第10話 アラサー女子、「前髪」に喧嘩を売られる その1


 一週間後。99階層、南東の古代遺跡。ジャージ女が気合とともに叫ぶ。


「うぉらぁぁああ!!!!」

「ギュオァァアアア!!」


 大仰な装備で全身をくまなく武装した金色のミノタウロスが、拳で胸に風穴を開けられて断末魔を上げた。

 白目を剥き、口から赤いあぶくを吹き出して後ろに倒れ込み、ドスンと大きな音を立てる。翔子たち三人の周辺にはおびただしいほどの屍が隙間なく転がっていた。

 着地した翔子が背中越しにエルフの少女に尋ねる。


「これで遺跡の制圧は完了。なにか変化はあった?」

「特になにもないわね」

「そう」


 彼女がため息をついた。


「わかっていたけど、ボスを見つけるのは大変ね」

「広いからな……っ。ハァ、ハァッ――」


 カリーナが相槌を打つ。右手に握られた両手斧には血糊がべったりと付着していた。

「カリーナ、大丈夫? 怪我ない?」


 翔子が彼女にスッと近寄る。


「心配すんな。オレはそんなヤワじゃねぇよ」


 額に滲む汗を拭いながら言ってのけるも、息は完全に上がっている。シルヴィアにも余裕はない。翔子はふたりに一時帰還するよう指示を出し、転がっているモンスターから希少価値の高い魔石を数個だけ抜き取り、遺跡を後にする。


 転移魔法陣で店舗に帰ってきた三人は、シャワーで身を清め、装備の汚れを落としてから一階に集まった。

 ふたりはテーブルにつき、体力に余裕のある翔子がひとり厨房に入り、事前に仕込んでおいたキングベヒモスのチャーシューを賽の目切りにして、卵、長ネギ、卵、ごはんを中華鍋で合わせて五、六人分のチャーハンを作った。

 それを豪快に大皿へと盛り付け、レンゲと取り皿と一緒にテーブルに持っていき、皆で頬張る。


「うんっ。この絶妙なパラパラ感、とってもいいわ」

「うめぇ。余りがちな食材で作ったっとは思えないほど、うめぇ」

「ふふんっ、作った甲斐があったわね!」


 卵に焦げ目を付けないように火を通し、米が卵でコーティングされるように手早く煽り混ぜ、塩をしっかりと加え、鍋肌に焦がし醤油と酒を入れて風味をつける、などのポイントを抑えた程度だが、味が劇的に変わる。

 化学調味料があまり得意ではないアガルタ人ふたりのために、化学調味料は極力避けてある。

 空腹も相まって、水を片手に三人はチャーハンを爆食、ものの数分で完食した。膨れた腹をさすりながらカリーナが呟いた。


「あれから一週間。色々なヤツらと戦ったな」


 彼女はここ一週間を振り返る。一行は怪しいと思われるポイントに出向いては片っ端からモンスターを倒して回った。


 デッドエンドデュラハン、オリハルコンゴーレム、イビルバイコーン、デスリンドブルム、マッドバンシー、ディープシーサーペント、エルダーリッチ、エルダーオーガー、ハイアーネフィリム、ギガントサイクロプス、ゴールデンミノタウロス――倒した強敵たちは数知れす。計数百体は越えるだろう。


 戦いの中に身を置くのは慣れているが、連戦に次ぐ連戦はさすがに骨が折れる。

 カリーナとシルヴィアだけだったら三日でダウンしていただろう。すべては翔子あっての討伐数だ。

 火照った体を冷やすように手うちわで風を送り込みながらシルヴィアが反応する。


「さっきの戦いでネットで言われているポイントはあらかた潰したことになるわ。それでも階層の魔力が乱れたまま」

「つーことは。ボスは倒せていないってことだな」


 階層はエリア内のモンスター一体を対象に祝福を与えるとされている。

 ボスモンスターはその祝福を受けており、通常時より強い力を有する。ボスがいる階層は空間内の魔力が乱れて様々な問題を引き起こす。


 魔力を用いた通信技術の不安定化、モンスターの活性化、ダンジョンの環境変化など例を挙げたらキリがない。

 階層の安定化にはボスを倒し、可能なら階層の心臓部を掌握することが求められる。


「通常、ボスともなれば同個体よりも強力な魔力を保有しているから、近づけば感知できるのだけど、今回はエリアが広すぎて難しいわね」


 広大なエリアを持つ99階層を人種単体の感知力でカバーするのは無理がある。空間内の魔力が乱れていることもその一因だった。


「深層だからな。そういうのは付き物だ。あんまり根詰めすぎるなよ」

「心配してくれるのね。ありがと」


 クスっと笑うエルフの少女。カリーナが不思議そうに首を傾げた。


「心配くらいするだろ。戦いしかできないオレと違って、お前は色々考えてるんだろうしさ」

「ネットとにらめっこしてるだけで無理なんてしてないのだけど」

「そうなのか? 戦闘中、色々なとこ、見てた気がするが」

「あー、それね」


 シルヴィアが改まった表情を見せる。


「微かにだけど、誰かに見られている感覚があったのよ。まるでこちらの動きを監視しているような」


 直後、満腹で眠りかけていた翔子があっ、と声を上げた。


「それもわたしも何回か感じた。なんか遠くから殺気を当てられるみたいな? すぐ消えるから気にしなかったけど」


 戦いの最中、翔子も視線を感じることがあった。

 少数精鋭で突撃、集団を蹴散らしていく戦法を取る以上、遠くから発せられる殺気など気にしている暇はなく無視していた。

 両者の発言を受け、半獣人の少女が口元に手をやってから喉を鳴らす。


「ふたりが感じたってことは偶然じゃねぇな。こっちを監視してるヤツがいるってことで間違いない。もしかするとそいつがボスか?」


 半獣人の娘の推察にエルフの少女は「そうかもしれないわね」と頷いた。仮にそうだとすると一つの仮説が成り立つ。


「ってことは99階層のボスは、ずっとわたしたちからが逃げてるってわけ⁉ 小物すぎない⁉」


 いつでもわかりやすい場所にどっしり構えていてくれるなど、ゲームの中だけの話であって現代ダンジョンでは通用しない。

 深層は知能が高いモンスターの比率も高く、プライドよりも様子見や逃げを選択する場合もあるだろう。


「モンスターも馬鹿じゃないってことだな」

「生意気よッ!」

「あくまでも仮定の話だけどね」


 シルヴィアがそう付け加えた。深層は未開の領域。予想と結果が異なっているなどよくあることだ。

 翔子がテーブルに突っ伏して、頬を擦りつける。


「なんかいい手ない? ボスをおびき出せるような罠とか仕掛けとかトラップとか」

「あったら苦労しないぜ」


 罠も仕掛けもトラップも全部同じ意味だよ。カリーナは内心でそう思った。


「そうよねぇ……そんな都合のいいこと、あるわけないかぁ」


 アラサー女が嘆いた。

 やはり三人で深層攻略は骨が折れる作業だ。疲労から三人は無言のまま、だらけていた。やがてシルヴィアが「新しい情報がないか調べてくる」と言って席を立ち、店の外へ出ていった。


 元から疲れていたカリーナは満腹感も相まって急激な睡魔に襲われ、そのままテーブルに腕枕を作って寝てしまう。その様子を微笑ましそうに見守りながら翔子も背もたれに体を預ける形で仮眠を取った。

 夜の帳が降り始めた頃、シルヴィアが戻ってくる。


「ふたりとも、今大丈夫?」

「むにゅ?」「ん?」


 声に反応してふたりが目を覚ます。シルヴィアはテーブルに座ったと同時にある冒険者パーティの話を振った。


「少し前に『前髪』って冒険者パーティの話をしたの覚えてる?」


 翔子は目を点にして言った。


「いや、覚えてない。カリーナは?」

「覚えてるよ。関東から来たっていうやり手の連中のことだろ」

「そう。彼ら、つい先日94階層のボスを倒したらしいの」

「ふーん。なかなかやるな。で? 次は95階層か?」

「それがね、99階層に挑むつもりみたいなのよ」


 そう言って彼女は、ふたりに見えるようにスマホを横向きにして置いた。映っていたのは彼らの動画のサムネイルだった。

 シルヴィアがダウンロードした動画を再生すると、黒いロングコートを着用する銀髪サラサラロングヘアーの男を中心として、後方に全身を覆い隠す銀色のフルプレートメイル、白い布で口元を覆った白装束、首にテンガロンハットをかけた紫のベストを着用する三人の男性、計四人が画面の前に登場した。


 いずれも冒険者装備で身を包んでおり、各々の真剣な表情は本気度合いを窺わせる。リーダー格と思われる長髪の男が睨みを効かせつつ口火を切った。


 ――諸君、聞こえているか。我々は「女神の前髪」。いずれ日の丸を背負うことになるであろう偉大なる冒険者パーティだ。よーく覚えておいてほしい。


「自分で日の丸を背負う、偉大とか、そんな恥ずかしいセリフ、よく堂々と言えるわね……」


 すかさず辛辣なコメントを吐くアラサー女子。まったくもってその通りなので誰からも反論は出ない。


 ――つい先日、我々は他冒険者チームと合同で94階層を攻略した。これもひとえに情報を提供してくれる有志並びに応援してくれる諸君らのおかげである。感謝してもしたりないほどだ。

 しかしここ最近、我々に対して悪質なアンチコメントが目につくようになった。

 『発言と言動が痛々しい』『リーダーに協調性がない』『煽り耐性なさすぎ』『売れないバンドの寄せ集め在庫一掃セールみたいな集まりですね』『なんでバケツ被ってるんですか?』『ガンマンとか場違い感すごい』『死に装束なの、それ』『必殺の超魔導剣(笑)』『シンプルにおもんない』『ご飯の上にシチューをかけて食うな』『パスタは折って茹でるな、音を立てて啜るな』『親知らずは放置するもんじゃない』『必殺技がビッグバン☆セイクリッド☆クラッシュとかダサくない?』『配信中にヘブンするのキモいんでやめてください』などなど数えたらキリがない。


「このパーティのことよく知らないけど、これってほとんど正論なんじゃない?」「かもな」

「あはは……」


 翔子の口からまともな発言が二度も続いた。カリーナもうんうん、と同意している。珍しいこともあるなと思う反面、シルヴィアは苦い顔をした。というのも。


 ――だが一番多いのは『ジャージ様に比べてしょぼい』『とりあえず、日の丸背負うつもりならキングベヒモスワンパンしてこいよ』『料理店の店長と店員たち以下の冒険者集団』といった、今話題のジャージ女を引き合いに出したアンチコメントだ!


「はい⁉⁉」


 いきなりのことで目を瞬かせるジャージ女。まさかこんなところまで飛び火しているとは夢にも思っていなかった。

 画面内の声のトーンが一段上がる。


 ――配信のほうは我々も視聴させてもらった。ジャージ女が強いのは紛れもない事実だろう、そこは認めよう。

 しかしだ、キングベヒモスはソロ討伐だったのかと言われると疑問が残る!


「はぁ?」


 思わず翔子が声を出して男を凝視する。


 ――あれは「バフ」あっての功績だろう。後ろから二名の仲間が出てきたのがなによりの証拠だ! 

 したがって、あの討伐は連携プレイだったと我々は認識している。それならば、我々四人の実力を持ってすれば十分、可能だ!


 なんとも苦しい言い分である。

 指摘を受けた彼女がエルフの少女のほうを向いた。


「シルヴィア。わたしにバフかけた?」

「かけてないけど」

「じゃあ、どう考えてもソロ討伐よ! 調子に乗んな、このパチモン野郎!」


 古のゲームに登場する片翼長髪の剣士を連想させる服装と容姿から翔子は男をパチモンと揶揄した。


 ――口だけならそこらの雑魚にでもほざける。アンチどもはそう言うだろう。その点においてはこちらも同意見だ。

 そこでだ――我々「女神の前髪」の四人は90階層の転移魔法陣を使って99階層に潜り、キングベヒモスもしくはそれに匹敵するモンスターを討伐、証明してみせようと思う! もちろん生配信でだ!


 カメラが切り替わり、大型の機材群が映し込まれる。どれも専門機材で高価な代物だった。カメラがアングルが元に戻ると、男がドヤ顔を晒していた。


 ――回線の不安定化を改善すべく、あれら電波増幅用機材も持参する予定だ。これで回線環境の悪い99階層でも安定して配信できる。インチキやCGなどという言葉は使わせない! アンチどもよ、勝負といこう! 

 題して『99階層でキングベヒモス(または同格のモンスター)倒すまで帰れまセン!』だ。

 討伐が成功した暁には「隠しエリア論争」に終止符を打つべく、探索配信を行うと確約しよう! 

 果たして隠しエリアとジャージ女が店長を務める「レッド・フェニックス」とかいう、まったく需要のない意☆味☆不☆明なジビエ料理店は実在するのか。フフッ、今から楽しみだ。

 ――放送は今夜の二十時からを予定している。チャンネル登録、高評価のほう期待しているぞ!


 そこで動画の再生が終わった。


「この店が、まったく需要のない意味不明なジビエ料理店ですってェェェ――」


 恐る恐るふたりが彼女の顔を覗き込む。翔子は眉間にシワ、額に青筋を浮かべて、体をワナワナと震わせていた。そして――。


「ザッケンナァァゴラァァァァァァァァァァァァァァアアアッ!!!!」


 大声で吠えた。

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