第19話 アラサー女子、魔龍と戦う その3
一方、その頃。
森を抜けたシルヴィアたちは脇目も振らず、平地を突っ走っていた。そこに揺れがやってきて、一行の足運びを阻害する。
転倒しそうになったアルトが咄嗟に口を開く。
「お、おいっ! い、今、ものすごく揺れたぞ!」
「後ろですごい砂埃が舞ってるぞ!」
「というか、さっきまで走ってたところが吹っ飛んでるわよ⁉」
「それに『チェチェチェストォォォ!!!』と聞こえた気がするでござる!」
ローレンとルイス、それにヤーティが一様に反応を見せる。皆、驚愕に顔を染めていた。それを振り返ったふたりが注意する。
「いいから走るのに集中して。どうせ、あのひとの仕業だから」「そういうこった」
翔子のぶっ飛びっぷりはもはや異次元の領域。話すだけ時間の無駄だ。
それにここは深層の99階層。超高難易度マップだ。いつモンスターが襲いかかってくるかわからない。
一刻も早く安全を確保する必要がある。
「アナタたち、どのあたりから転移してきたの?」
「中部の転移魔法陣。90階層に繋がっているところだ」
アルトが答える。
「結構、離れてるわね」
シルヴィアは思案する。
数時間かけて遺跡にやってきたとあって彼らはかなり移動してきた。
数十分で移動できる場所ではない。シルヴィアたちなら走破可能だが、今の四人には荷が重い。
それに後方では翔子が大暴れしている。むやみやたらに動くのもリスクがある。であれば。
「とりあえず、身を隠せそうな場所に結界を張って、戦闘が落ちつくまで待機しましょう。転送魔法陣に連れていくのはそのあとね」
「つ、連れて行ってくれるのか……?」
「そりゃあ、ここまで来といて送っていかないわけないだろ?」
なにを当たり前のことを、と言いたげな表情をする半獣人。その仕草を見たアルトは呟くように感謝を述べた。
「……恩に着る」
「ただし」
やや強い口調でシルヴィアが続ける。
「私たちのボスにしっかりと謝罪すること。それが条件。――たとえ、人気取りのためだからってね、暴言は暴言なのよ。あのひと、だいぶ怒ってたんだから」
「癇癪起こした姉御を止めんのは骨が折れた。いい歳した大人ならできるよな?」
ニヒルな笑みでもって念押しするカリーナ。アルトは文句を言わずに「――わかった」と口にした。
「言質、取った」
褒めろ。カリーナが隣の相棒に催促する。
「ありがと」
目線を彼女に向けて頷くシルヴィア。こういうところでもカリーナは末っ子気質を発揮する。それが可愛らしくも危なっかしく思えてしまう。
おっといけない。エルフの少女は視線を正面に戻して遠くにある目的地を見据える。
「それにしてもモンスターが出てこないわね」
「全滅したんじゃねーのか?」
「そうだといいのだけどね」
翔子たちが間引き、前髪たちに切り倒され、魔龍にこき使われて最後は紅炎によって灰燼と帰す。
半獣人の少女が言うように周囲のモンスターたちが全滅していてもおかしくはない。
事実、シルヴィアが集中して周囲を探っても、強力な魔力を感じない。障害はないに等しい。であれば、速度を上げるべきだ。彼女の攻撃に巻き込まれないうちに。
「カリーナ。ペース、上げていくわよ」
「それはいいが、後ろの連中は?」
疲労状態の人間四人を置いてけぼりにするわけにはいかない。かといって担ぐのも非効率的だ。
カリーナが問いに彼女はニイッと微笑みながら後ろに視線を流す。
なにか嫌な予感がするような。心がざわついたときには時すでに遅し。シルヴィアが走りながら左手をかざして、
「ルクトル・イータ」
呪文を紡いだ。四人が違和感を覚える。
「なんだ⁉ 急に足に力が入ってきたぞ!」「俺もだ!」「私もよ!」「拙者も!」
突然のことに動揺する前髪メンバー。やったのはシルヴィアだろう。表情でわかる。
仕掛けを知っているカリーナが変わりに答えた。
「それは体内の魔力の流れを強制的に操って無理やり走らせるっつう、呪文だ」
「なんだと⁉ そんな呪文聞いたことないぞ! どこの呪文だ⁉」
アルトがそう訊くとシルヴィアが「エルフの里に伝わる呪文」と語った。魔法の本場アガルタには数万個以上の魔法があるとされていて、地球に伝わっているのはごく一部とされている。地球生まれのAAランク冒険者がわからなくても当然だ。
「そんな呪文があるのでござるか! 魔法使いとして実に興味深い。できれば教わりたいでござる――」
「そういうのは後にして。――飛ばすわよ。カリーナ、準備はいい?」
ヤーティのセリフを遮ってシルヴィアはカリーナに声をかける。
「おう。問題ない。アクトラム」
返事してすぐに身体強化魔法『アクトラム』を発動。魔法陣から出た白い光が体を覆い、身体能力が強化される。
「せっかく速度を出して走るんだし、競争しねーか?」
ヘヘッと、子供じみた顔をする半獣人。ふーん。エルフが愉快げに鼻を鳴らす。
「あら、張り合うつもり? ちょっとまだ早いんじゃないかしら? ――アクトラム」
金髪碧眼の少女も魔法を使って身体を強化する。これで条件は五分と五分。なぜだろうか、嫌な予感がする。アルトがおい、と口を開こうとした直後。
「いくぜ」「アナタたちも頑張ってね」
「「「「えっ、ちょっ――」」」」
シルヴィアたちが急加速する。同時に引っ張られるように『女神の前髪』のメンバーたちも加速していき――平地で徒競走が始まった。
◇◇◇
遺跡跡地には依然、砂埃が舞い上がっている。力が一点に集中していたため、破壊範囲はそれほど広くはなかった。
せいぜい遺跡とその周辺の大地を凹ませてステンレス製のボウルの底のような巨大クレーターを穿った程度。これくらいでは深層はビクともしない。
「よいしょ、っと」
翔子がクレーターの外縁に着地する。
「周りが見えないわね。ふっ!」
右足に魔力を集中させ、彼女が右上段回し蹴りで正面の空間を薙ぐと、またたく間に砂煙が吹き飛んで、視界がクリアになる。
クレーターの端ギリギリまで移動し、目を凝らして下方を眺める。その中心から魔龍の尻尾の先端部分だけが露出している。
翔子がジャンプした際、岩が崩れ落ちて他の部位を埋めてしまったのだろう。
「あれって、死んでいるのかな」
顎に手をやって、遠目から観察するアラサー女子。
もう一度、下に降りて確かめるか。そう考えた矢先、魔龍の体から一気に魔力が噴出する。
いち早く察知した翔子は反射的にクレーターから離れる。すると。
「ウガァァァァァァアアアアアア!!!!」
魔龍が怒りを滲ませた咆哮を轟かせ、体に覆いかぶさっていた物をすべて消し飛ばした。間を置かずに、太い脚で跳躍して翔子の真正面に着地する。
「よくもやってくれたナァァァアアア!! 絶対にこ゛ろ゛す゛ッ゛!!」
目が血走り、口から大量の出血の跡が見られる。皮膚も筋肉も、おそらく内臓もボロボロ。骨だって折れているかもしれない。
人間なら再起不能の大怪我なのだが、魔族の生命力は図りしれない。さらには。
「ウォォォオオオオッ!!」
踏ん張るような体勢を取ることで、体内の魔力を高速循環させて自然治癒能力を底上げ――傷口を一気に塞ぐ。
「まだまだ力が残っているのね。それがアンタの力? それともボスの力?」
「我の力だ!! 行くぞォォォ、レッドフェザァァァー!!」
「どっからでもどうぞ」
相手が本気を出そうとも彼女は余裕を崩さない。
「カァァアアアッ!!」
掛け声を放った魔龍は、瞬時に翔子の後ろに回り込み、右腕を叩きつける。手応えはない。
「速いじゃない。ちょっと見直した」
「グワァッ⁉」
捉えたと思った翔子はすでに魔龍の後ろに立っていた。振り向いた途端、アラサー女からの反撃を受けるだろう。だったら――。
「シャアァッ!」
自前の尻尾をムチのように振い、魔龍は翔子の顔を攻撃する。が、そんなことは彼女自身も想定済みで。
「危ないわね」
右手でキャッチされる。
「ヌォオ⁉ は、離せ!」
尻尾の末端に触れられ、ぞわっとする魔龍。慌てて尻尾を引き抜こうとするも、翔子の拘束から抜け出せない。
「自分から振ってきた癖にわがままね」
そう言って残った左手を尻尾にあてがって軽く引き寄せてから二の腕で挟み、綱引きのような姿勢を取る。
「そーらぁっ」
「ハウッ⁉」
思いっきり引っ張られた魔龍は彼女を中心にしてぐるぐると回される。目が回りそうだ。
「はっ!」
速度を緩めて翔子が軽く跳び上がった。魔龍の体が宙に浮き上がり、上下逆さまになる。
「おらぁ!」
尻尾を肩に背負い直した翔子が一本背負いのようなフォームで体をひねり、魔龍をビタンッと地面に叩きつけた。
「ヒギャアッ!!」
強く引っ張られた反動で尻尾の先端がちぎれ、魔龍がトカゲのような姿勢で地面にめり込む。
「し、尻尾ォォオオッ――」
「あ、ごめん。でも尻尾くらい簡単に生えてくるでしょ?」
「グウゥゥ!!」
すばやく起き上がった魔龍が宙に浮くアラサー女を睨みつける。
「き、貴様、我をなんだと思っている⁉」
「えっ?」
少し思案してから答える。
「コウモリトカゲ」
「コウモリ⁉ トカゲ⁉」
理解が追いつかない魔龍。翔子は続けた。
「もっと言えばクソイキリコウモリトカゲ」
「なんだその呼び名は! 頭ゴブリンか!」
「誰がゴブリンですって……?」
ゴブリンと揶揄されて怒りをあらわにしたアラサー女子は、そのまま接近して魔龍の顔に回し蹴りを喰らわせる。
「ガァァアアッ!」
衝撃で頬の骨と奥歯が折れ、そのまま地面を何キロも転がって、近くの野山にぶつかった。
「乙女をその天敵たるゴブリンに例えて呼ぶなんて重罪にもほどがある」
「ヌゥゥウウ!! 我をコウモリ扱いした貴様に言えたことかァッ!!」
体勢を立て直し、文句を言い返した魔龍が大地を踏みしめ、弓矢の如く速さで宙を駆けて翔子に突撃する。
この女だけはなんとしても滅さねば! プライドが恐怖を遥か上回り、相手の土俵たる地上戦をしかける。
「カァァアアア!!」
体中の魔力をかき集めて身体強化に変換する。腰を入れて打った一撃は大地をやすやすと砕き、地形すら一変させる。が、翔子には当たらず。
「ハァッ」
殴り返される。彼女の拳は重く貫通力がある。完全に受けきることは魔龍を以てしても不可能。
かろうじて攻撃が見えた魔龍は、魔力で強化した翼で腕を守りながら攻撃を受ける。
「グググゥゥッ――」
本来、神話級モンスターの攻撃を受けても耐えられるはずの剛翼が一撃でズタボロになった。それでも一キロはノックバックする。
やはり得意の空中戦を織り交ぜるべきなのか。魔龍が逡巡する。
が、その隙に翔子が空を飛んで眼前に迫っていた。ここで飛んでも小回りの利く翔子の餌食になるだけ。大地に足をつけた上で迎撃するしかない。
「ええィィイ!」
呪文など唱える暇もない。両手を突き出して圧縮弾をこれでもか、というほど見舞う。
翔子は、弾幕の絨毯を一つひとつ目で追いながら魔力操作を駆使して隙間を縫うようにすり抜け、大地に足をつき、強く踏みしめて魔龍の懐に入る。
魔龍の脳裏に蘇るチェスト三連発の記憶。彼は咄嗟に腕と翼を使って腹を守る。これでは大したダメージにはならない。
しかし、彼女は腹を狙わず。
「フッ」
勢いを維持しつつ体を半身に向け、左脚を前に出す。蹴りか? そう思われたとき、彼女は魔龍の右足の小指の付け根を踏み抜いた。
「アアァァアア!!」
神経の通い方が人種に近いのか、飛び上がるほどの痛がり見せた。その際、右足が浮き上がり、左片脚ががら空きになる。
翔子は狙いすましたかのように真横に跳び、右脚を後ろに回した背面回し蹴りを魔龍の左脚ふくらはぎに浴びせる。いわゆるカーフキックだ。
「フギィィィイイ!!」
いかに頑丈な肉体を持っていてもふくらはぎは脆い傾向にある。そこを翔子の力で強打されれば、大ダメージは免れない。
痛みで突如左脚が使えなくなり、入れ替えるように右足をつく。
視線を投げた翔子が駆け出し、がら空きになったアキレス腱に容赦のないミドルキックを叩き込む。ブチブチと腱が切れる音がした。
「ガァアアッ!」
両脚に力が入らず、ドシン、とその場に尻もちをつく。両手両翼によるガードが外れた。正中線ががら空きである。
位置の調整した彼女は下半身に力を込めて跳び上がり――。
「ハァ!」
気合とともにアッパーカットを放った。
それはまるで東洋の龍がとぐろを巻き、天に昇る姿を再現したかのような見事なスカイアッパーだった。
「〜〜〜〜ッ!!」
顎を撃ち抜かれた魔龍の声無き叫びが深層の赤い空を満たした。これで終わり――ではない。
彼女は体を丸めて後方に数度回転したのち、勢いをつけて斜め下に急降下。直撃の瞬間に右脚を突き出した。
「チェストォ!」
「グガァァァアアア!!」
魔龍の胸に流星のような飛び蹴りを放ち、再び大地を抉る。
ダメ押しと言わんばかりに胸に接触している右脚を軸に左の後ろ蹴りで追撃。
「ンギャァァアアアッ〜〜〜!!」
情けない声を上げながら魔龍は地面を削るように遠くへと吹っ飛んでいった。
「ヒュゥ、ヒュゥ……」
十数キロ先の大地で仰向けになって横たわる魔龍。体中、傷だらけ。まるで至近距離で手榴弾を受けた人間のようだ。
少しして彼の下に翔子がやってきた。
「タフね、アンタ」
ここまで殴ったにも関わらず、息のある相手も珍しい。感心したような目でアラサー女子は彼を眺めていた。
「う、うぅ。――まだ、だ……」
フラフラと立ち上がった魔龍は天を仰ぎながらダンジョンに向かって吼える。
「ダンジョンよォォオ、我に力を貸せェェエ!」
一拍置いて、上空から赤い光が降り注ぎ、魔龍を照らす。するとダンジョン内に漂っていた魔力が彼の体の中に集まってきた。
「ウォォオオオオ!!」
エネルギーを吸収し、傷が急速に癒えていく。
また殴り合いか。翔子は辟易してから構えを取った。ところが。ある一定を過ぎたあたりで魔龍の体に異変が生じる。
「グハァァアアッ!」
吐血した。傷口からも出血が止まらず、鱗や皮膚、それに肉までもがポロポロと剥がれてきた。これは一体。
「……体が限界を越えていたようね」
翔子が言った。
そうだ。彼女との戦いで体を極限までボロボロにされ、魔力による再生が不可能なほどダメージを負っていたのだ。
それどころか過剰な魔力が体内に流れ込んだことで、魔力制御ができずに暴走して、逆に体を蝕んでしまった。
「ウウゥ……」
もはやこれまで。朽ちるのも時間の問題だった。
「もう諦めなさい。これ以上は辛いだけよ」
翔子が諭すように言い聞かせる。微かにだが慈悲が混じっていた。
自らの最期を悟りつつも魔族は相手の申し出を蹴った。
「この、ままでは……終われん……よ――」
肩で呼吸して、目の前の敵に焦点を合わせる。瞳に映ったのは無表情で佇む女の姿だった。
「その態度。強者の、余裕と――いうものか。どこまでも、傲慢に映るッ――が、羨ましくも……ある」
強さのみを価値基準においた魔族にとってそれは絶対。敵でありながらも、自身との戦闘で一度も被弾せず、見下ろす姿はある意味で理想的強者の姿だった。
「貴様はなぜ、そこまで強い? 生まれかゆえか――それとも努力によるものか?」
「どっちもかしらね」
翔子が答える。
「そうか。しかし解せぬ。それほどの力を持っていて、どうしてダンジョンに籠もって料理店を開く? 我なら喜んで世界を征服しにかかるぞ。有能な部下たちを揃えて逆らう者を殲滅し、自らの存在を世に示す。素晴らしいではないか」
「興味ないわ。そんなの」
翔子が続けた。
「暴力じゃ笑顔は作れない」
脳裏に浮かぶのはかつて助けようとして泣き出した幼女の姿。
「笑顔……? そんなもの――力で支配して実益を与えれば、いくらでも作れるではないか?」
「違う」
彼の意見に対して翔子はかぶりを振った。
「わたしが言っている笑顔ってのはね、強いとか弱いとか関係なく皆が心の底から安心して笑っている。見ているこっちがホッとするような、そんな顔。暴力だけじゃ絶対に作れない」
魔族はキョトンしたような顔をした。だが相手は至って真面目な顔をしている。本気なのだろう。
だとしても彼女の理想は魔龍の理解の外にあることに変わりなく。
「よくわからんが、そういった価値観もあるのだろうな」
彼なりの理解を示しつつも魔族は、自身の背に大規模な魔法陣を展開した。周囲の空気がビリビリと緊張感を帯びる。
「これが最後の一撃。我の持つ最大の古代級――魔龍神のブレスを模した『再現魔法』だ」
「魔龍神の……。凶悪な魔法ね」
「隙が大きくてなかなか撃てんのだがな」
かつて地上で暴れたトカゲの魔族が使ったような超大技『古代級魔法』。古代に存在したとされる伝説や逸話を再現するところから『再現魔法』などとも言われる。
それをあの魔族以上の魔力を持ち、ボスの力を行使できる魔龍が放つのだ。その威力は比べ物にならないだろう。
「この世は力こそすべて。その力で正々堂々、我を打ち破ってみせよ――ゴフッ!」
魔龍は吐血しながら滅びゆく体で魔法の準備を続ける。
わかっている。その気になればチャージ中に攻撃を仕掛けられて敗北することを。それでも強気の発言を崩さず、自身のペースに持ち込もうとしている。
卑怯なことをしても勝てばいいとはいえ、それは生きてこそだ。死ぬのが決まった以上、無駄なあがきでしかない。
自分が情けないことをしているのだとの実感があった。
だとしても、やらずにはいられない。
「我は魔族、だからな……。フフッ――」
自嘲を浮かべる魔龍。腐っても魔に名を連ねる者、最後まで純粋な暴力を貫こう。そんな覚悟が窺えた。
「はぁ」
翔子がため息をついた。
「それに付き合ったら満足する?」
「……」
言葉こそ発しなかったが、口元がわずかに緩んだ気がした。
今、魔龍を攻撃しても体内の魔力が暴発して大爆発を起こす可能性がある。どちらにしろ広範囲が吹き飛ぶだろう。
だったら。
「わかった。撃ってきなさい」
年齢の離れたわがままな弟に振り回される姉のように、渋々相手の要求を飲むアラサー女子。
「――礼は言わぬ」
そう言って、魔龍は詠唱を始める。
「魔龍を束ねし始祖が生み出し覇者の証、今、時を越えて龍界より現世へと降臨し、覇道を阻みし者たちに『魔龍神カロンド・サディス』の威光を示さん!」
口上を述べ終わると、発動していた魔法陣が彼の中に取り込まれ、腹の中に魔龍神の炎が蓄えられる。
同時に体の傷という傷から魔力と黒炎が漏れ出し崩壊を加速させていく。
「ガァァアアア!!」
それを気合で押し込み、魔龍は空へと跳び上がった。ボロボロの翼を広げ、目から血を流しながら眼下の敵を見据え、魔法名を叫ぶ!
「――
口内から極限まで圧縮された破滅の黒炎がはじき出された。発射の勢いで腹や脚の肉がごっそり削げ落ちて骨が露出する。
それでも射線は一切ブレず、極大レーザーのように翔子へと迫る。その威力は都市ひとつを跡形もなく吹き飛ばせるだろう。
翔子は深呼吸してから、黒炎を見上げた。
連動するように彼女の足元に紅い巨大な魔法陣が展開され、陣の中を魔力が駆け巡った。魔法陣から勢いよく紅炎が漏れ出し、充填完了を使用者に告げる。
自身の内包する魔力をしっかり注ぎ込んだ。口上を述べて威力を底上げする必要はない。
そう判断した翔子は黒炎をキッと睨み、強い口調で魔法名を紡いだ。
「
そのとき――
黒い炎はいとも容易く打ち消され、大爆発が音を置き去りして、辺り一帯を焼き尽くす。その威力――例えるならば小規模ソーラーフレイム。
至近距離で目を焼き尽くすほどの儚くも美しき極光に包まれた瞬間、魔龍は思う。
――それは自分にも撃てるのか。機会があればぜひ聞いてみたい。
その顔はどことなく満足そうだった。
そして、創生の炎に見送られて彼はこの世を去った。
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