第14話 前髪、配信を開始する その3


 配信を開始してから五時間が経過した。


 アルトたちは、有志が作ったマップを頼りに平地を進んでいたのだが、押し寄せるモンスターとの連戦に次ぐ連戦で、さすがに疲れの色を隠せなくなっていた。


「ハッ、ハッ――」


 肩で息をする白装束の男。

 チーム唯一の後衛職とあってその体力はメンバーの中で一番少ない。


『ヤーティ、疲れてんな……』『EXダンジョン深層で連戦はキツイわな』『ローエン大丈夫か? タンクって攻撃受け続けるから想像以上に体力消耗すんだよなぁ』『そろそろ休憩したほうがいいですって』


 休憩を推す声が多くなり、無視できない状況になる。

 コメントをチェックしていたルイスが言った。


「休憩したほうがいいわね」

「……そうだな」


 如何にアルトがワンマンとはいえ、参謀格の意見を無下にするようなことはしない。これまで仲間の発言を信じて窮地を出したことは幾度となくある。

 素行不良で優等生とは言い難い彼が、ここまでやって来れたのはこうした素直さあってのことだった。


「モンスターたちの目が止まりにくいところで結界を貼ろう」


 少し進んだ森の中に入った一行は、開けた場所に結界を張って休息を取る。

 その際、視聴者に「一旦、カメラをオフにする。三十分後にまた会おう」と断わりを得て映像と音声を切り、配信画面は「女神の前髪」と書かれたテロップとBGMを流れるだけの状態となった。

 それを確認した四人が地面にドサッと腰を下ろす。


「はあっ」


 アルトが小さくため息を漏らした。


「なんだよ、この階層は。ちっとも大物が出てこないじゃないか」


 最深層とあれば、潜って少しすれば凶悪なモンスターが出てくるものだ。

 ところが今の99階層はそうではない。上層ではボスを張れるようなモンスターたちだが、深層に出現する相手とすれば些か物足りない。


 彼らの予想だと潜って一時間もすればキングベヒモス級のモンスターと遭遇できると考えていた。

 配信場所もモンスターが集まりやすいと情報があったマップ中央の平地に狙いを定め、アイテムだって用意してきた。

 それにも関わらず、強敵が出てこないのだ。


「これじゃ、雑魚ばかりに時間を取られていずれはジリ貧になる」


 腰のポーチから緑色の液体が入ったペットボトルを取り出す。強い回復効果を持つドリンク、通称『回復薬』だ。


「ぷはぁッ!」


 ボトルのキャップを外して一気に飲み干し、アルトが空を見上げた。


「困ったもんだよな」

「そうね」「ですなぁ」


 ローレンたちも一様に頷いて、回復薬に口をつけた。食道を流れるだけで体に活気が戻ってくるのがわかる。

 息をついたメンバーたちも座ったまま空を仰ぎ、体を休めた。

 十五分ほどの無言を経て、アルトが口を開く。


「このまま平地を歩いていても強敵と遭遇できるとは思えん。どこかいい場所はないか?」


 スマホに表示されるマップとにらめっこしながら、ローレンが答える。


「ここからそう遠くない場所にある『古びた遺跡』がいいかもな。数日前、ドローン調査していた有志たちが、遺跡に多数のモンスターが集まっているのを確認したらしい。その中に、黄金の鎧をまとった二足歩行の牛モンスターがいたそうだ」

「黄金の鎧、それと二足歩行――ゴールデンミノタウロスあたりか」

「可能性は高いな」

「ふむ……」


 ローレンの話を受け、アルトが顎に手をやった。

 ゴールデンミノタウロスは深層に出てくるモンスターの中でも強敵に数えられる存在だが、キングベヒモスと比較すれば、大した相手ではない。


 おまけにミノタウロス系統は徒党を組む傾向にあり、集まったモンスターたちが傘下である可能性も否定はできない。連携でも取られでもしたら厄介だ。

 たった四人でそこに挑むのはいくらAAランクの彼らとて骨が折れる。それに不安材料は他にもあった。


「奇襲と罠が怖いが」


 遺跡は隠れる場所が多く、バックアタックやトラップが仕掛けられている可能性がある。

 平地のような見晴らしのよい場所は逃げ場こそないが、奇襲を受ける機会が減り、悪質な罠にかかるなんてこともない。戦いやすさでは圧倒的に平地に分がある。


 しかしながら、撮れ高のない配信を続けても時間を無駄にすることはわかっている。

 いずれアンチが騒ぎ出し、コメント欄が荒れるだろう。それは避けねばならない。

 アテもなく戦うよりはマシか。思案の末、アルト方針を固めた。


「遺跡までのルートは?」

「森を南東に抜けてすぐのところにある」

「よし。そこへ行こう。ゴールデンミノタウロスでも倒せばそれなりに盛り上がる」

「ついでに制圧できれば拠点にもなるぞ」

「遺跡で野宿か。それも悪くない」


 アルトがほくそ笑んでから、立ち上がって武具の点検を行う。他メンバーも釣られるように動き出し、確認を始める。

 三十分の休息を経て、アルトがカメラの前に立った。咳払いをしたのち、彼は手動でテロップを外す。


「待たせたな諸君!」


 画面が切り替わった直後、オーバーな演技が披露されて視聴者が反応した。


『待ってたぜ、リーダー!』『おいおい、逃げたかと思ったぞ!』『ちゃんと時間通りに戻ってきた。偉い偉い』


「ふん! 当然だ。我々はこの近くにある遺跡を目指す。なにやらモンスターどもが集まっているという情報があったからな! どんな強敵がいるか、今から楽しみだ!」


『遺跡か』『モンスター集まってそうだよね』『ボスいるんじゃね⁉』『キングベヒモスとエンカウントしたら、どうすんだろ? ワンパン?』


「キングベヒモスと遭遇したら真っ先に我が奥義をカマしてやろう、ハハッ!」


 ワンパンというワードには触れず、アルトは仲間たちを伴って移動を開始した。ほぼ手つかずの階層であるため、舗装された道はない。

 仕方なく獣道をかき分けて進んでいく。少ししてローレンが妙なことに気づいた。


「モンスターが出てこないな」


 平地ではあれほど襲撃してきたモンスターたちの気配が、一切感じられない。

 森の中などモンスターの巣窟。人の匂いや足音を聞いただけで寄ってきそうなものだが、今回に限ってそれがない。


『言われてみればそうだよなぁ』『襲撃されんのも嫌だけど、まったくないってのも不気味DAZE☆』『もしかしてボスモンスターくるぅ〜⁉⁉』


「ボスモンスターか。それもいいだろう。この剣の錆にしてくれよう!」

(オイオイ……)


 高笑いするアルトにローレンが呆れ顔を作った。


 深層のボスモンスターといえば、神話級かそれより一ランク下の極悪モンスターと相場が決まっている。

 もちろん彼らは実力者だ。戦える自信はある。けれど、必ずしも相手がこちらの想定するモンスターとは限らない。


 今回はキングベヒモスとの戦いを想定した装備であるため、物理攻撃力と物理防御力に絞った装備構成となっている。

 物理攻撃をメインとする敵には強く出れるが、状態異常をメインに仕掛けてくるまたは物理が効かない相手には不利を背負ってしまう。

 そういった手合と遭遇した場合は批判覚悟で逃亡する手はずとなっている。


 本来、笑っている余裕はない。

 しかし強気な態度がウリなアルトは、自分を大きく見せねばならない宿命にある。内心では面倒な敵が出てきたらどうしようかと考えているに違いない。

 ローレンはそう勘ぐっていた。


 さらに歩を進め、森の外に近づくにつれ死臭が漂ってくる。

 一行が背を低くしつつ木の裏に隠れながら森の外を覗くと、前方に無数のモンスターたちの死骸が転がっていた。


「なによ、これ……」


 ルイスが顔をしかめてつぶやいた。

 死骸は皆、体の部位が爆発したかのように吹き飛ばされていた。中には体を刃物で切り裂かれた物もあるが、大半がなにかしらの箇所がごっそりと消えている。

 凄惨な光景にさっそくコメント欄が賑わう。


『うわああああ!!』『ホラーかよ⁉』『レッドガルム、デビルボア、イビルバイコーン、パルビュイア、サンドワーム、メタルゴーレムにデスリンドブルム――色々な奴らが死んでいる……』『誰だよ、こんなことすんの!』『ボスモンスターくる〜〜〜?』『ボスの気配だね!』『もしかしてアラサーの女店主か?』


「それはどうかわかりませんが。……ちょっと不気味ですね」


 ローレンが丁寧にコメントを返した。

 アルトもスマホで反応を確認していたが、女店主の名前を見かけた途端、怒ったように声を上げた。


「ッ、この程度で怯む『女神の前髪』ではない! 進むぞ!」


 弱腰と思われることを嫌い、虚勢を張ったリーダーが先行する。


「おいっ、もっと慎重に……あぁ、もう――」


 ローレンが急ぎ駆け出し、他のふたりも肩を竦めてからついていく。

 事切れている屍たちを踏み越えていくと、やがて遺跡の入口に到着する。そこには夥しい数の屍が転がっていた。


「激しい戦闘があったんだろうな」


 バケツ頭が小さく言った。

 コメント欄も『凄まじいな……』『この先で絶対に戦いがあったんだろうな』『ボスモンスターかもしれん』など珍しく真面目な意見が多く投稿された。


 自信家のアルトも額に冷や汗を滲ませながら「周りを警戒しながら進むぞ」と小声で告げたのち、ゆっくりと遺跡に足を踏み入れる。


 あちらこちらに石の柱や墓石が点在する一般的な遺跡だが、遺体と死臭が織りなす雰囲気により、処刑場のような陰惨な雰囲気を醸し出していた。

 その絵に描いたような地獄絵図に一行の気力は下がっていく一方だ。


 そんな中、前方から物音が聞こえ始めた。

 耳をすませば、モシャモシャというなにかを口にしているような咀嚼音だった。それを確認した一行は互いに顔を見合わせ、一様の頷いてから慎重に足を運ぶ。


 遺体の影に隠れつつ、亀の如き速度で音のするところに向かう。十分後、遺跡中央に到着した。

 先頭を行くアルトが物陰から様子を窺うと、とても大きな黒い巨獣の姿が目に入った。


「あれは……」


 巨獣は恐ろしく立派に伸びた犬歯が特徴的は巨体の持ち主であり、両手でハイグリフォンを鷲掴みにして骨ごとバリバリと捕食している。

 体高は20メートル前後、尻尾を含めた体の長さは80〜90メートルはある。間違いない。


「キングベヒモス。しかも……かなり大きいでありますな」


 ヤーティが呟く。

 そうだなと、ローレンとルイスも首肯した。


『マジかよ、本当に出やがった……』『ジャージ女が倒した個体よりもデケェ!』『この惨劇を引き起こしたのはアイツか……?』『あの巨体を維持にするには大量の食料が必要ってか⁉⁉』『いや、それにしたってやり過ぎな気がするが……』


 確かにこのサイズのキングベヒモスなら無数のモンスターたちを始末できるだろう。

 遠距離攻撃の手段を持たず、空を飛ぶ敵をどうやって落としたのかという疑問が残るが、今の彼らにとってはさしたる問題ではなかった。


「屍の山を築いたのはアイツか。フフッ。見かけ通り、ずいぶん派手好きのようだな」


 おまけにジャージ女が討伐した個体よりも一回り大きい。討伐できれば、アンチどもを確実に黙らせることができるだろう。

 このときを待っていた。アルトが口角を大きく上げて喜びを表現する。しかも、食事の真っ最中でこちらに気がついていない。

 奇襲にもってこいの状況。やるしかない――。


「皆、準備はいいか」


 三人は静かに頷いた。


「俺がヤツに一撃を加える。俺の攻撃が成功したらローレンは正面に出て攻撃を食い止め、ルイスは牽制してくれ。その間にヤーティは魔法の準備を整えろ。階級は超級以上で貫通力のある物を頼む」

「「「了解」」」

「では行くぞ――」


 物陰から足を立てず、そっと距離を詰め、三十メートルを切ったところでアルトが全力でダッシュする。

 敵は食事に集中していて、接近に気づいていない。

 助走が十分についたところで、地面を大きく蹴って、宙高く舞う――。刀身に込めた魔力に呼応し、剣が柱のように伸び、稲妻を纏った。


「喰らえ――超魔導剣奥義、滅魔断罪剣!」


 巨大に光る剣を自身の落下に合わせてベヒモスの頭部に振り下ろす。


「グルゥ――⁉⁉」


 衝撃によって地面に顎から叩きつけられ、四方に十メートルひび割れが起こり、白煙が舞った。

 背後からの一撃。完全にクリティカルヒットだった。


「やったか⁉」


 空中で体勢を立て直し、綺麗に着地したアルトが期待するような眼差しを向ける。それと同時に砂煙の中に影がチラついた。

 間を置かず、頭からドクドクと血を流すベヒモスが現れる。

 切り口から頭蓋骨が露出しているが、脳までは届いていない様子だった。この程度、生命力の強いモンスターのとってかすり傷でしかなかった。


「グルルルゥゥゥウ!!」


 目を血走らせて睨むその姿は地獄の悪鬼そのものだ。


「……やはり、そううまくはいかないか」


 やはりアラサー女子のようにうまくはいかない。この時点で自分単体の実力がアラサー女子に及ばないのだと悟りながら、アルトは剣を構え直す。

 そこへローレンが並び立ち、ふたりの背後にルイスがつく。仲間を一瞥した彼が叫ぶ。


「フンッ、皆で勝てばいいのさ! あの女だってバフを受けていたんだろうからな!」


 開き直ったような態度を取ったアルトは、真正面からキングベヒモスに突撃していった。

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