第8話 アラサー女子、決意する その1


「「「飲みすぎたーーーー!!」」」


 翌日の正午過ぎ。店内に三人の嘆き声が響いた。店の酒を三分の一近くも空にして、夜遅くまで喋っていればアルコールが抜けないのも頷ける。


「人が来ないわねー。ホント、どうしよっか?」


 カウンターの内側から来客用の扉を眺めるも、ピクリとも動く気配はない。欠伸をした翔子は、厨房を出て客席に腰を掛けているシルヴィアの右隣に座った。

 エルフの少女が彼女のほうに顔を向ける。


「地道に通路を整備していきましょうね」


 シルヴィアが続けた。


「そういえば。アガルタの魔法使いたちに話を振ってみたのだけど、皆、あまり乗る気ではなかったわ」

「どうして? 報酬が足りないとか?」

「EXダンジョンに入るのはリスクが高いっていうのもあるけど。『深層に転移魔法陣を設置しても想定どおり機能し続けるかわからない』というのが主な理由ね」

「えー、そんなぁ。プロなのにー」

「むしろプロだからじゃねーかな」


 カウンターに頬杖をつきながらカリーナが口を挟んだ。


「転移魔法陣はダンジョンにおける生命線。その制作は他者の命に関わる仕事だ。姉御が食品衛生上、客の安全を考慮してキングベヒモスの肉を出さないって言ったように、連中もいい加減なことしたくないんだろうさ」


 階層間を行き来する術は限られており、物理的な移動手段があればよいが、存在しない場合は転移魔法陣かポータル、その他特殊な方法によってのみ移動が可能となる。


 その中でも転移魔法陣がもっとも扱いやすいため、ダンジョン攻略者たちの主な移動手段として機能している。故に転移魔法陣を作れる魔法使いは重宝され、それを作ることを特化した魔法使いも存在する。

 シルヴィアが依頼を持ちかけたのはそういった人物たちだった。


「あ、そっかぁ。ならしょうがないのかなー」


 自身の行動を引き合いに出され、翔子が納得したように頷いた。これで転移魔法陣による直通ルート開拓の案は断ち消えたことになる。


「これで手詰まりね。なんとかなると思ったんだけどなー」


 翔子が独りごちった。店内にお通夜ムードが漂う中、シルヴィアだけがふふっ、と笑みをこぼす。


「直通は無理でも中階層くらいからなら安定して深層に転移魔法陣を繋げられるかもしれない、って言ってた魔法使いはいたけどね」

「えっ、マジ⁉ それってワンクッション挟むだけで客をここまで連れてこれるってこと⁉」

「えぇ。現場次第ではって」


 シルヴィアが肯定した。


「中層から深層に魔法陣を通せるってことか。かなりの腕利きだな」

「腕は確かね。ただ、未攻略の深層には足を踏み入れたくないって言われちゃってね。結局、保留になっちゃったのだけど……」


 シルヴィアは気まずそうに語った。階層の攻略とはその階層を制御化に置くことをいう。

 細かく言えばキリがないが大体の場合、その階層に鎮座する「ボスモンスターの討伐」を指す。

 話を聞いた翔子が目くじらを立てる。


「はぁ〜、情けない! そんなんで魔法使いが務まるわけ⁉ モンスター程度でビビってどうするのよ⁉ 一体、どんなツラしてるのかしら! きっとやつれた中年男性みたいな顔で――」

「女性よ」

「こちらからお迎えに行くけど来てもらえないかしら」


 女性と聞いた途端、態度が軟化するアラサー女子。平常運転だなぁ。ぼやいたカリーナが舌を出した。

 翔子の発言を受け、シルヴィアが口元に手を当てる。


「んー、今のままだと難しいわね。ちなみに翔子ちゃん、100階層にはボスモンスターっていた?」

「そんなのいたかなぁ。襲ってきた連中、片っ端からなぎ倒したし……」

「ボスモンスターってのは大体はその階層の中でも魔力の通るレイライン上やパワースポットの上に陣取っているもんだが」


 モンスターたちは階層内でも魔力の多いポイントに集まる性質を持つ。

 地下を走るレイライン上や魔力が集まりやすいパワースポットなどはモンスターたちのたまり場だ。

 パワースポット。その単語に翔子が反応した。


「あー、それたぶんここね」


 彼女は床を指す。


「結界を張るのを手伝ってくれた知り合いいわく、ここって、この階層一番のパワースポットらしいのよ。だからかな、周辺に威勢の良い奴らが集まってたのよね。全員、ぶっ飛ばしちゃったけど」


 へてっ。ウインクするアラサー。暴力的な印象を抱かれたくないとの理由で可愛く演技したのだが、カリーナらにとってそこは問題ではない。


「どんな奴らだった?」

「色々いたからあんまり覚えてないけど。30階建てのビルくらいおっきな鳥とか、氷を操るでっかい狼とか、肩からめっちゃヘビ生やした骸骨の剣士はそれなりに手応えあったかな。

 あぁ、それとガタイの良いドラゴンもいた。イカついツラしてたけど、数発殴ったらどっか行っちゃったのよね」


 うんうん、と過去を振り返りながら語る翔子。ふたりは互いに顔をつき合わせた。


「特徴から言ってロック鳥、フェンリル、ザッハークかしらね」

「だな。最後のドラゴンが誰なのかわからんが、どうせ神話に出てくる怪物だろう」


 彼女らの挙げたモンスターはアガルタでも神話として語り継がれるほどの怪物たちである。一体でも倒せば表彰は確実。

 それを子供をいなすかのように退けてしまうのだから、翔子の実力は底がしれない。

 シルヴィアが思案したのち口を開く。


「そういうことなら、ここは攻略済みといって差し支えないかも。ともすれば、この上に広がる深層を攻略できたら……彼女も来てくれるかも」

「そう簡単に行くか? ダンジョンって想像以上に広いんだぞ」


 ダンジョン内部は特殊な構造になっていて、市町村くらいの規模から東京都、場所によっては北海道がすっぽり入るほどの巨大な階層も存在する。

 深層ともなれば、1階層の攻略に一週間前後、下手をすれば数ヶ月かかることをもある。


 ボスモンスターのいる地点が判明していて、近くに転移できれば大幅な短縮も可能だが、そこにいたるまで根気のいる作業を強いられる。

 難色を示すカリーナにシルヴィアは、翔子を見据えながら言った。


「普通に考えれば、ね」

「?」


 なぜ自分が見つめられているのか、翔子にはピンときていない。

 エルフの策士はうふふっ、と微笑んで尋ねる。


「翔子ちゃん。攻略する気、ある?」

「えっ?」


 翔子の顔に動揺が走った。


「面倒くさくない⁉ カリーナが言う通り、ダンジョン広いよ⁉」

「でも攻略しないことにはなにも改善されない。ずっとここでぼやき続けることになるわ」

「それは……」


 シルヴィアの正論に言い淀む翔子。カリーナは顎に手をやった。


「だが、攻略できるか? オレらふたりはついていくとして、たった三人で広大な階層を歩き回ることになるんだぞ。それに未攻略の深層って複数あるよな」

「91〜99階層は未攻略とされているわね」

「深層のほとんどか。なおさらオレらだけじゃ無理だな」


 階層を移動するだけなら古の冒険者たちが設置した転移魔法陣の上に乗ればよい。翔子たちもその方法を使い、上層のボスたちを無視して隠しエリアまで移動している。

 しかし、ボスを倒さないことには階層は不安定なままだ。


「誰も全階層を攻略しようなんて言ってないわよ?」

「「え?」」


 ふたりが目を点にして、エルフの少女を見つめる。


「99階層を攻略すれば、少なくとも未攻略の階層を踏むことはないでしょ――つまり、安全ってことじゃない?」

「あぁ、そうか。アガルタから隠しエリアに入るなら出入り口のある70階層から90階層に移動、そこから99階層の転移魔法陣を経由すればいいんだしな」


 カリーナが納得したようにポンと手を叩く。

 未攻略の深層に足を運びたくないというのがネックなのであれば、通るルートを攻略済みにしてしまえばいい。シルヴィアはそのように考えていた。


「もちろん、翔子ちゃん次第だけど――」

「やるわ」


 翔子が即答した。


「どうせ。やることないしね」

「わかった。スマホで連絡を取ってみる。ちょっと待っててね」


  ◇◇◇


 一時間後。シルヴィアが上の階から戻ってくる。


「どうだった?」

「未攻略の階層を通らないならここまで下見に来てくれるって」


 尋ねてきたカリーナに彼女は指で輪っかを作って答えた。


「じゃ、決まりね」


 片付けをしていた翔子が作業を中断し、エプロンを椅子にかけた。

 ふたりを見据えてながら彼女が指示を飛ばす。


「攻略の準備に入るわよ」


 こうして店舗までのルート開通のため、翔子たちは99階層の攻略に乗り出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る