おもいあい

杉 司浪

最低なのは僕なのか。

 僕は、学年一のお洒落で誰からも愛される、そんな可愛い女の子と付き合っていた。彼女との出会いはSNSだった。たまたま同じ大学で、たまたま同じ学年で僕と彼女は仲良くなった。僕と彼女は毎日連絡を取り合い、時間が合えば何時間も電話をした。彼女と話すのは楽しくて、彼女はお洒落で服に詳しくセンスがとても良く、僕は会ったこともない彼女に惹かれていった。

 彼女から会いたいと連絡が来たのは、夏の暑い日だった。僕たちは大学の最寄りの駅で待ち合わせをした。僕は彼女より先に駅に着き、日陰で涼んでいた。駅の西側から黒のスラックスにプリントTシャツの女の子が歩いてくるのが見えた。彼女とは、特に何を着ているとか何を目印にするかなどの話はしていなかったので、僕は彼女と確信が持てるまで話しかけないようにした。

「あの、もしかして?」

彼女は僕の顔を覗き込み、僕のSNSアカウントを見せてきた。

「です。はじめまして。」

不安そうな顔をしていた彼女は、徐々に笑顔になった。彼女の笑顔を見て、僕は胸がきゅっとなった。


「ここのカフェ行きたいの!一緒にどう?」

彼女は今日を楽しみにしていたようだった。僕と彼女はカフェに行き、同じ飲み物を頼んだ。

「学部はどこなの?どこに住んでいるの?出身はここなの?音楽は聴くの?」彼女はたくさん僕に質問をした。僕はひとつひとつに丁寧に返事をした。彼女とは別の学部で出身地も逆方向、僕は一人暮らしで彼女は寮に住んでいる。彼女のファッションのテーマは『誰かが真似したくなる服』。僕のテーマは『自分が着たいもの』。僕はポップな曲が好きで彼女は失恋ソングやバラードをよく聴く、僕たちの共通点はあまりなかった。僕は何となく彼女とは友達でそれ以上にはなれないだろうなと思った。

 彼女とはその日から、三日間連続で会った。彼女は僕といた時間が楽しかったようで、明日も明日もと毎日会う約束をした。僕は断る理由も特になかったので彼女と会った。二日目は前と同じカフェで、三日目は夜の公園で会った。彼女から夜に聴いて欲しい音楽があると公園に誘われた。僕と彼女は公園でたくさん話して、彼女のおすすめの曲を聴いた。それは失恋ソングとラブソングの間みたいな曲だった。彼女は座り直したり、前後に揺れてみたり、急にそわそわし出した。

「あのね、まだ出会って三日で、違うのもわかってるんだけどね、君のことが好きなの。付き合ってくれないかな。」

僕はいきなりの告白に驚いた。

「確かに、まだ三日目だもんね。」

黙ったままも勇気を出した彼女に失礼な気がして、僕は考える時間を稼いだ。

「うん、でもね、君が飲み物を飲む時とかご飯を食べる時にいただきますとごちそうさまを言っていたところとか笑った時に目がなくなるところか、好きなんだ。」

僕は再び驚いた。食事の際に挨拶をすることは普通のことだと思っていた。それが当たり前じゃない彼女に驚いた。彼女は眉を下げて、申し訳なさそうな顔をしていた。僕は彼女が振られることをわかって告白しているように見えた。

「いいよ、付き合おうか。僕も君のセンスとか笑うと子供っぽくなるところ、好きだよ。」

僕は大学生になり、付き合うことへの価値観が変わっていた。付き合うことは別に減るものじゃない。彼女は嬉しそうに僕の手を握って恋人繋ぎをした。

「私ね、好きな人と写真撮るのが好きなの。これから、いっぱい写真増やそうね。」

彼女はあまり知らない僕のことをなかなかに好いているようだった。


 彼女は僕と付き合ってから、よく僕の家にきた。彼女はふと携帯を取り出し、僕を撮ったり、一緒に写真を撮ったりした。いつの間にか僕の携帯は彼女の写真でいっぱいだった。彼女は不安がりだった。彼女がいない間に僕が他の女の子と会っていないか、彼女に連絡もせずに女の子と飲み会に行っていないか、彼女は細かく僕の予定を毎日きいた。僕はそれに耐えることができずに、彼女に合鍵を渡した。不安な日は鍵を使って僕の家に来ればいい、軽い気持ちだった。

 僕はバイト終わりに先輩たちと話していていつもより帰るのが少し遅くなった。家に帰ると、真っ暗の部屋の中で彼女は玄関で正座して僕の帰りを待っていた。

「どこ行ってたの?バイト終わるのこんなに遅くならないよね。何していたの?誰といたの?」

僕は素直に話した。しかし、彼女は僕を疑っている様だった。

「どうして連絡してくれなかったの?」

「君が来ていると知らなかった。」

「いつでも来ていいって言ったじゃん。」

「来るなら連絡してくればよかったのに。」

「私がいつ来てもいいように家にいてよ。」

僕はこのやり取りが心底嫌いだった。僕は連絡しないといけないのに彼女は連絡しなくていい、不平等ではないのか。これは彼女に言えない。彼女は不安がりだから、これを伝えてしまうと、僕が他の女の子と遊びたいことになってしまうからだ。

「ごめん、僕が悪かった。次からは連絡するよ。」

彼女はこの一言で納得した。わかったと言って僕にすり寄ってきた。僕たちは一緒にお風呂に入り、一緒に寝た。彼女の方を向いて、彼女が寝つくまで好きだと伝え続けた。僕は本来丸まって寝るのが好きだが、彼女を怒らせてしまうのでいつも寝つけなかった。

 ある日、彼女から急に大学の空き部屋に呼び出された。学校で会うのははじめてだった。

「ごめん、遅くなった。どうしたの?」

僕がきくと、彼女は不機嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。

「君の友達グループの中に私の友達がいるんだけど、その子から君が女好きだってきいた。」

「それ君の男友達でしょ。君だって男の子が好きで僕だって女の子が好きだ。別におかしくない。」

彼女は女友達より男友達の方が多い。僕は男友達と基本一緒にいるが、女友達とも話す機会は多い。わざわざ伝えることではないだろと僕は友人を恨んだ。

「何で開き直っているの?おかしいよ。」

僕は彼女とはそう長く一緒にいられないことを悟った。僕は彼女に細かく連絡すること、自分を棚に上げて怒るところ、愛を強要するところが嫌いだった。

「次、講義だから行くね。」

僕は彼女と向き合うことをやめた。泣きそうな顔をしている彼女に少し申し訳ない気持ちになった。

 彼女と付き合って夏が過ぎようとしていた。僕と彼女は喧嘩と仲直りを繰り返していた。僕は彼女の魅力をすっかり忘れかけていた。何故か僕は彼女のすべてを受け入れることを決めた。僕は友達との遊びよりも彼女を優先した。彼女が飲み会のときだけ、僕も別の飲み会に参加した。僕は積極的に彼女をデートに誘った。彼女へ好きを伝えた。それでも喧嘩と仲直りを繰り返していた。

 冬になり、彼女から大学で一番景色が綺麗な場所に誘われた。バイト終わりに僕は大学へ向かい、寒い中夜景をみていた彼女と合流した。

 彼女はコンビニの袋から肉まんを二つ出し、一つを僕に渡した。

「冬に食べる肉まんって格別に美味しいよね。」。

嬉しそうに肉まんを頬張る彼女を、僕は無意識に写真を撮っていた。

 可愛い彼女をみて僕は彼女と別れることを決めた。明日で終わりにしよう。彼女はお洒落で可愛い、何故僕みたいなやつに固執しているのかがわからない。彼女にはもっと良い人がいる、もっと素敵な人と幸せになれる、そう思った。そう思うと、縛られてる現状に、より一層耐えれなくなった。

 

 僕はバイト先で新人の女の子と仲良くなった。肩まで伸ばした柔らかい黒髪、ほのかに焼けたすべすべの肌、綺麗な二重、口角の上がった唇、だるだるのパジャマでさえ女の子が着るとお洒落に見えた。なんとなく波長が一緒で女の子と話をするのが楽しかった。いつの間にか僕は女の子に惹かれていた。たまたま同じ服屋さんが好きで、一緒に服屋さんに行った。その後、女の子の家で映画を観ながらお酒を飲んだ。

「この映画、人生で一番好き。」

女の子が教えてくれた映画は、少し古い映画だった。僕も好きな世界観で引き込まれた。映画を観終わると女の子は煙草大丈夫?と僕に聞き、ベランダに向かった。僕も吸わないけど、一緒にベランダに出た。僕と女の子は恋愛観について語り合った。僕は今彼女がいて上手くいっていないこと、彼女の愛に応えられない自分がいること、包み隠さず全て話した。

「私じゃ、駄目?」

女の子がどこか寂しそうな顔で言った。

僕はむしろ女の子の方を好きになっていた。女の子がその気なら僕はいつでも彼女と別れるだろう。

「今はだめ。まだ僕は誰かの男。」

僕は変に真面目なようだ。女の子と会っている時点で彼女からしたら浮気になるんだから。女の子はそっかと呟いて煙草の火を消した。

 女の子の家を出て、自分の家に帰った。いつものように彼女は僕の部屋にいて、いつもと違うのは彼女が泣いていることくらいだった。

「女の子の家に行ってたんでしょ。もう私をいらなくなったんでしょ。」

女子は勘が鋭い。もはや恐怖だ。

「うん、そうだよ。僕たちもう別れよう。」

僕から別れを切り出すのはどうかと思ったが、そんな余裕はなかった。僕は一刻もはやく彼女と別れたいみたいだ。

「嫌だよ。私の何が駄目なの。あなたのこと大好きなのに。」

「大好きだけじゃ、片付けられない何かがあるんだ。」

「最後に一緒にご飯が食べたい。」

彼女はそう言って僕の部屋の冷蔵庫から材料を出した。

「今日は君とご飯が食べたくて、カレーの材料買ってきたんだよ。」

涙で溢れた笑顔で彼女は料理をはじめた。僕はどうすることもできず、部屋の角でただじっと彼女がカレーを作る後ろ姿を眺めた。

 彼女がカレーを作り終える前に僕は寝てしまった。朝、目が覚めると彼女は部屋にいなかった。置いてあったのは昨日作っていたカレーとドアポストに合鍵と手紙があるだけだった。彼女が僕にくれた誕生日プレゼントも彼女が置いて帰った服も全てが綺麗になくなっていた。

 手紙には、大好き最低な人と可愛い字で書かれていた。僕は改めて彼女との生活が終わったことを実感した。

 僕は冷めたカレーを温めて食べた。なんとなく涙の味がした。僕は小さく、洗い物くらいしろよと呟いた。


 彼女と別れてもう5年が経つ。女の子とも付き合って、すぐに別れた。僕は未だに彼女の写真を一枚も消せていない。

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