鬼と、何故言い切れるの?」
ああ、と言った後に気が付いた。私の白い着物には赤い液体が付着していた。これは血だ。その付着した様子が、自分の血が肌から滲んだのではなく、外部から滲んだように見える。当然、そうなのだから殺人鬼ということに否定はしない。もっとも。
「私、人は殺してないわ」
「そんなに返り血を付けてよくもまあ嘘をほざく」
「はぁ。それじゃあこの場で立証しましょうか」
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