第13話 アラサー女子、「前髪」に喧嘩を売られる その4
前髪のメンバーたちの放送がスタートしてから約一時間半が経過する。レッドフェニックス店内では宅飲みが続いていた。
「わたしの作る酒はうめぇなぁ!! カリーナ、アンタも遠慮せずに飲みなさい!」
「元からそのつもりだ。んんっ――ヒックッ」
ハイボールがなくなり、代わりに出てきた生ビールをジョッキで飲み干し、だらしなく頷くカリーナ。
顔はやや紅潮しており、目の焦点が虚ろになっている。酔いが回っているようだった。
「あら、もう酔った? わたしはまだだけど?」
「ハッ、これからだっつーの。……おかわり」
「ふたりとも。ペース早すぎじゃない? もし前髪のメンバーやってきたらどうするつもりよ」
シルヴィアの指摘にアカネが顔をしかめて答える。
「アンチは客じゃねえ! だから店の中には入れましぇーん!」
そう宣言して腕を組むアラサー店長。さながら頑固親父のようだった。
「そうだ、そうだ」
半獣人の店員もそれに追従するようにうんうんと頷く。アカネの目がキラリと光る。
「おぉ、今日はノリがいいわね! サービスしてラムコークも出しちゃおっかな〜、甘くて美味しいわよ」
「なんでもきやがれってんだ」
「よっしゃ、持ってくるぜ!」
返事を聞いたアカネは立ち上がって厨房に入り、暇になったカリーナはゲップをして天井を見上げた。
「もうカリーナまで……」
本来、ストッパーをこなすべき相棒がアカネのペースに乗っかって、ほろ酔い気分に浸っている。末っ子みたいで可愛いが、こういうときはしっかりして欲しいものだ。シルヴィアが肩を竦めた。
「そういえば、もう始まっている頃かしらね」
柱に掛かっている時計に目を凝らせば、二十一時半を過ぎていた。放送はとっくに始まっている。
「面倒くさいけど、エリアを移動して観てこようかしら。……あら?」
ポケットからスマホを取り出したときだった。指先が画面に触れ、待機画面が現れる。
そこまでは普通だったのだが、よく見れば右上のアンテナが数本だけ立っていた。
「ここまで電波が届いている? 珍しいこともあるものね」
前髪が電波強化用のブースターを設置したことが、この階層の電波事情にも影響を与えたのだろう。一時的にだが、ネットの閲覧に階層を移動する必要がなくなった。
シルヴィアは立ち上がるの止め、スマホを操作する。観るのは当然、前髪の配信だ。
配信サイトを開くと、オススメの最上部に彼らの配信が表示されていた。彼女は迷わず、そのサムネをクリックする。
やや時間を要したが、無事映像が映し出された。場面は平地で多数のモンスターたちと対峙する「女神の前髪」のメンバーたちの姿だった。
相手は大翼で羽ばたく大鷲獅子、黒い大蛇、双頭の黒魔狼が三匹、鮮血に染まった衣を纏う無数の小人、灰色の肌をした巨大な原人。統一性のなさからして、騒ぎを聞いて集まってきた怪物たちだと予想できる。
シルヴィアがモンスターたちの名前を呟く。
「相手はハイグリフォン、デビルボア、オルトロス、レッドキャップ、それにエルダートロール――。あれだけ倒したのにまだまだいるのね」
99階層は他の深層と比較しても敵の数が多い。今日の午後まで自分たちがモンスターたちを叩き潰して回っていたにも関わらず、次々と湧き出てくる。モンスターの発生はダンジョンの特徴ではあるが、それにしても速度が早い。
やはりボスの存在が大きいのだろうか。エルフの少女が思考を巡らせている中、画面内のアルトが叫ぶ。
――超魔導剣技その3、炎王舞踏斬!
烈火の如く燃え盛る火炎を剣に宿し、まるで演舞のように振り回す。彼の周囲に囲んでいたレッドキャップたちが火炎に晒されて泣き喚いた。
しかし、空を飛び交う敵にまでは届かない。チャンスと見たハイグリフォンがアルトの斜め上空を陣取って風の魔法陣を展開する。
――ギャシャァァアア!
両前腕から無数の烈風の刃が勢いよく飛び出て、アルトのところへと落ちた。
――チッ!
攻撃を察知した彼は、烈火を宿した剣を両手にギュッと握りしめ、頭上で大きく薙いで、火炎そのものを斬撃として飛ばした。
宙でぶつかり合う風と炎を刃。勢いは風が上回り、炎を蹴散らすも何本かの軌道がズレて、アルトのいる数メートル先の地面を切り裂いた。
同時に彼を囲んでいたレッドキャップたちが風の刃で次々と切断されていく。
――フッ。
直撃コースだけを見切って攻撃を躱しながら包囲網を脱したアルトは、仲間を一瞥して叫んだ。
――ヤーティ! 交代だ! あのグリフォンを頼む。
――了解でござる!
大蛇デビルボアを相手にしていたヤーティが身を翻し、背を晒して走り出す。それを追おうとする大蛇をアルトが魔法で牽制し、自身に引き付ける。
自分からヘイトが移ったことを確認した白装束の男は、移動しながら手印を作り、黄色の魔法陣を形成――魔力を注ぎ、詠唱を始める。
――天より降り注ぎし裁きの万雷、今ここに顕現して、敵を討て!
口上を述べ、グリフォンが射程に収まったところで両手を天に掲げた。
――サンダーレイン!!
紡がれしは雷属性魔法の類するサンダー系の中でも上位に君臨する裁きの万雷「サンダーレイン」。その名の通り、複数の稲妻を一気に降らせ、敵を滅するれっきとした上級魔法である。
降り注ぐ雷の本数は詠唱者の技量によってまちまちだが、その平均は五本から七本と言われる。
詠唱者の問いかけに応えるようにグリフォンの頭上で轟音が鳴り響く。瞬間、七本の雷光が顕現せしめた。
慌てて魔法で相殺しようとするも時すでに遅し。雷撃のうち四本が直撃し、悲鳴とともに地上に墜落する。残り三本は近くにいたオルトロスたちを巻き込んで消滅した。
当然、上級魔法程度では即死とまではいかず、すぐに怪物が立ち上がろうとする。すかさず、距離を詰めたヤーティが右腕に人間の子供がすっぽり入るほどの黒色の魔法陣を展開した。
――これで終わりでござる、ダークフォース!
数秒後、闇の魔力を圧縮した黒い閃光が放たれ、もがくハイグリフォンの土手っ腹を貫いた。
――ギャァァアアアッ!
絶叫ののち、息絶える大鷲獅子。空の敵を倒しても戦いはまだ続く。
大蛇を受け持ったアルトが刀身に魔力をまとわせ、飛ぶ斬撃をお見舞いするも固い鱗に阻まれ、傷をつける程度のダメージしか負わせられない。
――やはり相性がよくないか。
アルトが大蛇を憎々しげに睨む。
人を簡単に丸呑みにできる体躯に加え、黒色の変色した痣のようなドス黒い紫色を鱗に覆われた深層の怪物、王毒蛇デビルボア。
毒こそ吐かないが、その牙には致死性の極めて高い猛毒を備えられており、レッドガルムを一噛で即死させる威力を持つ。
また変色した鱗は物理攻撃だけにならず、上級クラスの魔法攻撃さえも防ぐ。Aランク冒険者以下の冒険者であれば即徹底を選択する化け物である。
距離を詰めねばならない近接職はもとより、後衛職さえも苦戦させる強敵。
コメント欄も『デビルボアとかヘビの癖に強すぎだろ!』『鱗もそうだが猛毒が厄介』『レッドガルムを餌にするレベルの強敵』『単純な危険度ならエルダートロールよりも上だぜ……』『アルト、死んじゃうかも⁉⁉』『投げ銭、用意しておいたほうがいいのか……』など弱気なものが目立つ。
今のアルトが彼らの反応を知るよしもないが、自分が苦戦していると思われたら、すぐ叩かれてきた経験からついつい歯噛みしてしまう。
焦る彼が強硬手段に打って出ようとしたときだった。どこからともなく援護射撃が飛んできた。大蛇の胴体に無数の赤い閃光が着弾――小規模の爆発を起こし、相手をひるませる。その隙にルイスがアルトの隣にやってきて並び立った。
銃口を大蛇に向けたまま、銃使いが喋る。
――リーダー、熱くなりすぎよ?
――っ。
事実なので否定できず、押し黙るアルト。ルイスがしたり顔を作った。
――戦いに相性は付き物。連携で潰しましょう。
――そうだな。
素直に他者の提案を飲んでからアルトが右に駆け出した。彼のほうに顔を向ける大蛇をルイスが銃弾して気を乱す。
――シュルルゥッ!
目障りに思ったか、大蛇がルイスを睨み、勢いよく体をくねらせて突撃する。移動の際、顔が左右に揺れ動くため、銃撃の命中率が大幅に落ちて足止めできない。
距離を詰められてたら、ガンマンは終わり。それは射撃手である彼が一番よくわかっている。
――ま、そうなるわよね。
ルイスは右手の銃をホルスターに収め、食いかかってくる大蛇の攻撃を左に回避。すかさず、空いた手を腰部に回し、ムチのグリップを握って大きく振りかぶる。すると先端の部分からムチそのものを包むように電撃が走った。
――食らいなさい!
叫び声とともに放たれる雷をまとう音速の打撃が大蛇の右目を抉る。途端、大蛇は悲鳴を上げて暴れまわり、砂を巻き上げた。
――いくら鱗が固くても、眼球まではどうしようもないわよねぇ。
目は生物の弱点。怪物であっても変わりない。ルイスは執拗に目を攻撃し続ける。
――ギュウウゥ!
慌てた怪物が彼を薙ぎ払おうと尻尾を振った。直撃する直前に上に跳んで反撃を躱し、銃撃に切り替えて空中から攻撃を続行する。
――ギャウッ。
痛めた目を庇うよう、とぐろを巻いて攻撃を防ぐ大蛇。これならばムチも銃弾も効かないだろう。しかし、それは自ら視界を塞ぐ行為にほかならず。
――でかした、ルイス。
助走をつけたアルトが大きく跳躍――大蛇の真上を取った。彼の両手剣が陽光の如き輝きを帯びる。
――超魔導剣技、その5! セイクリッド・ペイン!
そのまま落下したアルトは剣を大蛇の頚椎めがけて振り下ろした。発光する刃が大木のような太さを持つ首を捉え、真横に両断――血しぶきを伴い、ヘビ首が宙を舞う。
激しく痙攣する胴体を足場に着地したアルトが周囲を見渡す。レッドキャップもオルトロスもグリフォンも沈黙している。残るは――。
――エルダートロールか。
アルトたちより少し離れたところから金属音が聞こえる。ローレンがひとり、トロールと交戦していた。
――ガァァァアア!!
――クッ!
右手に持った巨大な棍棒を力任せに振るうトロール。それを盾で受けながらもローレンは一歩も引かずに耐える。
――重いなッ! さすがトロールの上位種!
――ガァア!
繰り返される打撃はとどまることを知らず、盾を破壊するまで止まらない。舌打ちしながらもローレンはジッと反撃の機会を窺っていた。
そこへ声がねじ込まれる。
――ローレン! そのままの姿勢でいろ! ハァア!
快足で駆けつけたアルトが彼を踏み台にして飛翔――両手で剣の柄を握りしめ、力の限り叩きつける。
――ガウゥゥ⁉
顔を縦に割られ、焦りながらもトロールは顔を大きく振ってアルトを吹き飛ばす。剣が抜けた途端、トロールの傷が塞がり、数秒で元通りになる。
――再生力だけは一級品だな。
着した銀髪の男が怪物のタフさをそのように評した。
――フォッフォッフォッ。拙者に任されたし!
アルトたちの後方より、モンスターを片付けて加勢に来たヤーティが地面に両手をついて叫ぶ。
――断罪の黒鎖、獲物をめがけ、その身を貫け――シャドウチェイサー!
数メートルもある黒色の魔法陣が彼の足元展開され、そこから無数の漆黒の鎖が現れる。
錨鎖のような太さのそれは様々な軌道を取りながらトロールへと突き進み、やがて体を貫いて、拘束するように巻きつく。
――ガァアウ⁉⁉
体を貫かれても大したダメージはなかった。すぐに再生が始まるのだが、貫通した鎖が傷が塞がるのを阻害し、逆に引き抜けなくなってしまった。
トロールは巻き付いた鎖を引きちぎろうともがいたが、簡単には破壊できない。少しヒビが入っていく程度だ。
――グゥ、ガァア!
怒りに任せ、ありったけの力を込める。次第に鎖が音を立てて壊れ始める。
――あまり長くはもちませんぞ。
――いや、十分だ。
心配するヤーティを他所に鎖を足場にアルトがトロールに迫まる。狙いはもちろん――。
――ハァァァアア!!
気合のこもった咆哮を乗せて剣を振り抜き、すれ違いざまにトロールの首を跳ね飛ばす。首を失った怪物は糸の切れた人形のように、地面にひれ伏した。
着地したアルトは周りを睨み、敵が消えたことを確かめてから剣をしまった。
――いい運動になったな。
勝利宣言をとも取れる発言をして、取り出したスマホで配信画面を確認する。案の定、コメント欄が沸いていた。
『SUGEEE!!』
『強敵たちを無傷で葬りやがった』
『さすが、新進気鋭の冒険者と呼ばれることはある』
『AAランクなら当然』
『上がりたてのヤツらならこうもいかん』
『この調子だったらSランクも近い!』
『よし、キングベヒモス倒して昇格だ!』
『期待が持てるね』
『よし一旦、風呂入ってくるッ』
スピーディに流れる文字を眺めつつ、シルヴィアが唸った。
「結構、いい腕してるわね」
「そうねぇ」「そうだな」
声に気づいてシルヴィアが振り返ると、後ろと横からアカネとカリーナが彼女のスマホを覗き見ていた。
「あら、ふたりとも――見てたのね」
「うん。シルヴィアが真剣にしてたから」
アカネが続ける。
「態度と口は悪いけど、四人でここまでやれるなら上出来じゃない。確か、AAランクだっけ?」
「そうね。巷じゃ成績次第でSランクを狙えるかもって囁かれているわ」
冒険者のランクはEから始まってD、C、B、A、AA、Sの順番にランク付けされている。
Eランクは18パーセント、Dランクは22パーセント、Cランクは24パーセント、Bランクは全体の19パーセント、Aランクとされ全体の10パーセント程度、AAランクは5パーセント以下、Sランクは2パーセントにも満たない。
その中でもAランク以上は上位パーティと扱われ、地方行政が直接依頼を行うこともある。
Sランクともなれば国家級戦力としてカウントされるため、国家級の依頼が舞い込んでくる。難易度は極めて高いが、そのぶん手厚い保証が約束され、Sランクに認定された者は将来安泰とされる。
とはいえ、アカネには関係のない話で。
「ふーん、それはよかったわね」
他人事のように流した。
「これなら99階層でもやっていけるでしょう」
強いヤツはわたしたちであらかた潰したし。そう付け加えて、席についたアラサー女子は持ってきたコップと瓶を並べてラムコーク作りに取り掛かる。
より凶悪なモンスターであるほどリポップが遅い傾向にある。今日明日程度では復活しないだろう、というのがアカネの予測だった。
「もしかしたら、運良くボスを見つけて倒しちゃうかも。そうなればラクできるから助かるわね」
それとなく呟くアカネにエルフの少女が呆れながら「美少女が絡まないと無欲ね」と言った。
「まーね」
陽気に答えた彼女は、氷をかき混ぜてグラスを冷やし、ダークラムとコーラを配分通りに注ぎ、底を軽く持ち上げてラムコークを作った。
アカネがドリンクを正面に差し出すと、カリーナはグラスを受け取ってゴクゴクと一気に飲み下し、
「うめえ。おかわり」
と催促した。
「いいねー。作り甲斐がある」
そう言って、またドリンクを作り出す。ここまでくるとカリーナが潰れるまで飲ませるつもりだ。
「いくら、わたしたちがお酒に強いからって限度があるからね」
「うんうん。わかってる、わかってる」
忠告を半分聞きながらも、新たに用意した酒を与え、飲み干されたグラスを回収して酒を作る。
この繰り返される行動に額を抑えるも、いつものことなので、笑って流しシルヴィアは「私にもお酒ちょうだい」と自身にも酒を要求。配信の視聴を止めて宴に戻った。
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