第4話

城田光は、影村役場の窓から外を眺めていた。夏の陽光が村を包み込み、穏やかな光景が広がっていた。しかし、その平和な表面下には、まだ解決されていない多くの謎が潜んでいることを、彼は痛感していた。

「光さん、お待たせしました」

背後から声がした。振り返ると、村長の佐藤英樹が書類を手に部屋に入ってきた。

「これが、先日お願いした過去50年分の村の記録です。かなり古いものもありますが、できる限り集めました」

光は感謝の言葉を述べ、早速書類に目を通し始めた。そこには、村の人口動態、農作物の収穫量、気象データなど、様々な情報が記されていた。しかし、彼が探している「影」に関する直接的な記述は見当たらなかった。

「何か気になることはありましたか?」佐藤が尋ねた。

光は慎重に言葉を選びながら答えた。「はい。いくつか興味深い点がありました。特に、20年ごとに村の人口が急激に減少している時期があるんです。これは何か理由があるのでしょうか?」

佐藤の表情が一瞬こわばった。「そ、それは...」彼は言葉を詰まらせた。

そのとき、突然部屋の電気が消え、周囲が暗闇に包まれた。窓の外を見ると、村全体が停電したようだった。

「また始まったのか...」佐藤がつぶやいた。

「また、とは?」光は身構えながら尋ねた。

佐藤は深いため息をついた。「実は、この20年周期の現象には、ある言い伝えがあるんです。『影の継承』と呼ばれるものです」

光は耳を澄ませた。佐藤の話によると、影村には古くから「影の力」を継承する儀式があったという。その力は村を守護するものだったが、同時に大きな犠牲も要求した。20年に一度、その力を新たな継承者に引き継ぐ際、多くの村人が姿を消すという現象が起きていたのだ。

「そして、今年がちょうどその年に当たるんです」佐藤は声を震わせながら言った。

光は急いで立ち上がった。「村の人々に危険が迫っているということですか?」

佐藤は頷いた。「おそらく。でも、誰が次の継承者になるのか、そしてどこで儀式が行われるのかは誰にもわかりません」

その瞬間、遠くで悲鳴が聞こえた。光は即座に部屋を飛び出し、音のする方向へと走り出した。村の中心部に向かう途中、彼は不可解な光景を目にした。道路や建物の影が、まるで生きているかのように蠢いていたのだ。

「影の継承...」光は呟いた。彼の頭の中で、これまでの謎が少しずつ繋がり始めていた。

中心広場に到着すると、そこには恐怖に震える村人たちが集まっていた。彼らの足元から伸びる影が、まるで意思を持つかのように中央へと集まっていく。

その中心に立っていたのは、光が以前から気にかけていた少女、佐々木美雪だった。彼女の周りを、渦巻くような影が取り囲んでいる。

「美雪ちゃん!」光は叫んだ。

美雪は光の方を向いた。その瞳は、普段の少女のものとは違い、古代の知恵を宿したかのような深い輝きを放っていた。

「城田さん...助けて...」美雪の声が響いた。しかし、それは彼女の口から発せられたものではなく、周囲の影から漏れ出てくるかのようだった。

光は躊躇することなく、影の渦に向かって歩み寄った。「美雪ちゃん、大丈夫だ。僕が必ず助け出す」

しかし、影の力は強く、光を押し返そうとする。彼は必死に抵抗しながら、一歩一歩美雪に近づいていく。

「みんな、協力してください!」光は村人たちに呼びかけた。「影に飲み込まれそうになっている人を助け出すんです!」

最初は恐怖で動けなかった村人たちも、少しずつ動き始めた。彼らは互いの手を取り合い、影に飲み込まれそうな仲間を引き上げていく。

その光景を目にした瞬間、光の中で何かが閃いた。「そうか...これが本当の『影の継承』なんだ」

彼は大声で叫んだ。「みんな聞いてください!影の力は一人で背負うものじゃない。みんなで分かち合うものなんです。だからこそ、一人一人が自分の影と向き合い、受け入れる必要があるんです!」

光の言葉が、まるで呪文のように村全体に響き渡った。人々は互いに手を取り合い、自分の内なる闇と向き合い始める。すると不思議なことに、渦を巻いていた影が徐々に静まっていった。

美雪の周りを取り巻いていた影も、ゆっくりと薄れていく。光は最後の力を振り絞って美雪に手を伸ばした。

「美雪ちゃん、もう大丈夫だよ。みんながあなたを守ってる」

美雪は震える手を伸ばし、光の手を掴んだ。その瞬間、村全体を包んでいた暗闇が一気に晴れ、柔らかな夕日の光が広場を照らした。

人々は驚きと安堵の表情を浮かべながら、互いの無事を確認し合う。光は疲れた様子の美雪を抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がった。

「これで終わったのか?」誰かが呟いた。

光は首を横に振った。「いいえ、これが新しい始まりです。私たちは今、本当の意味での『影の継承』を行ったんです。これからは、一人一人が自分の影と向き合い、それを受け入れていく。そうすることで、村全体で影の力を分かち合える。それが、この村に伝わる本当の教えだったんです」

佐藤村長が光に近づいてきた。「光さん、あなたは凄いものを発見しましたね。これが代々伝わる『影の継承』の真の姿だったとは...」

光は頷いた。「はい。そしてこれからが本当の挑戦になるでしょう。村の人々一人一人が、自分の内なる影と向き合い、それを受け入れていく。それは簡単なことではありません。でも、みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられる」

美雪が光を見上げた。その目には、もう恐怖の色はなく、新たな決意が宿っていた。「私...みんなの役に立ちたいです」

光は優しく微笑んだ。「ありがとう、美雪ちゃん。みんなで一緒に、この村の新しい歴史を作っていこう」

夕暮れの光の中、影村の人々は新たな一歩を踏み出そうとしていた。彼らの前には、まだ多くの困難が待ち受けているだろう。しかし、今日の出来事を乗り越えた彼らなら、きっと乗り越えられる。

光は空を見上げた。そこには、淡い影を引きずりながらも、美しく輝く夕焼け雲が広がっていた。それは、まるでこれからの影村の未来を映し出しているかのようだった。

夕暮れが深まり、村人たちは徐々に家路につき始めた。しかし、光と佐藤村長、そして数人の村の長老たちは、役場に集まって今後の対策を話し合うことになった。

会議室に入ると、空気が張り詰めているのを感じた。長老たちの表情は硬く、不安と期待が入り混じっているようだった。

「では、会議を始めましょう」佐藤村長が切り出した。「今日の出来事について、皆さんのご意見をお聞かせください」

最年長の山田老人が口を開いた。「確かに、今日の出来事で村は一つの危機を乗り越えました。しかし、これで全てが解決したわけではありません。むしろ、これからが本当の試練の始まりではないでしょうか」

光は頷いた。「その通りです。今日、私たちは『影の継承』の真の意味を知りました。しかし、それを実践していくのは簡単なことではありません」

「では、具体的にどうすればいいというのです?」別の長老が声を上げた。「何百年も続いてきた儀式を、たった一日で変えられるものではありません」

議論は白熱し、様々な意見が飛び交った。古い慣習を守るべきだという意見もあれば、新しい方法を模索すべきだという意見もあった。

そんな中、突然ドアが開き、美雪が小さな体を震わせながら入ってきた。

「す、すみません。でも、聞いてほしいことがあります」

全員の視線が美雪に集中した。彼女は深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。

「私は今日、影の力を直接感じました。それは怖かったけど、同時にとても大切なものだとも分かりました。私たち一人一人の中にある影。それは私たちの一部であり、決して無くすことはできません。でも、それと向き合い、受け入れることで、新しい力が生まれるんです」

美雪の言葉に、部屋の空気が変わった。長老たちの表情が柔らかくなり、互いに顔を見合わせた。

光が立ち上がり、美雪の肩に手を置いた。「美雪ちゃんの言う通りです。私たちに必要なのは、影との共存の方法を学ぶことです。そのために、私は具体的な提案があります」

光は、村全体で「影との対話」プログラムを始めることを提案した。これは、村人たち一人一人が自分の内なる影と向き合い、それを受け入れていくためのワークショップや瞑想会を定期的に開催するというものだった。

「さらに」光は続けた。「村の歴史や伝統を改めて調査し、『影の継承』の本当の意味を探る必要があります。きっと、私たちの先祖は重要なメッセージを残しているはずです」

佐藤村長が立ち上がった。「光さんの提案に賛成です。しかし、これには村人全員の協力が必要になります。皆さん、どうでしょうか?」

長老たちは互いに顔を見合わせ、しばらくの沈黙の後、全員が頷いた。

「よし、では早速準備を始めましょう」佐藤村長は力強く宣言した。

翌日から、村は新たな取り組みに向けて動き始めた。光を中心に、「影との対話」プログラムの準備が進められた。美雪も積極的に協力し、子供たちに影の大切さを教える役割を買って出た。

一方で、村の古文書や遺跡の調査も始まった。光は村の図書館に籠もり、古い記録を丹念に読み解いていった。そんな中、彼は一つの興味深い記述を見つけた。

「影の聖地」と呼ばれる場所の存在だった。それは村はずれの深い森の中にあるとされ、かつては「影の継承」の儀式が行われていた場所だという。しかし、その正確な位置は長い年月の中で忘れ去られていた。

光はこの発見を村長に報告し、「影の聖地」の探索隊を組織することになった。探索隊には光と美雪の他、村の若者たちが志願して参加した。

探索は困難を極めた。深い森の中を進むにつれ、不思議な現象が次々と起こる。方位磁石が狂い、時計が止まり、時には幻覚のようなものに襲われることもあった。しかし、光たちは諦めずに進み続けた。

探索を始めて3日目、彼らはようやく「影の聖地」らしき場所にたどり着いた。そこは、巨大な岩の周りに石柱が円を描くように立ち並ぶ奇妙な遺跡だった。

「これが...影の聖地」光はつぶやいた。

一行が近づくと、突然、岩の表面に古い文字が浮かび上がった。光たちは必死でそれを解読しようとした。

文章は次のように記されていた。

「影は恐れるべきものにあらず。影は我らの一部なり。影を受け入れ、影と共に歩むとき、真の力を得ん。されど、影を支配せんとするものあらば、大いなる禍いを招くべし」

「これが...私たちの先祖が残したメッセージなんだ」光は感動に震えながら言った。

美雪が岩に手を触れた瞬間、驚くべきことが起こった。岩の周りの空間が歪み、まるで別の次元に引き込まれるような感覚に襲われたのだ。

気がつくと、彼らは星空のような無限の空間に立っていた。そこには、過去の「影の継承者」たちの姿が幻のように浮かんでいた。

彼らは口々に語りかけてきた。

「我々の力を正しく継承せよ」

「影と光、両方を受け入れよ」

「村人たち全ての心を一つにせよ」

そして最後に、光の妹らしき姿が現れた。

「お兄ちゃん、もう私のことは心配しないで。あなたは正しい道を歩んでいる。これからも村のみんなを導いてあげて」

光は涙を流しながら頷いた。「ありがとう、美咲」

次の瞬間、彼らは元の場所に戻っていた。全員が言葉を失い、ただ互いの顔を見合わせるだけだった。

しばらくして、光が静かに口を開いた。「みんな、私たちは重大な使命を託されたんだ。この経験を村に持ち帰り、新しい『影の継承』の形を作り上げよう」

全員が強く頷いた。彼らの表情には、不安はなく、新たな決意に満ちていた。

村に戻った光たちは、すぐに村人全員を集めて「影の聖地」での経験を共有した。人々は驚きと畏怖の念を持って話を聞いた。

その日から、影村は大きく変わり始めた。「影との対話」プログラムは予想以上の効果を上げ、村人たちは徐々に自分の影と向き合い、受け入れることを学んでいった。

かつては恐れられていた「影の力」は、今や村の結束を強める象徴となっていた。人々は互いの影の部分を認め合い、支え合うようになった。

一年後、影村は驚くべき変貌を遂げていた。犯罪率は激減し、農作物の収穫量は増加。さらに、村人たちの表情が明るくなり、外からの移住者も増え始めた。

光は村はずれの丘に立ち、夕暮れの村を見下ろしていた。

「お兄ちゃん」

振り返ると、美雪が立っていた。彼女の隣には、幽かな光を放つ美咲の姿があった。

「よくやったね、お兄ちゃん」美咲の声が響いた。「でも、これはまだ始まりに過ぎないよ。これからも村のみんなを導いてあげて」

光は微笑んで頷いた。「ああ、約束するよ。美咲、美雪ちゃん、そしてみんなのためにも、この村をもっと素晴らしい場所にしていくよ」

三人は黄金色に輝く夕陽を見つめた。その光は、まるで影村の輝かしい未来を映し出しているかのようだった。

影と光、過去と未来、生と死。相反するものが調和し、新たな物語が始まろうとしていた。そして光は、その物語の語り部として、これからも歩み続けることを心に誓ったのだった。

光が丘から村へと戻る途中、突然の雷鳴が轟いた。空を見上げると、どこからともなく黒い雲が集まり始め、あっという間に村全体を覆い尽くした。

「これは...」光は不吉な予感を感じ取った。

村に着くと、人々が不安そうに空を見上げていた。佐藤村長が光に駆け寄ってきた。

「光さん、大変です!突然の異変が...」

その時、村の中心にある古い井戸から、黒い霧のようなものが立ち昇り始めた。霧は徐々に人の形を成し、やがて一人の老人の姿となった。

村人たちが恐れおののく中、老人は口を開いた。

「我は、かつてこの村を支配していた『影の王』なり。汝ら愚かな者どもよ、『影の継承』の真の意味を理解せずに、我が力を封じ込めようとするとは...」

光は老人の前に立ちはだかった。「あなたが『影の王』?しかし、私たちは影と共存する道を見つけたはずです」

老人は嘲笑した。「愚かな...真の力を知らぬ者に、影を制御することなどできぬ。今こそ、我が真の姿を見せてやろう!」

老人の体が膨張し始め、黒い霧が村全体に広がっていく。人々は混乱し、逃げ惑い始めた。

光は叫んだ。「みんな、落ち着いてください!私たちには『影との対話』があります。自分の内なる影と向き合い、それを受け入れるんです!」

しかし、パニックに陥った村人たちに、光の声は届かなかった。

その時、美雪が光の元に駆け寄ってきた。「城田さん、どうすればいいの?」

光は深呼吸をして答えた。「美雪ちゃん、君と僕で『影の王』と対話してみよう。きっと、彼にも理由があるはずだ」

二人は黒い霧に向かって歩み寄った。すると不思議なことに、霧が二人を包み込み、別の空間へと引き込んでいった。

そこは無限に広がる暗闇のような場所だった。しかし、よく見ると微かな光の粒子が漂っている。

「よく来たな、若者たちよ」『影の王』の声が響いた。

光は声の方を向いて問いかけた。「なぜ、村を襲うのです?私たちは影と共存する道を見つけたはずです」

「共存?」『影の王』は嘲笑した。「お前たちは、影の真の力を知らない。影は制御し、支配するものなのだ」

美雪が一歩前に出た。「でも、私たちは影を恐れていません。影は私たちの一部です。それを受け入れることで、新しい力が生まれるんです」

『影の王』の姿がぼんやりと現れた。その表情には、怒りと...悲しみ?が混ざっているように見えた。

「受け入れる?愚かな...」『影の王』の声が震えた。「影はいつも拒絶され、恐れられてきた。そうだ、私もかつては...」

光は『影の王』の言葉に何かを感じ取った。「あなたも、かつては人間だったのですね」

『影の王』は黙り込んだ。

光は続けた。「あなたは拒絶され、孤独を感じていたのではありませんか?だからこそ、力で人々を支配しようとした」

美雪も言葉を添えた。「でも、もう大丈夫です。私たちは影を恐れません。むしろ、影と共に生きていきたいんです」

『影の王』の姿が揺らいだ。「本当に...私を受け入れるというのか?」

光と美雪は強く頷いた。

突然、空間が明るくなり始めた。『影の王』の姿が徐々に人間の姿に戻っていく。そして、そこに現れたのは...

「お爺ちゃん?」美雪が驚きの声を上げた。

そこに立っていたのは、美雪の祖父である佐々木剛だった。

「美雪...光君...すまなかった」佐々木は涙を流した。「私は長年、村の秘密を守ってきた。しかし、その過程で影の力に飲み込まれてしまったのだ」

光は佐々木に近づいた。「佐々木さん、もう大丈夫です。私たちと一緒に、新しい村を作っていきましょう」

三人が手を取り合った瞬間、彼らは元の世界に戻っていた。

村人たちは驚きの表情で彼らを見つめていた。黒い霧は消え、空には星が輝いていた。

光は村人たちに向かって話し始めた。「みなさん、『影の王』の正体が分かりました。それは私たちの恐れや孤独、そして過去の間違いが生み出したものだったのです。しかし、私たちには影と向き合い、受け入れる力があります。これからは、影と光の調和を目指して、新しい村を作っていきましょう」

村人たちは少しずつ頷き始めた。佐藤村長が前に出て、佐々木の肩に手を置いた。

「剛さん、長い間苦しかったでしょう。でも、もう一人じゃありません。みんなで力を合わせて、この村を良くしていきましょう」

その言葉に、佐々木は深々と頭を下げた。

翌日から、村は新たなフェーズに入った。「影との対話」プログラムは、佐々木の経験を取り入れてさらに発展。人々は自分の影の部分を恐れるのではなく、それを理解し、受け入れることを学んでいった。

一方で、光たちは「影の聖地」の研究を進めた。そこで彼らは、影の力を制御するのではなく、自然の一部として受け入れる古代の知恵を発見。この知識を基に、村全体で新たな儀式を作り上げていった。

月日は流れ、影村は徐々に変化していった。かつての暗い雰囲気は消え、代わりに温かさと活気に満ちた村へと生まれ変わっていった。

外部からの訪問者も増え、中には影村の取り組みに感銘を受け、移住を決める人も現れ始めた。

光は相変わらず警察官として村の安全を守りながら、「影との対話」プログラムのリーダーとしても活躍。美雪は村の学校で、子供たちに新しい村の歴史と理念を教えていた。

佐々木は、長年の重荷から解放され、穏やかな日々を過ごしていた。彼の経験は、村人たちにとって貴重な教訓となっていた。

五年の月日が流れたある日、光は再び村はずれの丘に立っていた。夕暮れの村を見下ろしながら、彼は深い満足感を覚えていた。

「お兄ちゃん」

振り返ると、そこには美咲の姿があった。しかし今回は、彼女の姿はより明確で、まるで本当にそこにいるかのようだった。

「美咲...」光は驚きながらも、優しく微笑んだ。

「お兄ちゃん、本当によくやったね」美咲は嬉しそうに言った。「村は素晴らしい場所になったわ。みんなが影と光の調和を理解し、お互いを受け入れている」

光は頷いた。「ああ、でも、これもみんなのおかげだよ。美咲、君の犠牲があったからこそ、私たちは真実に気づくことができた」

美咲は首を振った。「私の死は悲しい出来事だったけど、それが新しい始まりになったの。お兄ちゃん、もう私のことで苦しまないで。前を向いて歩んでいって」

光は涙を浮かべながら頷いた。「ありがとう、美咲。君の想いは、永遠にこの村に生き続けるよ」

美咲の姿が徐々に薄れていく。「お兄ちゃん、さようなら。そして、ありがとう」

彼女の姿が完全に消えた後も、光は長い間、夕焼けに染まる空を見つめていた。

その時、背後から声がした。

「城田さん、ここにいたんですね」

振り返ると、美雪が立っていた。彼女の隣には、小さな女の子がいた。

「あら、美咲ちゃん。パパを見つけたわね」美雪は優しく娘に語りかけた。

光は驚きの表情を浮かべた。そうだ、彼にはもう一つの家族がいたのだ。美雪との結婚、そして娘の誕生。彼は妹の名前を娘に付けていた。

「パパ、早く帰ろう!」小さな美咲が光の手を引っ張った。

光は娘を抱き上げ、美雪の手を取った。「そうだね、帰ろう。みんなで一緒に」

三人は夕暮れの中、村へと歩み始めた。空には、最初の星が瞬き始めていた。

影村の物語は、まだ続いている。光と闇、過去と未来、喜びと悲しみ。全てを受け入れ、調和させていく。それが、この村の新しい「影の継承」なのだ。

そして、その物語は永遠に続いていくだろう。新たな世代へ、そしてまた次の世代へと...

影村の変革から10年が過ぎた。村は今や、「光と影の調和」を実現した先進的なコミュニティとして全国的に知られるようになっていた。

かつての不気味な雰囲気は影を潜め、代わりに温かな活気に満ちた空気が村全体を包んでいた。古い建物は保存されながらも新しい施設と共存し、伝統と革新のバランスが見事に取れていた。

村の中心には「調和の広場」と名付けられた新しい公園が作られ、そこでは定期的に「影との対話」セッションが行われていた。老若男女問わず、村人たちが集まり、自分の内なる影と向き合い、それを受け入れる practice が行われているのだ。

光は今や村長として、影村の舵取りを担っていた。彼の隣には妻となった美雪がおり、二人の子供たち—長女の美咲と次男の剛—も村の新しい世代として成長していた。

この日、光は「調和の広場」で特別なセレモニーを執り行っていた。それは、「影の継承」の新しい形を次の世代に伝える儀式だった。

広場には村人全員が集まり、中心には大きな水晶が置かれていた。この水晶は「影の聖地」から持ち出されたもので、村の新しいシンボルとなっていた。

光は静かに話し始めた。

「村人の皆さん、今日は特別な日です。10年前、私たちは大きな試練に直面しました。しかし、その試練を乗り越えたことで、私たちは新しい道を見出すことができました」

彼は一息置いて続けた。

「影は恐れるものではありません。それは私たちの一部であり、私たちを形作る大切な要素なのです。光があるからこそ影が生まれ、影があるからこそ光の価値が分かる。この調和こそが、私たちの村の真の姿なのです」

美雪が光の隣に立ち、言葉を継いだ。

「私たちは、この10年間で多くのことを学びました。自分自身と向き合うこと、他者を受け入れること、そして村全体で一つになることの大切さを。この学びを、これからの世代にも伝えていかなければなりません」

そして、長老となった佐々木剛が前に進み出た。彼の姿は10年前よりもさらに年を重ねていたが、その目には穏やかな光が宿っていた。

「私は長年、影の力に囚われ、村を間違った方向に導いてしまいました。しかし、皆さんの理解と受容のおかげで、私は救われました。これこそが、真の『影の継承』の姿なのです」

彼の言葉に、村人たちは静かに頷いた。

次に、美咲と剛が前に出てきた。二人は水晶に手を置き、新しい誓いの言葉を唱えた。

「私たちは、光と影の調和を守り、発展させることを誓います。過去の教訓を胸に刻み、未来へと歩みを進めます。この村の全ての人々と、そしてこれから生まれてくる全ての命のために」

その瞬間、水晶が柔らかな光を放ち始めた。その光は徐々に強くなり、やがて村全体を包み込んだ。

人々は驚きの声を上げたが、すぐにその光が温かく、心地よいものだと気づいた。それは、光と影が完全に調和した姿だったのだ。

セレモニーが終わると、村人たちは歓声を上げ、互いを抱き合った。喜びと希望に満ちた空気が、村全体を包んでいた。

その夜、光は家族と共に自宅の縁側に座っていた。星空を見上げながら、彼は深い満足感を覚えていた。

「パパ、私たちの村って、本当に素敵だね」美咲が言った。

光は優しく娘の頭を撫でた。「そうだね。でも、これからもっと素晴らしい村にしていかなきゃいけないんだ」

美雪が光の肩に頭を乗せた。「私たちならきっとできるわ。みんなで力を合わせれば」

剛も元気よく頷いた。「僕も頑張るよ!」

家族の温もりに包まれながら、光は遠くを見つめた。そこには、かつての影村の姿が幻のように浮かんでいた。暗く、不気味だった村が、今では希望に満ちた場所に変わっている。

しかし、光は知っていた。この平和は決して永遠のものではない。新たな試練が訪れるかもしれない。でも、それでも大丈夫だ。なぜなら、彼らには「影との対話」があり、互いを受け入れる力があるのだから。

光は静かに誓った。これからも、光と影の調和を守り続けること。そして、この村の物語を次の世代へと繋いでいくこと。

夜空に輝く星々が、その誓いを見守っているかのようだった。そして、どこからともなく優しい風が吹き、光たち家族の頬を撫でていった。

まるで、美咲の魂が彼らを祝福しているかのように。

影村の新しい章は、まだ始まったばかり。光と影が織りなす物語は、これからも続いていく。永遠に、そしてどこまでも...。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る