第21話 アラサー女子、料理を振る舞う その2
三日後。昼前十一時。
身支度を整えたヒナタはマンションを出て、徒歩で仙台駅へと向かう。
変装用のキャスケット帽と地味なメガネに白マスク。服装は無地の半袖、ベージュのハーフパンツ、白のスニーカー。
アイテムはネイビーのサコッシュ、それと左腕にはスマートウォッチと至ってシンプル。
本当はもっとちゃんとしたを物を選ぼうと思ったが、シルヴィアから「服装はご自由に」とメッセージをもらっていたので、顔バレを嫌って目立たない服装を選んだ。
すれ違う人々と視線を合わせないよう、下を向きながら歩行する。十五分も経つとアーチ状の屋根が施されたアーケード街が彼女の正面に現れる。
仙台市内の学校はすでに夏季休暇を迎えていて、仙台駅周辺のアーケード街では子連れの主婦や社会人に混ざり、学生たちもあちらこちらに集まっていた。
特にベンチ周辺にはひとが密集している。
夏真っ盛りとあって暑苦しそうにも思えるが、ベンチの両脇に小型の魔法陣生成機が展開されていて、氷魔法による冷風が絶え間なく流れ続けている。
アーチ状の屋根にも魔法陣が施され、冷暖房から二十四時間光の調節ができるようになっているらしい。真夏の太陽がいくら輝こうとも快適だ。
人混みの中をヒナタはすり抜けるように進んでいく。まるで隠密のようだった。やがて仙台駅の文字が視界に入る。
令和時代の仙台駅の面影を残しているが、中身はまったくの別物。バス、タクシー乗り場と電車に列車、それと。
「転送魔法陣エリアは向こうっと」
スマホで乗り場を確かめた彼女は正面入口からそのままエスカレーターを利用して地下に向かう。
線路より下の階層に到着すると、個室がズラリと横並ぶ空間に出た。
個室入口は厚め強化ガラスで覆われており、中の魔法陣が透けて見えるようになっていた。さらにフロアの奥には武装した警備員たちが待機している。
ここは転送魔法陣エリア。
規定の料金を支払い、目的地に転移できる場所だ。行き先は少し離れた駅や建物、それにダンジョンが割り当てられている。
数が限られているため、混雑時は利用まで時間がかかるが、転移場所によっては常に空いている。
併設されたタッチパネルで目的を選ぶと、待機人数が表示される。機械によると待っている人数は一組。
夏休みにも関わらず、この数の少なさは異常だ。だが、行き先が青葉山ダンジョンであればそれも納得できる。
スマートウォッチで料金を支払い、彼女は左奥から三番目の個室に並ぶ。
前に並んでいるのは大剣使いと槍使いの男性ふたりに弓使いの女性ひとりを加えた社会人冒険者パーティだった。
「今日は上層でカリュドーン狩りまくるぞ」
「毛皮、楽しみっすねー。今、最高値更新中ですし」
「あたしは、青葉山ダンジョン初めてだから緊張する〜。ポータルどうしよ〜。魔族出てきたらどうしよ? 個人ランクBだから瞬殺されるぅ〜」
「心配するなよ。ここんところ上層でポータルは確認されてないし、魔族はこの前討伐されたばかりだ。そうそう沸いてこないさ」
カリュドーンは猪系モンスターの中でも凶暴な部類で知られている。
それをハンティング感覚で討伐しに行くというのだから、この冒険者たちはAランク以上のパーティーなのだろう。
ヒナタの所属していたパーティもその下のランクに認定されていたが、ヒナタ自身はそのレベルには達していない。
冒険者パーティのランク付けには個人ランクが絡んでくる。個人ランクは文字通り、個人の実力のことでパーティランクと同じ分け方をされる。
彼女の個人ランクはつい最近Cになったばかり。しかもまだ現役の高校生だ。それも機動力のない魔法使い。本来は戦力としてカウントすべきではなかった。
それそうとして、ヒナタは仲良さそうにしている三人の背中を眺めつつ、
(私も、パーティ加入時はあんな感じだったな)
心の中でため息をついた。
ドアが開き、冒険者たちが中へ入っていき、あっという間に光に包まれて姿を消した。転移に成功したのだ。
あとは向こうの転送陣から彼らが降りて、安全が確認できたらヒナタの番が回ってくる。順当に行けば、一分〜二分後には自動ドアが開くだろう。
人目を気にしながら彼女はジッとそのときを待った。ドアがプシュッと開く。ヒナタは転移魔法陣に乗って、青葉山ダンジョンに転移した。
魔法陣から降り、個室の扉をくぐると人工的に作られたロビーに出る。
通称『集会所』なども揶揄される、このロビーはダンジョン入口を覆うまたは併設される形で建設されており、冒険者の着替えから武具やアイテム、軽食の販売、飲食スペースなど、ダンジョンに行く冒険者たちをサポートする目的で作られた。
モンスターの襲撃に備えて武装したダンジョン警備員も常駐していて、トラブルがあればすぐ出動する。おかげでロビー内の治安は安定している。
ヒナタはロビー正面に移動し、到着を知らせるべくスマホを取り出してメッセージを打とうとした。
そこへ背後から聞き馴染みのある声がかかる。
「お客様。お待ちてしておりました」
「えっ?」
驚いたヒナタが振り向く。
その先には、露出の少ないクラシックなメイド服に身を包むエルフと執事のようなスーツをまとった半獣人の娘が立っていた。
「うわぁ。綺麗」
思わず声が出た。
まるでアニメの世界から飛び出してきたかのような、そんな雰囲気が漂っていたからだ。
「うふふっ。ありがとうございます」「どうも、……です」
ふたりが挨拶をする。店員の服装をしているとあって敬語を使うようだ。
その様子を見た通りすがりの冒険者たちから「あのふたりって」と声が上がり始めた。これ以上、ここにとどまると案内どころではなくなる。
「では、ご案内いたします。我々についてきてください」
「は、はい」
言われるがまま、店員たちのあとに続く。彼女たちは転移魔法陣の下に直行した。看板にはアガルタと書かれていた。
「アガルタのロビーに行くんですか?」
「はい。そこから隠しエリアに通じる魔法陣に乗ります。本当は直通ルートを作りたかったのですが、仙台市のほうから許可が下りなかったので、アガルタのロビーに設置させてもらったのです」
「えっ、ロビーですか? あそこって管理が厳しいって聞いてますけど」
ダンジョンの経営は国営であり、民間の冒険者ギルドとは事情が異なる。
アガルタの制度がどうなっているかまでは不明だが、気軽に設置を依頼できるような場所でないことはヒナタにも察せられる。
「色々とツテをあたりましてね。特別に設置させてもらったのです」
ほくそ笑んでからシルヴィアがヒナタを魔法陣に乗せる。またたく間に三人はアガルタのロビーに到着した。
コンクリートなどの石を使って建設された地球側のロビーと異なり、柱から壁、床にいたるまでそのほとんどが上質な木で作られていて、エスニックな雰囲気を醸し出す。外の気温は地球よりも涼しいが30度はある。
もちろん魔法陣により空調が効いており、暑さは微塵も感じない。機能的には地球のロビーと大差ないといえる。
「動画で観たことあったけど――異世界みたい」
アガルタに行く機会のなかったヒナタにとってまさにそこはファンタジー作品のワンシーンそのもの。
今の地球も大概ファンタジーじみているが、本家に比べれば現代的すぎる。そういう意味で、ここはまさに異世界の入口だった。
「そうか? そっちと大差ない気がするが、……ますが」
「カリーナ。アナタは無理しなくていいんじゃない?」
「いや、雰囲気は大事だろ、……です」
「あはは……」
敬語に慣れしてないカリーナの言葉使いはお世辞に上手とはいえない。そのぎこちなさに思わず、ヒナタの口から乾いた笑いが出る。
ロビーの端には併設された大きなホールがあってそこが転送エリアとなっている。入口から異世界の冒険者たちが談笑しながら出入りしている。
カウンターに向かう冒険者たちとすれ違い様に「ん? 地球の方?」と囁かれ、ヒナタはこの世界では自分の服装が浮いているのだと自覚した。
「行きましょう。転移魔法陣はあちらです」
そう言って正面を指さして、シルヴィアが歩き出す。少しすると外部につながる小型の魔法陣が立ち並ぶコーナにつく。
その一角に「レッド・フェニックス」と描かれた看板があった。
三人は魔法陣に乗って再び転移する。視界を包む白い光が断ち消えた瞬間、ヒナタの目の前にウットデッキを有する建築物が現れた。
「えっ、嘘。ここが深層……⁉」
一面が澄み渡る青色に包まれた空、歌う小鳥たちに新緑の木々、視界の端にはコバルトブルーの巨大湖。
気候も温暖で肌寒さなどは無縁。南国とも異なる空気感。まるでエデンのようだった。
暗紅色の空と対を成す爽やかな世界に呆気に取られ、ヒナタが言葉を失う。
「地獄の中の楽園。勝手ながら私はそう呼んでいます。空気も澄んでいて、快適ですよ」
驚く彼女にエルフの少女が言葉をかける。
マスクを取り外し、ヒナタが口から息を吸った。
「本当だ。99階層みたいな重苦しさがまったくない」
「あそこは魔力が乱れてるからな。あんまりいい感じしない……よな」
もはや敬語を使うことを諦め、いつも通りの砕けた口調に戻す。シルヴィアは咎めることなく、スルーした。
「さ、店長がお待ちしておりますので」
先に歩を進めたエルフと半獣人が、店舗の扉を開けて両脇に避けた。
果たしてなにが待っているのか。
期待を不安を胸にヒナタは一歩を踏み出した。
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