第16話 深層の黒き魔龍 その2


「ギャォォオ!!」「ギャ、ギャッ!!」

「ッ。こざかしい!!」


 レッドガルム、レッドキャップなど俊敏な者たちがせわしなく動き回り、その後ろから中大型のモンスターが適度に攻撃を加えてくる。

 交戦してから十五分ほど経つが、ギリギリで踏みとどまれているのは敵が物量に物を言わせてこないからだ。

 というのも。


「自分よりも弱き者に簡単な指示を送り、実行させる。これがボスの権能か」


 手のひらを開けしめして、魔龍は与えられた能力を確かめている。今、試しているのはモンスターの操作能力だ。

 モンスターを操る術はいくつかあるが、どれも専門的な知識や特殊な才能を必要とする。そういった条件なしでボスは限定的にモンスターを従えることができる。

 その規模はボスになった者の力量次第とされており、強力な存在がボスとして力を与えられたときの脅威度は計り知れない。

 魔族ともなれば、なおさらだ。


「他にはどんな力があるのだろうな」


 顎を擦って中空を見上げる魔龍。眼下で起こっている小粒たちの戦いなど二の次だった。

 ドローンに映し出される光景に視聴者たちは危機感を募らせる。


『おい、このままじゃなぶり殺しにされるぞ!』

『っても、助けに来れるヤツなんていねーよ! ここは99階層だぞ⁉』

『救助隊はどうしたよ⁉⁉ ギルドはなにやってんの!!』

『公務員は深層まで助けにこないぞ。自己責任なんだよ』

『ってことは前髪は……』

『オワタ😱』


「まだだァァア!!」


 諦め一色の視聴者を一喝するように吠えたアルトが、剣を大きく薙いで、迫りくるレッドキャップ三体を上下真っ二つにする。


「俺はぁぁ! 諦めないぞッ!」

「そうだ。『女神の前髪』はこんなもんじゃない!」


 ローレンがアルトの背中を守るように移動し、ルイスとヤーティがふたりの側面をカバーする。


「威勢はよいが、固まってよかったのか? 我が指示を出せば一斉に魔物たちが飛びかかるのだぞ?」


 操作の術を会得しつつある魔龍にとって、魔物たちを一斉にけしかさせるなど造作もないこと。


「だろうな」


 そんなことはアルトにだってわかっている。けれど。


「ここで諦めたら、恥ずかしい死に様をファンたちの目の前で晒してしまう。それだけは……死んでもお断りだッ!」

「む? ファンたちの、目の前……? 近くに誰かいるのか」


 この辺りは魔物ばかりのはず、ひとなどいるわけがない。ハッタリか? そう勘ぐりつつも魔龍が周囲を見回す。魔族に配信などという概念はなく、このような行動に出るのも納得できる。

 図らずもその仕草がアルトにある策を閃かせた。


「ヤーティ! 三十六計――」


 合言葉を受け取ったヤーティは、懐から円筒状の物体を取り出して安全ピンを外し、


「逃げるに如かず!」


 言葉を継ぎ、それを正面に投げる。キョトンとしながら物体を見つめる魔物たち。急ぎ、アルトとヤーティは目を腕で覆い隠し、慌てながらも他のふたりも同じ動作を取る。

 間髪入れず、強烈なフラッシュが焚かれ、周囲のモンスターたちの視界を奪う。地球製の閃光手榴弾だ。


「ムゥ⁉ 目潰しか⁉」


 気を散らしていたことで反応が遅れ、フラッシュをまともに食らった魔龍が驚きの声を漏らす。

 地面から魔龍の眼球まで距離が離れているため、少しの間、視界を明滅させるだけの効果しかないだろう。だが時間は稼げる。


「逃げるぞ!」


 混乱する戦場の中、アルトたちが怪物たちの脇をすり抜けてひた走る。遺跡を抜け、森の中に飛び込めば、魔龍から逃れられるかもしれない。

 一縷の望みをかけた大博打。突然の閃光によるコメント欄の阿鼻叫喚などお構いなし。生き残ることだけを考えて、死地を抜けることだけを考えて――。


 ――人生、そんなに甘くないぞ。


 瞼を半開きにした魔龍が手をかざして魔物に指示を送る。すると一行の正面に首のない黒騎士が立ちふさがり、先陣を走るアルトに斬りかかった。


「ぐあッ!!」


 疲労している状態ではデッドエンドデュラハンの攻撃を受けきれず、力負けして吹き飛ばされてしまう。

 それをローレンがキャッチしてかろうじて魔物の中に突き飛ばされずに済んだ。


「ど、どうして――」


 閃光が効かないのか。気が動転するアルト。

 ハッ、と魔龍が声を漏らした。


「どうしてだと? そんなの簡単ではないか」


 黒騎士を指さして続ける。


「そやつにはからだ」


 ケラケラと嗤う魔族。言われてみればデュラハンには首がなく、目眩ましが通用しないのだ。


「し、しまった――」


 こんな初歩的なミスを犯すなどありえない。追い詰められていたとはいえ、デュラハン系のモンスターがいることは確認済み。注意しながら逃走すべきだった。


「クックック! つくづく愉快! さてはお前たち――我を笑わせるために、ここへやって来たな? そうとしか思えん。でなければ、ただの間抜けだ」

「だ、だ――誰が間抜けだァ⁉」


 反射的に言い返すも羞恥心から声が震えてしまう。


「やれやれ。それではカッコがつかんなぁ〜」


 双眸を何度か瞬かせ、視界を確認する。まだチカチカするが、近くを見るだけなら問題ない。それは周囲にいるモンスターも同様で。


「グルゥゥウウ」「ギャッ、ギャッ!」「ゴォォオ……」


 視力を取り戻した怪物たちが彼らを包囲――再び逃げ道がなくなる。


「また振り出しだな。次はどうするのだ?」

「ッ――」


 逃亡を阻止された時点で負けが確定したようなもの。ここから逆転など万が一にもありえない。得意の減らず口を叩けず、アルトが言い淀んでいると、返答を待っていた魔龍が口を開いた。


「万策尽きたか。まぁ、退屈凌ぎにはなったよ」


 地球人にして上出来だ。満足した魔龍は魔物たちに指示を出すべく腕を持ち上げる。あれが上がってしまったら最後、物量に潰される。

 アルトは歯噛みしながらも「まだ手はある!!」と怒鳴るように叫んだ。魔龍が、怪訝そうな表情とともに手の動きを止める。

 その隙にアルトがローレンを一瞥して言った。


「ローレン、魔力薬はあるか⁉」

「い、一個だけなら」

「よこせ!」


 言われた通りローレンは、ポーチから回復薬を取り出して、アルトに手渡す。それをグイッと飲み干し、ボトルを捨てた。そして。


「超魔導剣技その11、剛気土竜剣!!」


 剣をゴルフクラブのようにスイングして生み出された衝撃波が正面の敵を吹き飛ばす。


「今だ、走れ!!」


 強引に作った間隙を縫って四人が疾走する。それでも前方から敵が押し寄せてくる。


「邪魔だぁぁああ!!」


 アルトが押し寄せる敵に剣ごとタックルをかまし、道をこじ開けた。


「先に行け!」

「アルト、お前は――」

「あとで会おう!」

「ッ――」


 視線を逸らす、その仕草にローレンたちは彼の覚悟を悟った。

 返す言葉もなければ時間もない。三人はなにも言わず、例えようのない悔しさをにじませながら、そのまま真っ直ぐに正面を見つめた。

 逃げる者と立ち向かう者の二手に分かれていく姿に視聴者たちも行動の意味を察した。


『アルト、お前!! 死ぬ気かぁ!!』

『こんなところで漢を発揮しなくてもいいんだぞ!!』

『前髪アンチだったけど、これは辛い……』

『仲間を犠牲にしてでも生き残るヤツだと思ってたのに。逆だったなんてッ』

『アルトーーーーーー!!!!』


「うぉおおおお!!」


 仲間を逃がすため、殿を務めるリーダー。ガス欠状態から多少持ち直した程度では、この数の相手は務まらない。もってあと一分だろう。それでもすべてを吐き出すつもりでがむしゃらに剣を振るっている。


 すべては「キングベヒモス倒すまで帰れまセン」というふざけた企画を立てた自分の責任。身を犠牲にするのは当然といえば当然だった。

 一連の行動を観察していた魔龍はフンッ、と鼻を鳴らした。


「自分を犠牲に仲間を逃がすつもりか? ……泣かせるじゃあないか」


 口ではそう言っているが、憐憫の欠片もなく、むしろその顔にはゲスびた笑みが張り付いている。


「しかし、ひとりで逝くのは寂しかろう――」


 このまま力尽きるまで静観と決め込んでもよかった。けれど、そうなってしまってはあの小僧の思い通りになるかもしれない。力を誇示せずして魔族にあらず。

 自身のプライドのため、魔龍は大翼を羽ばたかせて宙を舞い、アルトを斜め上空から見下ろす。


 体内と体外、両方の魔力をコントロールすれば、理屈上空中でも姿勢制御が可能だ。その原理を活用して、空中で体を安定させ、翼を動かさずに浮遊状態を維持する。


 魔龍が大きく口を開けた。そこへ体内の魔力が注ぎ込まれ、炎の塊へと変換――灼熱の光球が形成されていく。魔法で作ったまがい物などではない、本当のドラゴンブレスだ。


 顔を上げ、迸る火炎を目の当たりにしたアルトがそれが自身を狙っている物だと気がつく。

 圧縮された魔力量からざっと計算しても魔法換算で超級、いや古代級にも劣らない威力がある。


「なんて……力だ……」


 人知を超えた力に慄くアルト。

 支配下にあるモンスターたちですらボスを見上げて後退りしている。あれが直撃すれば消し炭は免れない。

 魔龍はチャージしながら器用に言葉を発する。


「心配するな。仲間も一緒だぞ」

「ハッ――⁉」


 後ろを振り向くと仲間の走っている姿が視界に映った。彼らはブレスの射線上にいる。魔龍は、四人全員を焼き払おうとしているのだ。

 意図に気づいたアルトの顔から血の気が引いていく。


「やめろ! やめてくれ、俺ひとりで勘弁してくれ!! この通りだ!!」


 膝とつき、手のひらを地面に押し当てて、アルトが頭を下げる。ドローンに撮影されていてもお構いなく懇願する様を観た視聴者がコメントする。


『あのプライドの高いアルトが……』

『他者に頭を下げるなんて……』

『リーダーァァァア!!』

『おい、バハムート! もう許してくれよぉ!!』

『ドラゴンさんのチャンネルで投げ銭するから許してぇぇえぇぇ!!』


 聞こえないのは承知の上で視聴者たちも一緒に許しを請う。

 だが魔龍には始めから情けをかけるつもりはなく。


「魔族は慈悲など持ち合わせておらんよ」


 御生の頼みを一蹴してチャージを完了させる。あとは放つのみ。さあ、絶望をしろ、地球人ども――。心の中で吐き捨てて、首を後ろに逸らしたときだった。


 突如、森の奥から大木が轟音を立てて飛来し、魔龍の顎を的確に捉える。引っこ抜かれたばかりだったのか、まだ根っこに柔らかい土が付着していて、衝突と同時にこげ茶色の砂が地面に降り注いだ。


「ゴガァッ⁉」


 予想外の出来事に体勢を崩した魔龍は、顔を上空に向けたままブレスを発射――深層の赤い空に巨大な噴水のような火柱を打ち上げた。

 その余波を受けて魔力の制御を乱し、魔龍が背中から地面に落下する。


「ヌゴォッ!」


 激突の衝撃で情けない声を上げる魔龍。これは恥ずかしい。


「こ、今度はなんだ……?」


 理由がわからず、顔を上げるアルト。他メンバーも足を止めて振り返っていた。

 静まり返る戦場。そこに声が響く。


 ――なんとか間に合ったみたいね。


 魔族を除いたすべての人間、魔物が等しく同じ方を向く。視線の集中する先は遺跡入口付近の森の中。落ち葉を踏む足音がする。息を呑む戦士たち。

 やがてそこにひとりの人間が現れる。


 袖のない真紅のドレスに空色のブローチ、白いロングブーツを組み合わせた主張が強くもどこか気品を感じさせる衣装に身を包み、薄紅色のミディアムヘアーにキリッとした青い瞳を携えた二十代後半と思わしき女性。


「あれは、まさか――」


 そう。


「「「「ジャージ女⁉⁉」」」」


 武装したアラサー女店主、本人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る