第12話 前髪、配信を開始する その1


 所定の時刻まで残り五分を切る。カメラの切り株に座して待機していたアルトたち四名が互いに顔を合わせた。

 皆、緊張している様子で表情に余裕はなく、無言のまま紅い光に照らされている。決してよい雰囲気ではなかった。

 気に入らない。舌打ちしたアルトが勢いよく立ち上がって声を張り上げる。


「ここを乗り切って俺たちの力を世に示すぞ!」


 自らに言い聞かせるようにアルトは、拳を正面に突き出す。意を理解した三名も立ち上がって彼と同じポースを取った。

 アルトが言葉を続ける。


「幸運の女神は――」

「「「前髪しかない!」」」

「女神の加護は――」

「「「我らにあり!」」」


 お決まりの掛け声で静寂と緊張を吹き飛ばし、四人はカメラの前に移動する。


 剣士のアルト、壁役のバケツ頭が正面を陣取り、画面の両サイドをベストの男と白装束の男が固め、準備が整った。

 やがて配信の時間がやってきて撮影用ドローンがネットに映像を送り始める。

 カメラが視聴者に映像を届けた瞬間、アルトが人差し指をさすようなポーズを取った。


「待たせたな、皆の衆! 魔導剣士のアルトだ!」

「副代表のローレンです」

「超絶技巧の魔銃使いルイスよ」

「魔術担当のヤーティである!」

「四人合わせて――」


 全員が大きく吸った。


「「「「女神の前髪!!」」」」


 ドドンッ! 効果音が流れ、他三人も決めポーズする。戦隊モノのポースに非常によく似ていた。羞恥心がないところを見るに、いつもやっているのだろう。

 彼のパフォーマンスが終わった直後、コメント欄が盛り上がった。


『待ってました!!』

『こんばんはー』

『8888888』

『時間ぴったり偉い、偉い』

『アルト、カッコいい!!』

『ローレン、こんちゃっす』

『ルイス〜♡』

『ヤーティwww なんでかいつも笑いが止まらんwww』


 開始から順調。そう思われたが。


『相変わらず、ふざけてるよね』

『コメディアンみたいで変』

『AAランク冒険者の品位を下げている』


 彼らの子供っぽいところへの指摘が相次いだ。アンチコメントをスマホで確認したアルトが言い返す。


「我々がAAランクの品位を下げている? そんなことはないぞ。親しみやすくしてるとは思ってるがな」


 ふんっと鼻を鳴らして批判を一蹴し、彼は話を進める。


「さあさあ、お待ちかねの『キングベヒモス討伐するまで帰れまセン』の時間だ! 見ての通り、ここは99階層。青葉山ダンジョンの深部だ。ここに生息するキングベヒモスもしくはそれに相当するモンスターを討伐するまで戦い続けるぞ! 見ていろ、アンチども――それに隠しエリアの店長! 俺たちの力の前に、ひれ伏すがいい!」


 もはや翔子への敵対心を隠そうともしない。彼女に対する確かな私怨が込めてられていた。


『いいぞ、その調子だ』

『あんなジャージ女に負けないで!』

『おい店長、見てないんか? 見てたらなんかコメントしろやw』

『単なる売名やん』

『ブームに乗っかりたいだけ定期』

『冒険者業を過剰にエンタメの方向に持っていくってどうなのよ?』

『昔からエンタメだろ? お前、老害か?』

『こんなことで老害? 笑えますね』

『若害やんけ』

『ジジババ必死すぎてワロタ』

『クソガキ多いなー、この配信』


「おいおい……」


 開始一分足らずでコメント欄でレスバが始まってしまう。他と比較しても民度はお世辞にも高いとは言えない。バケツ頭、ことローレンはため息をついた。

 そんな彼にルイスが小声で話しかける。


「気にしたって仕方ないでしょ。いつもことなんだから」


 そう言って指で前髪を揺らす色男。

 首にかけた茶色い帽子、紫色のベストとフリル付きの白袖シャツに紺色のパンツ、腰の両サイドのホルスターに収まった二丁拳銃と腰部に収納されたムチ。

 冒険者よりもガンマンに限りなく近い出で立ちではあるが、細長い顔に備えられた狐のような鋭い眼はまさにハンターのそれ。この魔境においても一切の気後れは感じられない。


「そうでありますぞ、ローレンどの。日常でござるよ」


 同じく近寄って励ましを入れる白装束の男。

 他のメンバーと比較して背が一回り小さく、非力な印象を受けるが、深層の空気を肌で感じても動じることもなく、愉快げに振る舞ってみせた。きっとこちらも只者ではないのだろう。

 ふむ。喉を鳴らしてからローレンは「だな」と言った。副代表の心配を他所にアルトが宣言する。


「ここで話をしていても諸君らにはつまらんだけだろう。有言実行こそ我らが座右の銘――ヤーティ、結界を解除しろ!」

「フォッフォッフォッ、お任せあれ」


 リーダーから指示を受けたヤーティが両手を合わせて手印を作った。同時に彼らを包んでいた結界がスッとかき消える。

 周囲に彼ら四人の気配が漏れ、鼻やカンのよい魔物たちが反応し、あちこちで遠吠えが鳴った。そこから一分としないうちに最初の客が現れる。


「グルルゥッ!!」

「ほう。まずは魔狼レッドガルムか」


 99階層おなじみのレッドガルム。

 血染めの体毛に成人を上回る体高、獲物を切り裂く爪と鋭い牙を兼ね揃え、このモンスターがいるエリアでは大型以下の恐竜型モンスターは生き残れないと言われているほどの獰猛性を持っている。

 Bランク程度の冒険者であれば、その俊敏性に対応できず、またたく間に切り裂かれるだろう。


「ガァァアア!!」


 威嚇もほどほどに魔狼が先頭にいたアルトに襲いかかった。


「アルトどの! 拙者の魔法で」

「いや、俺ひとりで十分だ」


 白装束の言葉を遮って、アルトが迎え撃つ。


「必殺の超魔導剣技、その1――閃光断頭剣ッ!」

「ガウゥゥ⁉」


 刹那、閃光の如き速さで抜き放たれた愛剣が、魔狼の首を一刀で刎ね飛ばす。胴体と分かたれた生首がボトンと地面に落ち転がった。胴体もアルトとすれ違ったあと、斜め後方の茂みに突っ込んで、そのまま痙攣している。

 なにが起こったのかわからず、首だけとなった魔狼は目をキョロキョロと動かし、辺りを見回す。首が切り落とされても数十秒は生きているという話がある通り、動物の生命力は侮れない。

 それを知ってか、アルトは地面に転がる生首に手のひらをかざして、


「ライトニング」


 魔法の電撃を発射して完全に息の根を止めた。その光景にコメント欄が湧き上がる。


『レッドガルムを一撃か!』『そりゃあ、AAランクだしな。これくらい当然よ』『色物集団の癖にやるじゃん』


 しかしながら当然のように一部から反発も出る。


『狼が可哀想』『オーバーキルは社会問題になってるだろうが』『モンスターにも正しい死を、って言われてるじゃん。AAの癖に知らないの?』


 称賛のあとに必ず交じる批判の声。アルトは呆れ気味にため息をついた。


「モンスターは首だけになっても動き回るのだぞ? 始末するのは当然だ。コメントしてくれるのは嬉しいが、アンチと礼節を知らん素人は黙っていてほしいものだ」


『この程度でアンチとか、器ちっせーな』『だから他の同ランクパーティと水を空けられるんだよな』『謙虚という言葉を母親のお腹の中に置き忘れてきた男』


 罵詈雑言が飛び交う中、アルトは不服そうに剣を鞘に収めた。だが、これで終わる深層ではない。


「「「オオーーーン!」」」


 後ろから追いかけてきた魔狼の仲間たちが遠吠えを上げる。すると、どんどん仲間が集まって十匹まで増える。

 彼らは四人を包囲するように取り囲む。


『うわあ、レッドガルムの群れや!』『こんなん、普通ならビビり散らすで』『マジ深層ぱねぇ』


「この程度、なんてことないわよ」


 弱気なコメント群を一蹴するかのように言ってのけたルイスが、腰に据えつけられたふたつのホルスターから銃を引き抜く。

 シルバー色をした大型のハンドガンがその姿を晒した。


「リーダー。コイツら、やっちゃっていいわよね?」

「構わない」

「それじゃ、とっとと始末しますか」

「むほほっ。ウォーミングアップにはちょうどよいですなぁ」

「了解だ」


 ルイスに釣られるようにヤーティとローレンが返事をして、メンバー全員が戦闘に移行する。

 許可をもらったベストの男は口角を釣り上げ、歩きながら二丁拳銃を構える。その後ろではローレンが後衛のヤーティを守るように移動した。

 冒険者の動きを察知して、先手を取られまいと魔狼たちが彼らに牙を向ける。

 迫りくる魔狼を見据えながらルイスが愉快げに口笛を鳴らす。


「イッツ・ショー・タイーム♪」


 彼が愛銃の引き金を引いた。瞬間、手首から小型の魔法陣が出現し、続くように緑色の閃光が発射され、魔狼たちの胴体を貫いた。


「ギャァァアッ!」


 血しぶきと断末魔を同時に上げながら襲いかかった二匹が地面に倒れ込んだ。驚いた魔狼たちが足をピタリと止める。


「ほらほら、ボサっとしてると死んじゃうわよー」


 ルイスがお構いなしにガンガン撃っていく。独特の発射音をともなった無数の閃光が戦場を駆ける。

 それは魔狼たちの固い皮膚を一方的に突き破り、肉のみならず内蔵をたやすく抉っていく。


「ンンッ、ギモティィィィ!!」


 獲物を一方的に蹴散らし、銃使いが汚らしい快哉を上げる。

 そんな中、魔狼三匹がルイスを避けるように後ろの人間ふたりへと狙いを定め、三方向から囲むようなフォーメーションを組む。


「戦い慣れてるな」

「ほほっ、そのようで」


 呑気なことを言っているうちに、レッドガルムたちが同時に飛びかかってきた。ヤーティが後方に飛び退り、魔狼の攻撃を躱し、ローレンは攻撃を盾で受け止める。

 衝撃でわずかにノックバックしたが、そこからは一歩も動かない。


「グルルゥゥ!!」


 自慢の牙を突きたてて盾を食い破ろうとするも、かすり傷ひとつ付かない。ガウガウ、と何度も執拗に噛みつくが、結果は同じ。

 攻撃を受けながら、ローレンが感想を漏らした。


「なかなかに重いな。さすが99階層、出てくる個体も強い。だが――」


 右腕にグッと力を入れ、対モンスター用のメイスを横っ腹に叩き込む。魔狼の肋骨が折れる音が響いた。


「グギャンッ!」


 叱られた犬のような情けない声を上げ、魔狼は後ろに跳んで相手から離れる。ローレンは目を鋭く細めて言葉を紡ぐ。


「アクトラム!」


 うっすらと白い光が体を包んでいく。それが体を全体に行き渡った瞬間、ローレンは地面を蹴った。

 その速度は鎧を着ているとは思えないほど速く、俊敏な魔狼に追いつき、さらには着地した相手の正面を取る。


「ウォォオ!!」


 そして、掛け声とともにがら空きになった頭部に力の限り、メイスを打ち付けた。メキメキと血と肉がひしゃげ、勢いそのままに地面へとめり込む。彼がメイスを持ち上げると、魔狼は絶命していた。


 反射的に追撃してしまったが、後衛担当のヤーティは大丈夫なのだろうか。ローレンが後ろを一瞥すると、残り二匹の魔狼が宙を舞うように彼の頭上を飛び越え、砂の上を転がっていく。それらピクリとも動かず、泡を吹いていた。


「ほっほ。この程度では、ウォーミングアップにもなりませんなぁ」


 両手を合わせて拝むヤーティ。

 その慈悲とも取れるポーズとは裏腹に、その瞳には哀れみなど一切なく、むしろ愉快そうだった。


「だろうな」


 ローレンは相槌を打ってから正面を向いた。目の前には無数の死体を眺めるルイス、それと木に背を預けながらスマホを眺めるアルトの姿があった。

 予想通り、コメント欄は沸き立っていた。


『レッドガルムが相手にならねえwww』

『お犬様、ざまぁwww』

『この程度、できて当然だが、スカッとするぜ!』

『中堅以下の冒険者だと死刑宣告だもんな。レッドガルムとの遭遇って』

『ルイス様の魔法銃、素敵よ♡』

『ローレンは相変わらずの堅実っぷりだな』

『論者の戦闘シーン見切れててほとんど映ってねえ(笑)』

『態度は悪いが、腕はあるんだよなー。前髪はさ!』


 珍しく好意的なコメントで溢れており、一部の批判コメントも勢いに押し流されて画面の外へと消えていく。


(やはり実力こそがすべてだな)


 アルトはほくそ笑んでからスマホをしまい込み、仲間たちを視界に収めた。


「行くぞ」


 出発を促してからアルトが歩き出し、仲間たちもそのあとをついていく。

 そうして彼らは本格的な探索に入った。

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