第17話 アラサー女子、魔龍と戦う その1


「はぁ?」


 ジャージ女という単語を耳に入れた翔子が眉根を寄せた。


「誰がジャージ女よ。せっかく助けにきたのに。そんな態度でいいわけ?」


 歩きながら堂々と助けにきたと言ってのける女店主。

 その姿に視聴者が沸いた。


『最強の助っ人きたああああああ!!』

『店長ぉぉぉおおお!!』

『ジャージ様ぁぁあああ!!』

『つか、赤ジャージじゃなくて真っ赤なドレスやんwww』

『しかもかなり気合の入った衣装だな。特注品か?』

『それ、冒険者用の装備なの???』

『パーティ用にも見えますね』

『どちらかっつえば社交ダンス用じゃね(笑)』

『戦闘向きではない気がするなぁ』

『つーかさ、店長めっちゃ綺麗なんだけど……』

『そりゃあ、素材はいいしなぁ(色々ぶっ飛んでるけど)』

『あと十年若ければ、確実に惚れてた😂』

『あれ? でもあの紅いドレス――前にどっかで見たことあるような……』


 様々なコメントが入り乱れる中、翔子はローレンたち三人に声をかけた。


「大丈夫?」

「あ、あぁ……」


 仲間を代表してローレンが頷く。


「そう。なら下がってて。救助がくるから」


 要点だけを告げた彼女はそのまま真っ直ぐアルトのところに向かう。

 だが、彼の周りには無数の魔物たちが犇めいている。動揺する者もいれば、ジッと見つめる者や近寄る翔子を威嚇する者もいる。

 一触即発なのは誰の目にも明らかだ。


「まっ、待て。いくらなんでも無茶だ!」


 ローレンが引き留めようとするも、翔子の歩みは止まらない。


「どいてくれる?」


 静かな声音に込められた確かな殺気。動物的カンに優れた者は、反射的に後ろに下がって様子を窺う。

 その姿を見たやや知能低いモンスターたちも身の危険を感じて、同じように後退りする。

 しかしながら身の程知らずはどこでもいるもので。


「ガァアアア!!」


 エルダーオーガーが魔物たちを押しのけて、翔子の左横から襲いかかった。


「危ない――」


 ローエンが声を上げたとき。ドゴン、と爆発にも等しい音が鳴り響き、オーガーの腰から上が消し飛んだ。

 肉片が後方の魔物たちの頭上に降りかかり、ちらほらと叫び声が聞こえる。理解が追いつかず、ローエンたち四人は言葉を失う。

 そのタイミングで魔龍が上半身を起こした。


「クッ、誰だ! 我に物をぶつけた者はァァアア!!」


 頭を押さながら空いた手で体を支えて、立ち上がった魔龍が怒号を発する。先ほど以上に大気が震え始める。

 アルトは膝立ちしまま、剣を突き刺して振動をやり過ごす。

 そんな中を悠然と歩を進めるアラサー女子。彼女はアルトの斜め後方辺りでピタリと立ち止まり、吼える魔龍に涼しい顔で告げた。


「わたしだけど?」

「なにぃ! やったのは貴様か、この小娘がァァァ――ん?」


 血走った眼で相手の全身を捉えた瞬間、魔龍の全身に悪寒が走った。


「き、貴様……ど、どうして――」


 大きく口を開けて及び腰を作る魔龍。それもそのはず。


「あ、やっぱり覚えてるのね。ずいぶん元気そうじゃないの。体なんか大きくしちゃって」

「ッ――」


 意味深な顔つきを添えて自身を見上げる翔子に魔龍はたじろいだ。


「なんの話だ……?」


 話についていけず、アルトが双方の顔を交互にみやった。

 彼の疑問に答えるわけでもなく、翔子は魔龍を問いただす。


「わたしたちがこの階層を掃除してる傍ら、隠れてせっせと魔石を盗み食いしてたの?」

「そ、それは……」


 言い淀む魔龍。それがすべてを物語っていた。


「図星みたいね」


 翔子が目を鋭く尖らせる。シルヴィアの予想通り、隠しエリアにて追い払われた魔龍は99階層に逃げ込み、格下を狩りながら過ごしていた。

 さらに、こっそり翔子たちをストーキングして彼女らがモンスターを倒して去ったあと、質のよい魔石を漁って喰らうというハイエナ行為に手を染め、体の強化に利用した。


「でもって、その力を格下相手に使って楽しんでいたってわけか。――もっと真面目にやっておけばよかった」


 そう言ってため息をついた。

 当時はピクニック気分だったので、敵が逃げるならそれで構わなかったが、事態がここまで大きくなると後悔が残る。

 しかし悪いことばかりではない。


「そういえば。アンタ、ボスになったんだって?」

「そ、それが、どうした⁉」

「いや。おかげで手間が省けたなって」


 翔子が続けた。


「アンタを倒してこの階層を攻略するわ」


 したり顔で宣言するアラサー女子。魔族相手にまったく臆さないどころか、なぜか圧倒して討伐宣言まで行う始末。さすがのアルトも黙っていられず。


「お、おい! 相手は魔龍――魔族なんだぞ。キングベヒモスなどは比べ物にならん! わかってるのか⁉」

「大丈夫よ。それなりに倒してるから」

「「なっ⁉」」


 さらりと答えたアラサー女子にアルトのみならず、魔龍も驚きを隠せずにいた。


「貴様、一体何者だ⁉ 勇者か、それとも神の代行者なのか⁉ 答えよ!」

「勇者に神の代行者ねぇ。それはまた」


 翔子が含み笑った。


 勇者とはアガルタに伝わる聖なる力を持つ者を指し、神の代行者は人種を守護する神から権能を授かった者を言う。


 どちらも世に出てくることは稀であり、出現すれば人種からは英雄視、魔族勢力からは要注意人物と扱われる。

 そのような者を討伐できれば、魔族としての格が大きく上がる。


 だからこそ魔龍は、彼女を倒すべく魔力を隠しながらチャンスを窺っていたのだが、アルトらのドローンによって姿と居場所を配信され、翔子たちに存在がバレてしまった。


「わたしはそんな大層なもんじゃないよ」

「勇者でもなければ神の代行者でもない、と。では一体……」

「料理店の店長」


 翔子はサラッと答える。


「料理店⁉ 店長⁉」


 斜め上の返答に魔龍の声が震える。


「そう。アンタと戦ったあの場所に店舗を出してね。そこで店長やってるのよ。知っての通り、あそこは見晴らしがよくて近場に生息するモンスターも質がいいからさ。出店には持ってこいな場所で――」

「ふざけるな!」


 翔子の言葉を遮って魔龍が怒りをあらわにした。


「貴様のようなヤツがそんな職に収まるわけがないだろう!! 我をバカにするのもいい加減にしろ!!」

「アンタだって散々人間を小馬鹿にしてたじゃない」

「三下どもに強さを示し、畏怖を集める。それが正しき魔族のあり方! すなわち王道である!」


 人種を馬鹿にするのは魔族の嗜みと言われるように彼らは人間たちを見下した態度を取る。それが強者の格であると信じているのだ。


「はぁ。バカバカしい。痛々しくて見てられないわね。それこそ三下の振る舞いよ」

「ヌウゥゥ――」


 魔族のあり方を否定され、魔龍の頭の血が沸騰する。恐怖など二の次だ。


「こ、ここまでコケにされたのは初めてだ――いいだろう!! 我もこの階層のボス。支配者として貴様を排除してやる!! ――者どもォ! 出合え、出合えェェエッ!!」


 号令により、さらなるモンスターたちが遺跡に押し寄せる。


「無駄なことを。雑魚なんていくら居ても無意味よ」

「そんなことはないぞ。少なくともここにいるお前以外の人間たちにとってはなぁ」


 瞬間、手下を呼んだ理由を察した翔子が、目尻をピクっと動かす。

 魔龍が手を振りかざすと、一斉に魔物たちが動き出し、ローレンたちのところへ駆け出していく。


「フハハッ。人質を取れば貴様も迂闊には動けないだろう」

「卑怯ね。魔族が聞いて呆れる」


 彼女が後ろを一瞥しながら言った。


「フン。なんとでも言うがよい! 勝てばよいのだ! ――魔物どもよ、そこの三人を生け捕るのだ!」


 ボスの指示を受け、左右から魔物たちが三人を抑え込もうと襲いかかった。連戦続きで疲労しているローレンたちにどうにかできる数ではない。

 無駄な抵抗と思いつつも、武器を構え、応戦の意思を示す。

 ところが――。


 ――シルフィード・ストレイン! ――ノーム・レガンドル!


 突きの体勢から繰り出される疾風の大槍、大地に拳を叩きつけて直線上に隆起していく岩石の剣山が、三人に群がろうとするモンスターたちを蹴散らした。


「おまたせ、翔子ちゃん!」「遅れてすまねぇ、姉御!」


 ローレンたちが入口のほうを振り向くと、緑色をしたドレス型防具を着こなす金髪碧眼の美少女エルフと、関節にプロテクターを装着したラフな格好の黒みがかった茶髪にウマ耳を携えた半獣人の娘が、それぞれ武器を構えていた。

 シルヴィアたちは、そのままローレンらを庇うべく彼らの前に出た。


 アルトを撮影中のドローンがオートズームを使い、ふたりを画面の中に捉える。案の定――。


『エルフのお嬢様とウマのねーちゃんキタアアアアアア!!』

『この前、ちらっと映ってたけど綺麗だよなぁ……』

『両方ともタイプの違う美人だよね!』

『片方は男性ウケ、もう片方は女性ウケする容姿だわな』

『絶対、異世界のひとたちだよね??? 海外コスプレイヤーが霞むくらいのアニメ調の服装だね。似合ってるぅー!』

『きゃー、かわいいー♡』

『おい!! もっとカメラ近づけろ!! できればスカートの中も――』


 翔子がやってきてからというもの視聴者の価値観に狂いが生じたのか、アルトらの心配よりも彼女ら三人の姿に関心が集まっていた。


「ナイスタイミング、ふたりとも!」


 仲間の登場にパアッと笑顔を作った翔子は、流れるように男のコートの襟首を掴み、


「ついでにお願い!」

「あいよ!」

「おい、ちょっと待て――」


 彼の制止を聞かず、ポイッと宙に放り投げた。

 放物線を描いて落下するアルトをカリーナがキャッチし、冒険者全員を保護したふたりは、彼らを連れて速やかに遺跡から離脱する。

 撮影対象者が画面から急にいなくなったことで、ドローンがオートモードに切り替わり、翔子を撮影対象と認識、その周囲を飛び回っている。


「と、取り逃がしただと⁉」


 突然の救出劇に魔龍が呆気に取られた。これで懸念材料はなくなった。


「それじゃ、始めましょうか」


 ポキポキと拳を鳴らすアラサー女子。


「ええぇい!!」


 魔龍が空に飛び上がった。


「そいつの戦い方は打撃が中心! 数で押せばなんとかなる! やってしまえ!」


 翔子の戦闘スタイルは徒手空拳が主軸となる格闘家タイプだ。

 以前の戦いでそれを知っている魔龍は、距離を取った上で大量の魔物たちに翔子を襲わせる策に出た。体力を削るのが目的だろう。姑息、実に姑息だ。

 モンスターどもは指示に従って翔子に飛びかかる。


「ギャッ、ギャッ、ギャッ!!」


 相手はただ突っ立っているだけ。恐れるに足りない。ケタケタと笑いながら彼らが組み付いていき、やがて翔子の姿が見えなくなる。

 その様はまるでデカ盛りがウリの飲食店が提供する山盛り丼のようだった。

 魔龍が大笑いした。


「ハッハッハッ! 無抵抗とはな! さては負けを悟ったか――」


 ――そんなわけないでしょ。


 モンスターたちの隙間から魔力を帯びた紅蓮が漏れ出した。そして、


「「「ガ――?」」」


 彼女を中心として巨大な火柱が噴出する。それは爆発というより、もはや火山の噴火に近く、群がるモンスターたちを一気に焼き払う。


「「「ヒギャアアアアアア!!!!」」」


 気づいたときにはすでに炎に飲まれ、体を焼き尽くされていく魔物たち。

 火炎の勢いは衰えることを知らず、四方へと伸びていき、集まった者どもを焼き尽くさんとする。

 迫る炎から逃げ遅れた者は容赦なく餌食となり、燃えたぎる海の中に沈んでいく。


「なんなんだ、これは……」


 大地を侵食していく紅い炎を目の当たりにした魔龍が小声を発した。



   ◇◇◇



 その火柱は森の中を走る六人からも確認できた。


「おい、空に巨大な火柱が上がってるぞ!! 大丈夫なのか⁉」


 振り返りながらアルトが叫んだ。


 この辺りに火山はないので自然噴火はありえない。まず魔力によって生み出された炎に間違いはないだろう。問題は誰が作り出した炎なのかである。

 森から見える以上、相当巨大であることは言うまでもない。あの場にいる怪物たちが生み出すのは無理がある。

 となれば消去法で魔龍が放った物とする推測が成り立つ。


 もしかすると自分たちを逃がした女店長があの攻撃でやられてしまったのではないか。一抹の不安がメンバーの間に広がった。

 四人を先導するシルヴィアが走りながら火柱を一瞥する。


「あの炎は――」


 彼女は魔力の波長を読み取って個人を判別する能力を有している。

 噴火地点を中心に膨大な魔力が飛散しており、魔力乱れる深層でもその判別は容易だった。

 少しして彼女が視線を元に戻し、背中越しに伝えた。


「大丈夫。あれは彼女が出した物よ」

「「「「は⁉」」」」

「ってことは姉御のヤツ、本気を出したってわけか。――ハッ、あの魔族も気の毒だな」

「仕方ないわ」

「近くで見れないのが残念だぜ」

「まったくだわ」


 並走するカリーナの言葉を受け、つられて笑うシルヴィア。

 四人は顔を合わせて訝しげな表情をした。しかし強さだけでなく、常人離れした言動を至近距離で見ていたアルトだけはぞわぞわと胸騒ぎを覚えていて、


「やれるのか。あれを」


 独りごちった。

 それによくわからないが、なぜかあの衣装にも既視感が拭えない。

 思考を巡らせる最中、突如彼の脳裏に十数年前に観た映像がフラッシュバックされる。


「もしや――」


 目の色を変えるアルトをみやり、ローレンが「どうかしたか?」と尋ねる。


「……いや、なんでもない」


 ここで憶測を語っても意味がない。

 そう考えたアルトは深層脱出に専念すべく、無言で正面を向いた。

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