第20話 ライバーの孤独


 『女神の前髪』の配信から約一週間が経過した。

 すっきりした青空が広がる夏の仙台。そこにはいつもと変わらない日常があった。


「何度観てもこの映像ウケるよねー」


 休み時間中の賑やかな教室。

 ひとりの女子生徒がスマホを横にして友達と切り抜きショート動画を視聴していた。


 ――レッドフェニックスの店長様、および店員の皆様、本当に申し訳ございませんでした!!


 仙台市内の貸部屋で深々と頭を下げる『前髪』面々。その中心にいるアルトは見事なをカメラに晒している。


「あの炎上系ライバーのアルトが丸坊主で謝罪とかさぁ。初めて観たときは空いた口が塞がらなかったわ」

「わかる、わかる。ずっとアンチとレスバしてたもんね」

「おまけに『自分を見つめ直したい』って理由で活動休止するし。人間わかんないもんだよねー」


 魔龍撃破後、店長らに地上まで送ってもらった彼らは、つい二日前に謝罪会見を開き、暴言を吐いた店長と救助してくれたふたりに謝罪を行った。

 休止期間は不明だが、数日そこらで戻って来ることはないだろう。

 動画が終わり、彼女がスマホを閉じると、友人がなにかを思い出したように口を開いた。


「あっ。そういえば、知っている? 99階層に現れた魔族を倒した例の店長って、実はあの『レッドフェザー』らしいんだよね!」

「え? マジで⁉」

「うんうん。初日からトイッターでは『店長=レッドフェザー説』が囁かれていたんだけど確証がなかったんだ。だけど、配信中の映像を詳しく解析したら、一瞬だけ紅く発光する髪が映ってたんだって!」


 紅いドレスの女が紅蓮を噴火させてモンスターたちを燃やし尽くした際、空中にドローンも巻き添えを食らって吹き飛ばされる。

 プロ仕様の堅牢さなモデルではあったが、熱波には絶えられなかった。停止する直前、最後にフォーカスしたのが紅炎の中に佇む彼女の後ろ姿だった。


「ってことは、あのひとが十二年前の『仙台駅襲撃事件』で魔族を倒したってこと⁉ すごっ、ウチら仙台市民の大恩人じゃん!」

「でしょ、でしょ⁉ 私、あのとき両親と駅近くのデパートで買い物しててさ、もう少し帰るの遅れてたら巻き込まれてたところだったんだよね」

「ウチは無事だったけど、あの事件で仲の良かった友達のパパさん、死んじゃったんだよね。ホント気の毒だったわ」

「あー、でも加工かもしれないって指摘もあるから、実際のところはわからないんだけどね」

「えー、なにそれー。無駄に期待させないでよ。――あっ」


 友人の補足に不満を覚えた女子生徒が視界を左に動かすと、タブレットで冒険者用の教本を読むクラスメイトの姿があった。

 ちょうどいい。


「泉さ〜ん」

「あっ……。はい」


 泉と呼ばれた少女がタブレットをスリープ状態にしてから振り返る。


「泉さんはあの店長さんがレッドフェザー本人だと思う? 近くで見ててさ、なにか感じなかった?」

「えっと……わからない、かな。逃げるので精一杯だったから」


 歯切れ悪く答えた彼女は、視線を床に落とす。しかし相手はそれで納得せず、食い下がってきた。


「えー。もうちょっとなんか思い出してよー。あのレットフェザーかもしんないんだよ?」

「レッドフェザー……」


 彼女が小さく呟いた。見かねた女子生徒の友人が止めに入る。


「ちょっと、やめなよ。泉さん、色々嫌な想いしてるんだから」

「でも、少しくらいならさ――」


 そのとき、女子生徒の声を遮るようにチャイムが鳴った。


「あの。授業、始まるから」


 静かに謝った彼女は姿勢を元に戻した。



 放課後。生徒たちは荷物をカバンに放り込んで談笑している。

 そのほとんどは夏季休暇についてだった。仙台市内の小中高の学校は明日の終業式後、長期休暇に入る。

 家族と旅行、恋人とデート、補修にダンジョンへの挑戦、ライバー活動などなど。話の種は尽きない。


 その中を気配を消した彼女が縫うように進み、ひっそりと廊下に出た。すれ違う生徒たちは全員が笑顔。輝かしい学生生活を謳歌している。

 今の自分には縁遠い光景だ。


 諦観しながら校舎を出て、彼女は校門をくぐった。

 歩道を歩きながら手提げカバンからキャスケット帽とレンズの大きな伊達メガネを取り出して装着した。


 彼女は、少し歩いたところにあるキックボード置き場で左手につけたスマートウォッチをかざし、ロックを外してキックボードをレンタルする。

 折りたたまれた本体を変形させ、グリップを握って魔力を流すとエンジンがかかった。ボード部分を右足で踏み、車道端まで出る。


 そこから左足で何度か地面を蹴り、速度が安定したところでボードにのせ、車道を走る。その速度は10〜20kmの間だ。

 蒸し暑い夏のため、生ぬるい風が頬に張り付く。年々気温は上昇し続け、この時期は40度越えは当たり前。

 夏服用ワイシャツのボタンを外したい衝動に駆られるが、公共の場であるがゆえに憚られる。

 早く部屋に帰りたい。彼女はひたすら暑さに絶えながら帰り道を走行する。


 二十分後。

 彼女は、国道から曲がってすぐのコンビニにキックボードを返却し、そこから目と鼻の先のマンションに入る。

 エントランスは二重扉になっており、部外者は入室できない。


 それを知っている彼女は手早く帽子を外して自動ドア正面に立った。するとAIが自動で彼女を認識――ロビー側の扉が開く。

 ロビーに一歩足を踏み入れた瞬間、彼女は帽子を被り直す。


 ――おかえりなさいませ。


 無機質な機械音が出迎えるが、特に用はないのでスルーする。

 エレベーターに乗って目的のフロア番号を押す。そこから数歩下がり、視線を床に落としてフロアに到着するのを待つ。やがてエレベーターが止まり、ドアが開く。


 彼女は顔をうつむかせたまま共用通路を早歩きで進み、自室のある扉の前で虹彩認証でロックを解除――そのまま室内に飛び込んだ。


 靴を定位置にしまわず、洗面台に直行、手洗いを済ませた彼女はそのまま冷房の効いたリビングに向い、帽子と眼鏡をテーブルに置いてからソファーへダイブした。


「はぁ……」


 頭と背中を撫でるクーラーが心地よい。

 彼女は電池の切れたロボットのように一切動かず、しばらくの間、浴びせられる冷風だけを感じていた。

 目を覚ました彼女が時計をみやると夜の十九時を回っていた。腹がぐーとなった。


「……ご飯」


 立ち上がって寝室に向かい、部屋着に着替えてからキッチンに入り、冷凍庫から冷凍食品を取り出して花柄の皿に移した。エビピラフだ。

 それをレンジで加熱、その間にお盆を用意して、スプーンと水を注いだコップをその上に置いた。

 規定の時間、レンジにかけた皿をお盆の中央に置き、テーブルまで持っていく。

 席についてからモニターをつけ、ピラフをスプーンですくい、口へと運ぶ。


「……」


 いつもの味。感動はない。

 人気冷凍食品ランキングで常に上位にランクインする有名冷凍食品。味は悪くないどころか、そこらの飲食店で提供される物よりも美味しいと言われている。

 確かに最初は美味しかったような気がするのだが、いつの間にか普通の味になってしまった。

 顔を上げた彼女はモニターから流れる映像に意識を映す。


 ――皆様、こんばんは。ダンジョンニュースのお時間です。担当はアナウンサーの森川がお送りします。本日のニュースは秋保ダンジョンの攻略状況について――。


 冒険者専用のチャンネルから流れるニュース番組を眺めつつコップの水を飲み、ピラフを食べる。

 それを何度か繰り返したのち、ポケットからスマホを出して、SNSのアプリを起動するとアカウント名「HINARIN」の文字が目に入る。

 そう。彼女こそアラサー女子に助けられたライバーのヒナタだった。


「今日もきてるのかなぁ」


 嫌だけど確認しなきゃ。若干、震える指先でDMをタップしてメッセージ欄を開く。すると。


『あたしのタケルを返して!!』『タケルを誘惑した売女!! 絶対に許さない!!』『ひとの恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて◯ね!』『アンタなんて消えちゃえ〜〜〜』『ボッチの癖して生意気なんだよ!』『オタクウケ狙いのコッビコビの演技、マジでキモかったです。非モテな男どもが調子に乗るから、二度と復活しないでね😀』『明美ちゃんを苦しめたこと、一生償え💢💢💢』『サークルクラッシャーヒナリン。いい名前ですねwww』などなど。


 十件近くの誹謗中傷が届いていた。そのほとんどが八つ当たりだ。これでも全盛期よりも大分減った。

 応援のメッセージのほうが圧倒的に多いのだが、気がつけば批判ばかりに目が向いてしまう。

 ゲーム実況を始めたころから批判はあったが、数週間に渡って粘着されるのは初めての経験で、謝罪配信から最初の数日は本当に頭を抱えた。

 学校を休んだときもある。


「どうしてこんなことになっちゃったんだろう――」


 最初は楽しかったのに。

 中学入り立てのころ、友人に勧められたのがきっかけで個人チャンネルを開設した。

 ただ趣味の合うリスナーと喋って、好きなゲームをプレイして絵を描いて歌を歌う。

 初めて投げ銭をもらったときは配信後に大はしゃぎで母親に報告した。


 しかし知名度が上がっていくにつれ、仲の良かった友人たちに嫉妬されて中学生活後半はひとりぼっち。

 母親は学校卒業直前に病気で他界。葬式のため卒業式に出席できなかった。


 高校入学直後は「あのヒナリン⁉」ともてはやされるも、当時同じクラスだったカースト最上位の娘に目の敵にされてまたも孤立。学内で冒険者パーティを組むのが難しくなる。

 そこに実習で優しく接してくれた先輩の明美の誘いで学校外の冒険者パーティに加入した。タケルもタイシも優しかった。感謝はしている。

 だが、加入後してまもなくタケルとタイシは彼女にライバーとなって自分たちの配信に出ることを強く勧めた。

 そのときヒナタは、タケルたちが知名度を目当てに自分を受け入れたのだと察した。

 ライバー配信について悩むも、冒険学科に入学したと報告した段階でリスナーからも配信を要望され、迷いながらライバーとしても活動することを選ぶ。


 するとメキメキと人気が出た。もともとの容姿に加え、声もよく、魔法使い志望とあって派手な魔法攻撃を習得できたのも大きいだろう。


 彼女をメンバーに加えた冒険者パーティ『陽炎』はさらに飛躍――チームの配信アカウントも順調に伸びていき、企業からのコラボの話も出ていた。

 タケルとタイシの露骨な下心、優しかった明美の態度の変化など思うところは多々あったが、なんとか丸く収まってくれればな、と我慢していた。


 そんな中、青葉山ダンジョン探索中に不慮の事故に巻き込まれる。

 命は助かったものの、パーティは解散。タケルのファンから目の敵にされ、気の休まらない日々を過ごす。


 もうあのときのように配信を楽しめないんだろうな。


 無言でスマホを伏せた彼女は食事に戻る。半分ほど食べ進めたところで食欲がなくなった。途中から味がしなくなったように思えてからだ。

 食べかけのピラフにラップをかけ、冷蔵庫にしまってから自室に行って電気をつける。

 実況専用マイクが設置されたデスクに座り、A社製のノートパソコンのスリーブを解除。コントローラーを握って適当なゲームをプレイする。


 VRを筆頭に型育成対戦シュミレーション、オープンワールド型ハンティングゲーム、FPS、デジタルTCG。流行りのゲームはほぼ手を付けた。

 しかし、ひとつ一つのゲームをやり込む時間はなく、どれも中途半端な状況で放置している。


 とりあえずログインボーナスをもらってデイリーミッションをこなし、ちょっと遊んで次のゲームを起動する。もはやプレイというより作業だった。

 配信休止を宣言してもこの癖は抜けない。


 楽しいのかと問われれば「別に」と即答できる。以前は人気ゲームの新作が出るだけで目を輝かせていた。友達や母親とプレイする時間は笑顔がたえなかった。

 それらはすべて過去の話。

 冒険者だってそうだ。かつて憧れたあのひとのようになれたら。そんな想いを胸に秘めていた。しかし現実は厳しかった。

 次第に気が滅入ってきたヒナタは、コントローラーを置いてゲームを止め、そのままベッドに寝転がる。


「お母さん……」


 亡くなった母親の笑顔を思い浮かべる。

 病床に伏す母親に「私は大丈夫だから。心配しないで」と笑顔で告げた。それからまもなく容態が急変――母親は帰らぬ人となった。

 こんな状況で約束を果たせるのか。焦燥感に駆られるも、体が言うことを聞かない。


「夏休み。どうしようかな」


 少し前までは配信スケジュールでびっしり埋まっていた。それらがすべて白紙となり、学校の実習以外は完全にフリーになる。

 バイトして社会勉強するのもいいが、顔が売れすぎてバレたら騒ぎになるだろう。

 ダンジョンやトレーニング施設で自主鍛錬しようにも他の冒険者と嫌でも顔を合わせる。今のメンタルで後ろ指をさされるのは耐えられそうにない。


「引きこもろっかな……」


 それも悪くないかな。どうせ友達いないし。

 そんなことをうっすらと考えてながらスマホで他人のトイッターのつぶやきを観て回っていると一通のDMが入った。

 またアンチの方か。嫌気が差しながらも気になって画面をタップする。


「えっ。これって。レッド・フェニックスの公式アカウント……」


 メッセージはレッド・フェニックスからだった。反射的にメッセージに目を通す。差出人は店員を担当するエルフのシルヴィアだった。

 公式アカウントからのメッセージだからなのかビジネス文章寄りの硬い文章だった。

 以下は要約したものになる。



『この度、無事1階層から店舗まで安全に通れるルートが開通しました。開通を記念して店長の翔子がぜひヒナリン様に料理を振る舞いたいと申しております。

 もしよろしければ、こちらまで食べにいらしていただけませんでしょうか。お代は一円たりともご請求いたしません。交通費もすべてこちらが負担します。

 ご案内は当店スタッフのシルヴィアとカリーナが責任を以て担当いたします。決してお怪我をさせるようなことはございません。ご連絡のほう、お待ちしております。


 ――レッド・フェニックススタッフ一同』


「――宣伝して欲しいのかな……? 私、今、配信休止中なんだけど……」


 ヒナタは訝しんだ。

 安全なルートが開通したということは客がいつでもやってこれる。そうなれば次に力を入れるべきは宣伝だ。

 となれば、インフルエンサーに依頼をするのが定石。ライバーの中では新人レベルだが、ヒナタには配信者としての知名度がある。


 以前にも宣伝目的で企業から個人的に案件を持ちかけれたことはあった。

 だが、今は配信そのものができない。となれば現在の彼女の宣伝力は一般人とさして変わりない。

 

 きっとあのひとたちはそれを知らないのだろう。そう勘ぐったヒナタは返信するかどうか迷った。

 しかし、助けてもらったにも関わらず直接お礼を言えていなかったことに加え、クラスメイトから受けた質問を思い出して――。


『ご連絡ありがとうございます。ヒナリンこと泉ヒナタです――』


 と返信。配信も宣伝できないことを告げ、それでもいいのかと質問した。

 すぐに向こうから「もちろんです」とメッセージをもらい、なんどかやり取りを重ねた上でヒナタは料理を食べに行くこと旨を伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る