第3話

城田光は、影村での一連の出来事から2週間が経過した朝、目を覚ました。彼の頭には、まだ「影」との戦いの記憶が鮮明に残っていた。窓から差し込む朝日が、彼の顔に温かみを与えていた。

光は深呼吸をし、起き上がった。鏡に映る自分の顔には、疲労の色が濃く残っていた。彼は自分の姿を見つめながら、これからの道のりの険しさを実感していた。

「影」は確かに封印された。しかし、その遺産は村中に根付いていた。光は警察官としての責任と、一人の兄としての想いの間で揺れ動いていた。

彼はゆっくりと身支度を整え、宿を出た。朝もやの立ち込める村の通りを歩きながら、光は村人たちの表情を観察した。彼らの目には、恐怖と解放感が入り混じっているように見えた。

村の中心広場に到着すると、そこには既に多くの村人が集まっていた。彼らは小声で何かを話し合っている。光が近づくと、会話は途端に止んだ。

「おはようございます」光は穏やかな口調で声をかけた。

村人たちは互いに顔を見合わせ、やがて年配の男性が一歩前に出た。

「城田さん、私たちは...話し合いをしていました。これからの村のことについてです」

光はうなずいた。「そうですか。私も皆さんと一緒に考えていきたいと思っています」

男性は深くため息をつき、続けた。「実は...私たちの多くは、まだ「影」の存在を信じています。あれほど長い間、私たちの生活の一部だったものを...簡単に否定することはできないのです」

光は眉をひそめた。彼は「影」との戦いの記憶を鮮明に覚えていた。しかし、村人たちにとっては、それが現実なのか、それとも悪夢だったのか、判断できないでいるようだった。

「わかります」光は慎重に言葉を選んだ。「長年続いてきたものを、一朝一夕に変えることはできません。ですが、私たちは前に進まなければなりません」

そのとき、群衆の中から一人の少女が飛び出してきた。彼女の目は涙で濡れていた。

「でも、私のお父さんはまだ帰ってこないの!」少女は叫んだ。「お父さんは「影」に連れて行かれたの。「影」がなくなったら、お父さんはどうなるの?」

光は胸が締め付けられる思いだった。彼は少女に近づき、優しく肩に手を置いた。

「お父さんの名前は?」

「佐藤...佐藤健一です」少女は泣きながら答えた。

光は記憶を探った。確かに、「影」との戦いの中で、多くの魂が解放されたはずだった。しかし、全ての人が戻ってきたわけではない。まだ見つかっていない人々がいるのだ。

「佐藤さんのことは、必ず調べます」光は少女に約束した。「私たちは、まだ見つかっていない人たちのために、できることがあるはずです」

少女はうなずき、光の腕の中で泣き続けた。

その光景を見ていた村人たちの表情が、少しずつ変わっていった。彼らの目に、かすかな希望の光が宿り始めた。

光は群衆を見渡しながら、静かに語り始めた。

「皆さん、私たちは大きな試練を乗り越えてきました。「影」との戦いは終わりましたが、私たちの戦いはまだ続いています。今度は、私たち自身との戦いです」

彼は一呼吸置いて、続けた。

「長年、「影」に支配されてきた this村には、まだ多くの謎が残されています。失踪した人々の行方、「影」が村に残した影響...これらを一つ一つ解明していかなければなりません」

村人たちは、光の言葉に耳を傾けていた。彼らの目には、不安と期待が入り混じっていた。

「しかし、私たちには希望があります」光は力強く語った。「私たちは「影」を倒しました。これは、私たちが一つになれば、どんな困難も乗り越えられるということを証明しています」

彼は少し間を置いて、村人一人一人の顔を見つめた。

「これからの道のりは決して平坦ではありません。しかし、私たちが協力し合えば、必ず新しい未来を切り開くことができるはずです」

光の言葉が終わると、村人たちの間から小さなざわめきが起こった。彼らは互いに顔を見合わせ、うなずき合っていた。

そのとき、群衆の中から一人の男性が前に出てきた。彼は震える手を光に差し出した。

「城田さん、私たちも...協力します」男性は震える声で言った。「長年、私たちは「影」に従うことしかできませんでした。しかし、もうその時代は終わったのです」

光は男性の手を強く握り返した。「ありがとうございます。一緒に歩んでいきましょう」

その瞬間、広場に集まった村人たちの間から、小さな拍手が起こった。それは次第に大きくなり、やがて広場全体に響き渡った。

光は胸が熱くなるのを感じた。これは小さな一歩かもしれない。しかし、確実に前に進んでいるのだ。

その日の午後、光は村役場に向かった。彼は、失踪者のリストを確認し、捜索の計画を立てる必要があった。役場に入ると、そこには既に数人の村の若者たちが集まっていた。

「城田さん」健太が光に近づいてきた。「みんなで相談していたんです。僕たちにも何かできることがあるはずだと」

光は若者たちの決意に満ちた表情を見て、微笑んだ。「ありがとう。君たちの力が必要だ」

彼らは机を囲み、失踪者のリストを広げた。そこには、数十人の名前が記されていた。

「まず、これらの人々の最後の目撃情報を集めましょう」光は提案した。「それぞれの失踪の状況を詳しく調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない」

若者たちは熱心にメモを取り、役割分担を決めていった。光は彼らの姿を見ながら、希望の光を感じていた。

しかし、その希望の中にも、不安の影が忍び寄っていた。光は窓の外を見た。夕暮れ時の影村は、まるで別の顔を持っているかのように見えた。建物の影が長く伸び、不気味な形を作っている。

光は深く息を吸い込んだ。これから始まる調査が、どこに導いてくれるのか。そして、妹の美咲の真実にたどり着けるのか。

彼はまだ知らなかった。この村には、「影」以外にも多くの秘密が眠っていることを。そして、その秘密が、彼の人生を大きく変えることになるとは。

光は決意を新たにした。どんな真実が待っていようとも、彼はそれに立ち向かう。妹のため、そしてこの村の未来のために。

夜が深まる中、影村は新たな章へと踏み出そうとしていた。そして、その物語の中心には、常に城田光の姿があった。彼の心の中で、正義への情熱と、真実を求める執念が燃え続けていた。

夜が更けていく中、光は役場を出た。村の通りは静まり返り、かすかな風だけが木々を揺らしていた。彼は宿に向かう途中、ふと足を止めた。影の館の方向を見つめる。廃墟となった館は、月明かりに照らされて不気味な姿を浮かび上がらせていた。

「まだ何かがある...」光は呟いた。直感が彼にそう告げていた。

翌朝、光は早くから動き出した。彼は若者たちと共に、失踪者の家族たちを訪ね歩いた。悲しみに暮れる家族たち、怒りに震える親戚たち、そして諦めの色を隠せない人々。様々な表情に出会いながら、光は一つひとつの証言を丁寧に聞き取っていった。

昼過ぎ、光は健太と共に村はずれの森に入った。最後の失踪者が目撃されたという場所だ。

「城田さん、ここです」健太が立ち止まり、周囲を見回した。「佐々木さんが最後に見られたのは、この辺りだそうです」

光はうなずき、注意深く地面を調べ始めた。落ち葉の下には、かすかに足跡らしきものが残っていた。

「健太、ここを見てくれ」光は地面を指さした。「これは...」

「足跡ですね」健太は目を凝らした。「でも、人間のものとは少し違う気がします」

光は眉をひそめた。確かに、その足跡は人間のものとは明らかに異なっていた。より大きく、爪のような跡も見える。

「これは一体...」

彼らが足跡を追っていくと、やがて小さな洞窟の入り口に辿り着いた。洞窟の中は暗く、不気味な空気が漂っていた。

「健太、ここで待っていてくれ」光は懐中電灯を取り出しながら言った。「中を調べてくる」

「でも、危険かもしれません」健太は心配そうに言った。

「大丈夫だ。何かあったらすぐに警察を呼んでくれ」

光は慎重に洞窟の中に入っていった。狭い通路を進むにつれ、空気はますます重くなっていく。やがて、通路は大きな空間へと開けた。

光が懐中電灯で周囲を照らすと、そこには信じられない光景が広がっていた。壁一面に、奇妙な模様が描かれている。それは人間の姿をしているようでいて、どこか歪んでいた。

「これは...」光は息を呑んだ。

壁画の中央には、大きな円が描かれていた。その中には、「影」に似た存在が描かれている。しかし、それは光が知っている「影」とは少し違っていた。より古く、より強大な何かを感じさせた。

光が壁画をさらに調べていると、突然、背後で物音がした。彼は素早く振り向いたが、そこには誰もいなかった。

「誰かいるのか?」光は声を上げた。

返事はない。しかし、確かに何かの気配を感じる。光は緊張しながら、ゆっくりと洞窟の奥へと進んでいった。

突然、彼の目に何かが映った。それは人間の姿をしていたが、どこか違和感があった。光が懐中電灯を向けると、その姿は影のように溶けて消えてしまった。

「何なんだ、これは...」

光は慌てて洞窟を出た。外では健太が心配そうに待っていた。

「城田さん!大丈夫でしたか?」

「ああ...」光は深く息を吐いた。「健太、村長を呼んでくれないか。話さなければならないことがある」

その日の夕方、村の集会所に村人たちが集められた。光は発見した洞窟のことと、そこで見た不可解な光景について説明した。

「つまり、「影」はまだ完全には消えていないということですか?」村長が不安そうに尋ねた。

「そうかもしれません」光は慎重に言葉を選んだ。「しかし、これは「影」とは少し異なるものだと思います。もっと古く、もっと根源的な...」

村人たちの間からざわめきが起こった。恐怖と不安が広がっていく。

「皆さん、落ち着いてください」光は声を上げた。「私たちはこれを恐れる必要はありません。むしろ、これは私たちの村の歴史を解き明かす鍵かもしれないのです」

彼の言葉に、村人たちは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

「では、どうすれば良いのでしょうか」健太が尋ねた。

「まず、その洞窟を徹底的に調査する必要があります」光は答えた。「そして、村に伝わる古い伝説や言い伝えを全て洗い出す。これらを組み合わせれば、何か見えてくるかもしれない」

村人たちは互いに顔を見合わせ、うなずいた。彼らの目には、恐怖とともに、かすかな希望の光も宿っていた。

その夜、光は眠れずにいた。彼の頭の中には、洞窟で見た光景が繰り返し浮かんでくる。そして、妹の美咲のことも。

「美咲...」光はつぶやいた。「君もこれを知っていたのか?」

翌日から、村全体で調査が始まった。若者たちは古い文書を調べ、お年寄りたちは昔から伝わる話を語り始めた。光は警察の同僚たちの協力も得て、洞窟の調査を進めた。

調査が進むにつれ、少しずつ真実が見えてきた。影村には、「影」よりもさらに古い存在が眠っていたのだ。それは「根源の影」と呼ばれ、村の誕生よりも前から存在していたという。

「根源の影は、この地域の自然の力そのものだったんです」古老の一人が語った。「人々はその力を畏れ、敬い、そして少しずつ利用するようになった。しかし、やがてその力を完全に支配しようとする者たちが現れ...」

光は次第に全体像を把握し始めていた。「影」は、「根源の影」を制御しようとした人々の野望が生み出した存在だったのだ。そして、その過程で多くの犠牲者が出ていた。

ある日、光は再び洞窟を訪れた。今度は準備万端で、詳細な調査を行う。壁画を丁寧に記録し、洞窟の構造を調べ上げる。

そして、洞窟の最奥部で、彼は衝撃的な発見をした。そこには、小さな祭壇があり、その上に古びた日記が置かれていたのだ。

光が恐る恐るその日記を開くと、そこには信じられない内容が記されていた。それは、彼の祖父の日記だった。

「まさか...」

日記には、「根源の影」との関わり、そして「影」の誕生について詳細に書かれていた。光の家族は、代々この秘密を守り、時には利用してきたのだ。

そして、最後のページには衝撃的な事実が記されていた。光の妹・美咲は、この秘密を知ってしまったがために命を落としたのだ。

光は膝から崩れ落ちた。彼の中で、悲しみと怒り、そして使命感が渦巻いていた。

「美咲...」光は涙を流しながらつぶやいた。「必ず、この真実を明らかにする。そして、この呪縛から村を解放する」

彼は決意を新たにし、洞窟を後にした。これからの道のりは険しいだろう。村人たちの中には、この真実を受け入れられない者もいるかもしれない。しかし、光は諦めなかった。

村に戻った光は、まず健太と村長に真実を打ち明けた。彼らは驚きと戸惑いを隠せなかったが、光の決意を理解し、支持してくれた。

「城田さん」村長は重々しく言った。「この真実を村人全員に伝えるのは、大変な勇気が必要です。しかし、それが正しい道だと私も思います」

光はうなずいた。「ありがとうございます。一緒に、この村の新しい歴史を作っていきましょう」

その夜、村全体が集会所に集められた。光は壇上に立ち、発見した全ての真実を語り始めた。村人たちの表情は、驚きと混乱、そして少しずつ理解へと変わっていった。

「私たちの先祖は、自然の力を畏れ敬う心を忘れ、それを支配しようとしました」光は力強く語った。「その結果が「影」だったのです。しかし、今こそ私たちはその過ちを正す時です」

彼の言葉に、村人たちの中から少しずつ賛同の声が上がり始めた。

「私たちには、新しい未来を作る力があります」光は続けた。「「根源の影」を恐れるのではなく、敬い、共に生きる道を見つけましょう」

集会が終わった後、多くの村人たちが光のもとを訪れた。彼らの目には、新たな決意の光が宿っていた。

これは終わりではなく、新たな始まりだった。影村は、長い眠りから目覚め、新しい歴史を刻み始めようとしていた。そして、その歩みを導くのは、城田光と村人たち自身の強い意志だった。

光は夜空を見上げた。星々が、かつてないほど明るく輝いているように見えた。

「美咲、見ていてくれ」彼は心の中でつぶやいた。「僕たちは、きっと新しい道を見つけるよ」

影村の物語は、まだ続いていく。しかし今度は、恐怖と秘密の物語ではなく、希望と再生の物語として。光は、その新しい章の先頭に立つ覚悟を決めていた。

翌朝、光は早くから目覚めた。昨夜の集会で明かした真実が、村全体にどのような影響を与えているか、彼は心配していた。窓の外を見ると、普段より多くの村人たちが通りを行き交っているのが見えた。彼らの表情には、不安と期待が入り混じっていた。

光は深呼吸をし、外に出た。彼が歩き始めると、すぐに村人たちが近づいてきた。

「城田さん」年配の女性が声をかけた。「昨日の話、本当なんでしょうか?」

光はうなずいた。「はい、全て真実です。私たちの村には、長い間隠されてきた歴史があったのです」

「でも、これからどうすればいいんでしょう?」若い男性が不安そうに尋ねた。

「一緒に考えていきましょう」光は穏やかに答えた。「私たちには、新しい未来を作る力があります」

そのとき、群衆の中から一人の老人が前に出てきた。村で最も年長者の一人、山田老人だった。

「城田さん」山田老人は震え声で言った。「私には、話さなければならないことがあります」

光は老人の様子に気づき、彼を脇に連れ出した。二人は村はずれの小さな祠に向かった。

祠に着くと、山田老人は深くため息をついた。「実は...私の家にも、代々伝わる秘密があったのです」

光は驚いて老人を見つめた。「それは、どんな秘密ですか?」

「「根源の影」を鎮める儀式について...」老人は低く語り始めた。「私の先祖は、「根源の影」と交信する力を持っていたといいます。そして、その力を使って村を守ってきたのです」

光は息を呑んだ。これは、彼がこれまでに得た情報とは全く異なる角度からの真実だった。

「その儀式は、今でも行えるのですか?」光は慎重に尋ねた。

山田老人は悲しそうに首を振った。「残念ながら、その方法は代々の者たちによって少しずつ忘れられてきました。しかし...」

老人は懐から古びた巻物を取り出した。「これには、儀式の一部が記されています。これを使えば、何かできるかもしれません」

光は巻物を受け取り、慎重に開いた。そこには、複雑な呪文と図形が描かれていた。

「山田さん、これは重要な手がかりです」光は興奮を抑えきれずに言った。「ありがとうございます」

二人が村に戻ると、そこには既に多くの村人が集まっていた。光は、山田老人から聞いた話と巻物のことを皆に説明した。

「皆さん」光は声を上げた。「これは、私たちが「根源の影」と向き合う新たな方法かもしれません。しかし、これを解読し、正しく使うには、村全体の力が必要です」

村人たちは、不安と期待が入り混じった表情で互いの顔を見合わせた。

「私は...協力します」突然、人混みの中から若い女性の声が上がった。彼女は前に出てきて、光の前に立った。「私の祖母も、不思議な力を持っていたと聞いています。その力が、何かの役に立つかもしれません」

次々と、村人たちが前に出てきた。それぞれが、家に伝わる言い伝えや、不思議な体験を語り始めた。光は、これらの断片的な情報が、大きなパズルのピースになるかもしれないと感じた。

「皆さん、ありがとうございます」光は感動を抑えきれずに言った。「これらの情報を全て集めて、解析する必要があります。そして、「根源の影」との新たな関係を築く方法を見つけ出すのです」

その日から、村全体が大きく動き出した。若者たちは古い文書を解読し、お年寄りたちは昔の話を詳しく語った。光は警察の同僚たちの協力も得て、これらの情報を系統立てて整理していった。

数日後、光は再び洞窟を訪れた。今度は、山田老人の巻物と、村人たちから集めた情報を携えて。

洞窟の奥深くで、光は巻物に記された呪文を唱え始めた。最初は何も起こらなかったが、やがて洞窟全体が微かに震動し始めた。

突然、壁面に描かれた模様が輝き始めた。そして、光の目の前に、靄のような存在が現れた。

「汝は誰なのか」深い声が響いた。

光は震える声で答えた。「私は城田光。この村の平和を守るために来ました」

靄は揺らめき、次第に人の形に近づいていった。「汝らは、長い間我を恐れ、支配しようとしてきた。なぜ今、我に話しかけるのだ」

光は深く息を吸い、決意を込めて語り始めた。「私たちは過ちを認めます。あなたを支配しようとしたことは間違いでした。しかし今、私たちは新たな関係を築きたいのです」

靄は静寂なまま、光を見つめていた。

「私たちの先祖は、あなたを畏れ敬っていました」光は続けた。「その心を取り戻し、共に生きていく道を探りたいのです」

長い沈黙の後、靄が再び話し始めた。「汝の言葉に、真実を感じる。しかし、それを証明せよ」

光は村人たちから集めた情報を思い出した。「かつて、私たちの先祖はあなたと共に自然を守り、豊かな実りをもたらしました。その絆を取り戻したいのです」

靄は slowly 揺らめき、やがて光の周りを取り囲んだ。「よかろう。汝らに一つの試練を与えよう。それを乗り越えられれば、新たな契約を結ぼう」

光が目を覚ますと、彼は洞窟の入り口にいた。手には、奇妙な形の石が握られていた。

村に戻った光は、すぐに村人たちを集めた。彼は「根源の影」との対話と、与えられた試練について説明した。

「この石が、私たちへの試練の鍵になるようです」光は石を掲げて言った。「しかし、これが何を意味するのか、まだわかりません」

村人たちは石を興味深そうに見つめた。そのとき、人混みの中から老婆が前に出てきた。

「その石...」老婆は震え声で言った。「昔、祖母から聞いた話に出てきたものに似ています」

光は老婆の話に耳を傾けた。それは、村の境界にある古い祠の話だった。その祠には、今は失われた宝石がはめ込まれていたという。

「もしかしたら、この石がその宝石の代わりになるのかもしれません」光は興奮して言った。

村人たちと共に、光は古い祠に向かった。祠に着くと、確かにそこには石をはめ込めそうな窪みがあった。

光が恐る恐る石をはめ込むと、突然、祠全体が輝き始めた。そして、村全体に柔らかな光が広がっていった。

その瞬間、村人たち全員が不思議な感覚に包まれた。それは、「根源の影」の存在を直接感じ取れるような感覚だった。

「これが...試練だったんだ」光はつぶやいた。「私たちの心を開き、「根源の影」の存在を受け入れること」

村人たちは、驚きと畏敬の念に満ちた表情で互いを見つめ合った。彼らは初めて、自分たちを取り巻く自然の力を直接感じ取ることができたのだ。

その日から、影村は大きく変わり始めた。村人たちは、「根源の影」との新たな関係を築くために、様々な取り組みを始めた。古い儀式を現代に合わせて復活させたり、自然保護活動を積極的に行ったりした。

光は、これらの活動の中心となって村を導いていった。彼の心の中では、妹・美咲への想いが、村全体を守る使命感へと変わっていった。

数ヶ月後、村は見違えるように活気づいていた。かつての暗い雰囲気は消え、代わりに希望に満ちた空気が村全体を包んでいた。

ある夜、光は一人で丘の上に立っていた。村を見下ろしながら、彼は深い安堵感を覚えた。

「美咲...」光は空を見上げながらつぶやいた。「やっと、君の望んでいたことを実現できたよ」

突然、彼の背後で柔らかな風が吹いた。振り返ると、そこには靄のような存在が浮かんでいた。

「汝らは、試練を見事に乗り越えた」「根源の影」の声が響いた。「我と汝らの新たな契約が、ここに結ばれたのだ」

光は深々と頭を下げた。「ありがとうございます。私たちは、これからもあなたと共に歩んでいきます」

靄は光の周りを優しく包み込み、やがて夜空に溶けていった。

光は村を見つめ直した。そこには、まだ多くの課題が残されているだろう。しかし、彼には確信があった。村人たちと共に、そして「根源の影」と共に、必ずや乗り越えていけるはずだと。

影村の新しい物語は、まだ始まったばかりだった。光は、その物語の導き手として、これからも村と共に歩んでいく決意を新たにした。

夜空には、かつてないほど美しい星々が輝いていた。それは、影村の明るい未来を予感させるかのようだった。

影村の変革から一年が過ぎ、村は驚くべき成長を遂げていた。かつての暗い雰囲気は完全に消え去り、代わりに活気と希望に満ちた空気が村全体を包んでいた。

城田光は、警察官としての職務と村の指導者としての役割を両立させながら、日々奮闘していた。彼の努力は、村人たちの信頼と尊敬を集め、影村は周辺地域のモデルケースとして注目されるようになっていた。

「根源の影」との新たな関係は、村に予想以上の恵みをもたらした。農作物の収穫量は増え、森林は豊かさを取り戻し、さらには観光客も増加していた。人々は自然との調和を大切にしながら、新しい生活様式を確立していった。

ある日、光は村はずれの丘の上に立っていた。そこからは村全体を見渡すことができる。夕暮れ時の柔らかな光に包まれた村の姿に、彼は深い感慨を覚えた。

「美咲...」光は妹の名を呼んだ。「君が望んでいた村の姿に、少しずつ近づいているよ」

そのとき、彼の背後で優しい風が吹いた。振り返ると、そこには靄のような存在が浮かんでいた。

「汝の努力は、実を結んでいる」「根源の影」の声が響いた。「しかし、これは終わりではない。新たな挑戦が、汝らを待っているのだ」

光はうなずいた。「はい、わかっています。これからも村人たちと共に、より良い未来を築いていきます」

靄は光の周りをゆっくりと回り、やがて夜空に溶けていった。

その夜、光は村人たちを集会所に集めた。彼は、これまでの成果を称えると同時に、新たな目標を提示した。自然との共生をさらに深め、他の地域にもその知恵を広げていくこと。そして、かつて「影」に苦しめられた人々の心の傷を癒していくこと。

村人たちは、光の言葉に熱心に耳を傾けた。彼らの目には、かつての恐怖や不安は影も形もなく、代わりに強い決意と希望が宿っていた。

集会が終わり、人々が三々五々帰路につく中、光は一人、夜空を見上げていた。星々が、これまで以上に明るく輝いているように見えた。

影村の物語は、まだ終わっていない。むしろ、新たな章が始まったばかりだった。光は、その物語の導き手として、これからも村と共に歩んでいく。そして、いつの日か、この村の経験が世界中の人々の心に希望の灯りをともす日が来ることを、彼は信じていた。

夜風が優しく光の頬を撫でた。それは、まるで「根源の影」が彼の決意を後押ししているかのようだった。光は深呼吸をし、明日への希望を胸に秘めながら、家路についた。

影村の新しい伝説は、こうして静かに、しかし確実に紡がれていくのだった。

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