第9話 アラサー女子、決意する その2


 着替えのため、更衣室に向かうふたりを見送り、アカネは階段を使って二階の自室に上がった。

 1LDKほどスペースには生活用品が一通り揃っており、簡単な自炊に寝泊まりから用を足すことまで可能となっている。

 一階の店舗もそうだが、アカネいわく地球とアガルタの文化交流によって生み出された「魔法科学」が存分に生かされているとのこと。店舗の中を確認したアガルタ人のふたりが驚いたのだから、もはやオーバーテクノロジーなのだろう。

 自室に入ったアカネはとっ散らかった荷物の隙間を縫うように移動し、ベッドの上に脱ぎ捨てられたジャージを手に取る。普段ならこれに着替えて深層を跋扈するところだが。


「……ジャージばっかりってのもアレかな」


 この前、ジャージ姿を配信されてから地上では「ジャージ様」なる不名誉な名前で呼ばれている。ズボラが板についてきたアラサー女子であっても根っこはまだまだ乙女。やはり名誉を回復したい。

 アカネはジャージを手放し、散乱する荷物を蹴散らしてクローゼットまで進み、中身を確認する。服や手つかずに荷物が無造作に重ねられていて、パット見ではどこになにがあるのか見当がつかない。

 段ボールを避けて、荷物を漁る。最初の数分は丁寧に確認していたが、やがて面倒になって古い衣類をポイポイと後方に投げ捨てる。


「うーん、どこに置いたっけ、わたしの冒険者用装備」

「忘れるかよ。普通」


 宙を飛び交う荷物をササっと避けながら様子を見に来たカリーナが指摘を飛ばす。隣にはシルヴィアも立っていた。


「だって最後に使ったの、一年以上前なのよ? 忘れるのが普通でしょ」

「アカネちゃんらしいわね」


 苦笑するエルフを他所に悪びれる様子もなく、モグラのように荷物を掻き出すが目当ての物は見つからなかった。


「めんどくさいからジャージでいいっか」


 やがて諦めた彼女は、その場で服を脱いで下着姿を晒し、ジャージを手に取る。その行動を見て半獣人の娘が目を細めた。


「……恥じらいってもんはないのか?」

「ん? ふたりになら見られてもなーんにも恥ずかしくないんだけど。もしかして、照れてる?」

「コメントに困るぜ。そーいうのは」


 肩を竦めるなりカリーナは、そそくさと部屋の外に出て行った。ニヤケ顔を作ったアカネがシルヴィアに耳打ちする。


「あの娘って可愛いわよねー」

「そうね。だけど、私も人前でいきなり着替え始めるのはどうかと思うの。ほら、親しき中にも礼儀ありって言うじゃない?」

「あー、それもそっか。――次から気をつける」

「お願いね」


 アカネが着替える中、シルヴィアも部屋を出ていき、一階のカウンターで待った。

 準備を済ませた一行は店舗裏側に建てられた納屋に入った。手つかずの段ボールなどが乱雑に積み上げた部屋の奥にある扉を開くと、床にうっすらと光る魔法陣が書いてある。


「さ、行くわよ」


 アカネが魔法陣の上に乗り、その後ろにふたりが続く。すかさず魔法陣から光の柱が放出され、彼女たちを一つ上の階層まで送り届ける。

 わずか数秒足らずで三人は薄暗い洞窟の中に転移していた。

 人を照らすように洞窟上部にライティングが施されているため、誤って転倒することはない。洞窟内を歩いていると水が流れ落ちる音が聞こえてくる。

 やがて洞窟内に自然光が差し込み、滝の裏側に出た。

 飛び散る水の粒を顔に浴びながら一行が洞窟を出ると、頭上を覆う真紅の空が出迎える。相変わらずの鬱々しさにアカネが辟易した。


「はぁー、息が詰まりそう。ボス倒せば、パァっと晴れたりしないかな?」

「そんなゲームみたいには行かないぜ。気持ちはわかるけどな」


 カリーナがスマホを取り出して、電波を確認するとアンテナが点滅を繰り返していた。


「いつも以上に回線が不安定だ」

「ここ最近はこんなものよ。高台に登ればつながるわ」


 シルヴィアに従って近場の高台まで登る。

 滝を離れるにつれ、辺りの茂みや物陰から生物の気配がチラつき始めた。次第にグルル、と獣の唸り声がする。しかしアカネに横目で睨まれた途端、どこかへと引っ込んでいった。

 アカネがうっすらと笑った。


「学習してるようね。お利口さんじゃない」

「オレらだけだと結構、襲ってくるけどな」


 モンスターは殺気や魔力量など様々な要素から本能的に相手の力を図る能力を持つ。知能の高いモンスターほどその傾向が強く、むやみにけしかけてこない。

 反対に自分より弱いと察した瞬間、容赦なく襲いかかってくるので決して自分を弱く見せてはいけないのだ。


「あら。私ひとりのときはそうでもないけど」

「お前は魔法で匂いや気配を消してるからだろ」

「うふふっ。そうだったわね」


 ツッコミを受けつつもシルヴィアは軽く流した。傾斜を登り終えると、見晴らしいのよい丘に出た。ここまでくれば電波も安定してつながる。シルヴィアはウェストバックからスマホを取り出して、魔法使いに電話をかけた。

 電話に出た相手と数分ほど会話したのち、彼女は電話を切る。


「どうだった?」

「未攻略の階層を通らないならここまで下見に来てくれるって」


 尋ねてきたカリーナに彼女は指で輪っかを作って答えた。アカネがぐるっと肩を回した。


「よし、早速攻略と行きましょうか――」

「まずは情報収集からよ。可能な限り99階層の情報を集め、今度の方針を練りましょうね」


 そうしてシルヴィア主導の下、一行はネットを使って情報を集め出した。

 作業中、襲いかかってきたモンスターたちをアカネが素手で返り討ちにしていき、辺りに肉塊の山が築かれる。それが死臭を発生させ、より強力な魔物が姿を現すのだが、不用意に彼女に近づいた者は全員もれなく屍と化した。


「運動にはなるんだけど、作業でしかないのよねぇ」


 欠伸をしながら風に揺れる屍を眺めるアラサー女。その凄絶たる光景を前にしてもシルヴィアたちは気に留めることもなく、端末でネットの海を漁り続けた。一時間後、大体の情報が出揃った。


「仙台のドローン探索班が公開している情報によると、ここから南東に遺跡があってそこに大型のモンスターたちが集まっているみたい。パワースポットなんじゃないって話題になってるわ。それと『呻きの湖』で巨大なヘビらしきモンスターが顔を出して泳いでるのを確認したみたい」

「こっちは国内の大手掲示板の情報だ。西方に北東かけてレイラインが通ってて、そこで大型の黒い飛翔体を目撃したって話だ。ボスなんじゃないかって憶測が立ってる。あと金色の巨人が岩山を徘徊していたって書き込みや東部の森林地帯一角に死者の王が鎮座しているって情報もあるな。……本当かどうか怪しいもんだが」

「なんだか、どの情報も曖昧ね」


 アカネが不満げに言った。


「仕方ないだろ。ここを気軽に探索できる冒険者なんてそうそういないんだからさ」

「約一名を除いてね」

「お?」


 視線を注がれ、アカネが自身を指さす。


「他に誰がいるよ」


 カリーナが呆れ笑った。これほどの強さを持ちながら自覚がないのだから、ある意味でタチが悪い。


「現状、情報が少なすぎて、手探りで調べていくしかないな。けど、この階層、有志の測量隊によると青森と岩手に秋田を足したくらいの規模らしいんだよなぁ」

「ある程度、目星をつけて行動しないと、無駄に体力を消耗するだけね」

「えっ、思ってたよりも狭いじゃん。 ――だったら、ネットで言われているポイントを虱潰しにあたっていけば……」


 いずれはボスを倒せる。アカネが小さくガッツポーズを作って、ふたりのほうをみやるも、彼女らの表情は冷めていた。


「……効率的とは言えねぇな」

「遭難したら大変よ? アカネちゃん、すぐどこか行っちゃうんだし」

「わたしは子供か⁉」

「「うん」」

「ちょっΣ(´∀`;)」」


 当然、同意など得られるはずもない。アカネの顔から笑顔が消えた。


「じゃ、じゃあ――どうしろって言うの。また振り出しじゃないのよっ」


 ふてくされたように口をすぼめて顔を背けるアラサー女。いつもながら根っこは子供である。


「だが、姉御の言うことも一理ある。最悪、手当たり次第になろうとも攻略にかからなきゃならんだろうな」

「それにしたって、もう少し情報が欲しいわね。目的地周辺で出現する敵の種類とかトラップの有無とか」


 圧倒的強さを誇るアカネだが、ふたりはそうでもない。彼女任せに敵地に突っ込んだら、自分たちが足を引っ張ってしまう可能性だってある。


 それを避けるためにも情報の収集は必須だった。しかし、ネットに落ちている情報は玉石混交が常。信用に値するか不明だ。信用できるソースを得ようにも持っている者はごく一部に限られる。

 本来なら自分たちが情報を収集、発信するべき立場なのだが現状、冒険者業はメインではない。


 さて困った。エルフの策士が困り顔でネットを観ていると、スマホが振動した。ニュースサイトからの通知だった。

 普段なら無視するのだが、思わず指が止まってしまう。


「え、ヒナリン活動一時休止……?」

「なんですってぇぇぇ!!」


 アカネが飛びつくようにスマホを覗き込む。それに合わせてシルヴィアがアイコンをクリックすると、大手サイトの記事が表示される。

 そこにはヒナタのコメントが転載されていた。エルフの少女が朗読する。


「『私の不手際で陽炎のファンの方々に多大なるご迷惑をおかけしたことに責任を感じており、しばらくの間、配信の一切を停止することを決めました。またファンの皆様とお会いできるよう、真摯に取り組んでいきます』――だって」

「なんで、そこまでの事態に発展したんだよ。迷惑つったって解散した程度だろ。しかもその原因は他三人の態度だ。本人が責任を取る必要がどこにある?」


 話を聞いていたカリーナが疑問を呈した。記事を読み進めていたシルヴィアが考察する。


「この記事には、彼女のSNSアカウントにタケルのファンから大量の迷惑アンチコメントが届いたのが原因じゃないかって書かれているわね」

「アンチコメント⁉ どこよ、それ⁉」


 わなわなと体を震わせるアラサー。シルヴィアは記事からヒナタのSNSアカウントに飛び、事件後に書き込まれたコメントを確認する。


『お前のせいでタケルが活動停止した。どうしてくれんのよ!!!』『アナタは責任をとるべきです!』『マジ最悪。タケルを惑わした女、絶対許さない』『学校で孤立してると伺いました。外に出会いを求めた結果がこれですか。笑えませんね』


 これらの批判コメントがリプ欄だけでも百件近く寄せられていた。DMを含めればさらに多くの批判が届いていたことだろう。

 その所業を知り、アカネの目つきが険しくなった。


「全部、言いがかりじゃない!! 言っていいことと悪いことの区別もつかないわけ⁉」


 アカネが怒りをあらわにして、コメントの投稿者たちを非難した。カリーナも不快感を隠さず、しかめっ面を作る。


「陰湿だな。タケルってヤツは二十歳なりたての冒険者だろ? どうしてそこまで入れ込むよ」

「リーダーもちょっとしたアイドルみたいな扱いだったからね。その影響でしょうね」

「はぁ……」


 ライバーは腕さえともなえば、年齢、学歴関係なく始められるコンテンツだ。

 ファンがつけば即収入につながるため、容姿に自信のある者はアイドルのマネごとで集金体制を作る傾向にあり、それがトラブルを呼ぶこともあるそうだ。

 アガルタ出身の半獣人の少女に日本のアイドル文化を理解できるわけがなく、潔く考えるのを諦めた。


「グギギギィ……」


 なおもアカネはコメント欄とにらめっこを続けたが、シルヴィアから「疲れるだけよ?」と釘を刺され、やがて大きく息を出した。


「……なんとかできないかな」


 カースキメラを撃破後、配信を止めるように促せていれば、ここまでの騒動に発展しなかったかもしれない。そのような後悔が彼女の中に芽生えた。

 ぽつりとこぼすその姿に心情を察したエルフの少女が諭すように語りかけた。


「私たちにできるのは見守ることだけだと思う。そっとしておきましょう。いずれ、元気な姿を見せてくれるわよ」

「わかってる。けど……なんか釈然としないのよ」


 仲間たちの口論を目撃した彼女の表情は例えようがないほど暗かった。おそらく心の底から傷ついたはずである。

 そこへ追い打ちをかけるように心無いコメントによる配信停止。学校でも孤立気味であるとするコメントが事実なら、今の彼女は一人ぼっちで耐えているに違いない。


「わたし、ひとが笑ってる顔――好きだから」


 赤く染まった風を頬に受けつつ、本音を吐露した。


「料理作ってんのもそれが理由だもんな」

「そう。こんな結果、望んでない」


 大空を仰ぐアラサー女。その表情は至って真剣だった。ふたりは彼女に声をかけるでもなく、そっと見守る。

 しばらくの間、無言を貫いたアカネだったが、なにかを決意したようにシルヴィアたちのほうを振り向いた。


「わたし、ヒナタちゃんを笑顔にしたい。もっと言えば、わたしの料理を食べて元気になってもらいたい。だからさ、あの娘を招きたい」


 意気消沈しているであろう少女を慰めたい。言葉の端からそんな想いが伝わってくる。

 しかしながら安全面が欠けている現状では無理な話だ。それに加えてヒナタが招待に応じてくれるのかも不明である。本来ならそういった部分を指摘すべきところだが。

 ふたりは苦笑を浮かべつつも、


「「いいんじゃない(か)」」


 彼女の意見を肯定した。


「それには一刻も早くルートを開通させる必要がある。情報がないからって足踏みしたくない。非効率的かもしれないけど、ボスがいそうなところ、手当たりに次第潰していく。面倒な作業になると思うから皆は参加してなくても――」

「アカネちゃん」


 アカネがそう言いかけたとき、シルヴィアが待ったをかけた。


「水臭いこと言わなくていいから。あなたがやりたいって言うなら私は付き合うだけ。カリーナのほうはどうかしらないけど?」

「そのつもりがなけりゃ、こんなところまで来ないだろ」


 半獣人の娘が鼻で笑いながら言った。


「いつもありがとう。でもさ……ふたりが優しくしてくれるのって――わたしがだから?」


 ふいに彼女が投げ込んだ疑問。質問者の顔には少しだけ影がかかっていた。けれど、彼女らはあっけらかんとした様子で、


「ううん、アカネちゃんだからよ」「右に同じく」


 即答してみせた。


「サンキュー! ふたりとも、心の底から愛してるぜ!!」


 満面の笑みを浮かべながらアカネがふたりに抱きついた。いつもの調子が戻ったところでカリーナが茶化す。


「おうおう。やるんならさっさとやっちまおうぜ」

「善は急げって言うしね」

「ヨッシャー、やる気出てきたぁ! 皆、頑張ろうぜ!」

「ええ」「おう」

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