第7話 アラサー女子、まかないを作る その3


 厨房に入ったアカネは業務用冷蔵庫に直行する。

 様々な食材がある中、異彩を放つ塊が三つあった。それらを大型のトレーに乗せた彼女はその物体をキッチンボードの上にドン、と置いた。


「今日の食材はこれよ!」


 均一にカットされた塊についてシルヴィアが尋ねる。


「それはお肉よね。もしかしてこの間の?」

「そう、キングベヒモスの肉よ」


 配信中に討伐したモンスターの塊肉だった。無駄な脂肪はすでにトリミングされていて、軽く見積もっても一個辺り5キロはあるだろう。


「美味そうだな。どこの部位だ?」

「ヒレ。一番やわらかいとされる部位で腰の位置から取れるの。地球では頭のほうからテート、シャトーブリアン、フィレミニヨンって呼ばれ方をしてるわ。

 一般的に真ん中のシャトーブリアンがおすすめされるけど、わたしはね、純粋な味だったらフィレミニヨンかなって思う。牛だったらの話だけど」

「そんな呼び方になってんのか。オレの集落だと『腰肉』って名前だ。柔らかいからよく贈り物に使われてるぜ」

「実際、腰の肉だからね。でも見てよ。脂の乗り方が違うでしょ?」

「言われてみれば、そうかしらね」


 シルヴィアが顎に手をやって、覗き込むように三つのヒレ肉を見比べた。脂が網目状に入っていて、メロンを彷彿とさせる。

 中でもテートは赤身が多く、真ん中のシャトーブリアンは赤身と脂のバランスがよく、フィレミニヨンは脂が多くて形が小さめだ。


「ベヒモス種は野性味こそあるけど、味そのものは牛と豚の中間って感じだから、しっかりと火を通せば牛肉と同じように食べられるわ」

「だが、コイツは99階層で捕った個体だろ。味はどうなんだ?」


 動物の味は環境や餌に大きく左右される。

 養殖の鯉が美味で、ドブ川の鯉が臭くて食べられたものではないように、同じダンジョンでも階層によってその品質はピンキリだ。


「つまみ食いしたけど、ほとんど気にならなかったわね。最近までこのエリアにいたのかも」

「つーことは99階層を徘徊中に姉御と遭遇して討ち取られたってわけか。ツイてねーな」


 下層ではポータルが頻発する。もちろん、この階層も例外ではない。

 アカネたちが居を構える場所は結界で守られているので、ポータルの自然発生がなく安全に生活できるが、そこから一歩でも外れてしまえばたちまち危険地帯と化す。


 あの個体は普段100階層で生活していて、ポータルに巻き込まれて99階層に転移したのだろう。

 100階層と99階層は1階層違いだが、出現するモンスターのレベルはまるで異なる。この階層においてキングベヒモスの強さは中堅クラス。それ以上の強者が存在する。


 きっとアカネに討たれる前まで我が物顔で99階層を歩き回っていたに違いない。それが一瞬で討伐されてしまうだから不運としか言えない。

 カリーナの言葉を受け、アラサー女は鼻を鳴らした。


「ダンジョンは弱肉強食。そーいうもんでしょ。せっかくだから研究を兼ねて何品か作りましょう! ステーキは当然として、他はなににしようかなー」

「それはありがたいのだけど。……アカネちゃん、いいの? そんな貴重な部位、お店用に取っておかなくて」


 シルヴィアが心配そうに訊いた。向こう見ずなアカネの性格を知っていれば当然の指摘である。


「問題ないわ。だって私らが解体する前にモンスターどもが群がってたでしょ。地上ではそういうお肉は客に提供しないのよ」


 冒険者一行を送り届けてから戻って来るまで約一時間も亡骸を放置していた。それにより、死臭を嗅ぎつけたモンスターたちが我先にと噛みついていたのだ。


 本来ならズタズタにされているはずだったが、キングベヒモスの皮はドラゴンの炎をたやすく弾き返すほど分厚く、生半可な刃物を通さない。


 そこらのモンスターの牙や爪では肩や足、腹の肉を削るのが精一杯だった。そのため可食部が残り、ヒレの部分を無傷で取り出せたのだ。

 しかしながら、齧られていたことに変わりなく食品衛生上、提供にふさわしくない。もっともダンジョン内は地上の法律など通用しないが。


「贅沢だなぁ」


 思わず言葉が口を衝いて出てしまうカリーナ。彼女からすれば多少の損傷などノーカンに等しい。


「それが地上なのよ、カリーナ。わたしは遠慮なく食べますけどねー! あははっ!」


 高笑いしてから、アカネは作業に取り掛かった。

 三つのうち二つの肉塊から一部を150g程度のサイズにカットし、常温に戻るまで放置する。その間、カリーナが野菜の皮を向き、シルヴィアが一口大に切り分けていく。


 続いてテートをフードプロセッサーでミンチにして半分を複数のハーブ類と黒胡椒と塩で混ぜて、もう半分をスパイスや玉ねぎのみじん切りに砕いたお麩、卵などを混ぜて肉だねを成形、冷蔵庫に入れて脂を固める。


 スマホにメモアプリに書き込んだレシピに目を通しつつ、アカネが料理使う調味料を手際よく並べ、予め容器に移していく。


「えっと。次は――」


 表情は至って真剣。普段のふざけた態度から想像がつかないほど静かだった。黙々と作業するアカネを一瞥したカリーナがシルヴィアに耳打ちする。


「姉御のヤツ、集中し始めたな」

「そうみたいね」


 シルヴィアは小声で頷いた。ふいにアカネが独り言のように虚空に声を飛ばす。


「……シルヴィア、サラダいる?」

「ええ。私は肉よりも野菜派だから」

「ならドレッシングも必要ね。……味はどうする?」

「にんにくを控えめにしてもらえれば、なんでもいいわ」

「そう。――ついでにスープでも作ろうと思うんだけど、ポトフあたりでいい?」

「ええ」「おう」

「んっ」


 返事を聞いたアカネは、必要な調理器具を用意し、次の工程に移っていく。


「うふふっ」


 テキパキと作業をこなしていくその姿をシルヴィアは愉快そうに眺めていた。


「どうした?」

「いやね。アカネちゃん、かっこいいなぁって。カリーナはそう思わない?」

「ん? まぁ……そう思わんでもない、な」


 カリーナはとぼけ顔を作って、頬を指でポリポリと掻いた。

 あなたは可愛いわね。照れ隠しする相棒に対して心の中で呟き、シルヴィアは作業に戻る。


 アカネは冷蔵庫から冷やしていたハーブを入れた肉だねを持ってきて、それを機械を使って豚の腸に詰め、食べやすいサイズに成形してから沸騰しない程度のお湯でじっくりとボイルする。

 手が空くと彼女はお麩が入った肉だねを小判型に成形し、トレーの上に乗せていく。


「よし。焼くわよ」


 成形した肉だねをフライパンで焼き、両面に焼色がついた段階で蓋をして、じっくりと中まで火を入れる。

 待ち時間の間、シルヴィアがダンジョンに生えているリーフレタスを水洗いしてからよく水気を拭き取り、アカネはブレンダーで醤油とアンチョビがベースのドレッシングを作り、付け合せの野菜を仕上げ、カリーナはポトフの面倒を見る。


 肉だねがふっくらと焼き上がったのを確認したアカネは、一旦それを取り出し、余分な油を取り除いてから混ぜ合わせたソースを入れ、煮詰めたのち再び肉を戻して弱火で煮込む。

 ここまでくると残りは常温で置いていた二種類のヒレ肉の調理のみとなる。


「あと少しよ」


 常温に戻った肉に強めの塩を打ち、味をつけた状態で熱した鉄フライパンの上に着地させる。

 アカネは笑みを浮かべつつ、フライパンで肉に焼色をつけては取り出して休ませるという作業を繰り返し、内部までゆっくり火を通し、仕上げは強火でしっかりとした焼色をつける。

 厨房に広がる香ばしい匂いを嗅ぎ、店員ふたりの期待感が高まった。


 そして、ボイルした肉にも焼色をつけ、半分をポトフに加えて煮込み、やがて調理工程が終わる。

 肉料理以外をシルヴィアが盛り付けして、カリーナがテーブルへ運ぶ。最後にアカネが盛り付けた肉料理がテーブルに置かれたところですべてのまかない料理が出揃った。

 席についたアカネが口を開いた。


「これが今回のまかない料理。ダンジョンレタスの元祖風シーザーサラダ、キングベヒモスのサルシッチャにポトフに煮込みハンバーグ、そして――シャトーブリアンとフィレニミヨンのステーキよ!!」


 ハンバーグとステーキという双璧を成す二大肉料理がテーブル上に並び、その

脇をサラダ、サルシッチャ、ポトフが固めている。

 これらのほとんどがジビエ料理に分類されるが、野蛮さはなどは見られず、洗練された地上の料理に仕上がっている。贅の極みだ。


「うわぁ、豪華! まるで宮廷料理!」

「もはやまかないのレベルを越えてるぜ……。てかオレの集落の祝の席で出る料理よりも数段美味そうなんだが」

「へっへ〜ん。私の腕を持ってすればこれくらい普通、普通! さあ、遠慮せず頂いちゃってっ」

「わー、美味しそう――いただきます〜」

「ありがたく食わせてもらうぜっ」


 余計な言葉はいらない。食らうだけだ。

 調理中、抑えていた食欲を解放し、シルヴィアが取り分けられていたサラダを、カリーナはサルシッチャをいただく。

 二人が同時に料理を口に入れた。すると、


「美味しい!!」「うめぇ!!」


 開口一番、歓喜のコメントが湧き上がった。


「このサラダ、ドレッシングがすっごく美味しい。なんていうか、今まで食べたことがない味で表現できないけど、とにかく風味が豊かでまろやかだわ」

「それは地球の醤油とアンチョビ、すりごまやりんごのすりおろしなんかを配合した特製ドレッシングなのよ。

 元はメキシコってところのシーザーサラダ(元祖)をベースに作ったの」


 通常、シーザーサラダは白いドレッシングを連想するが、メキシコで生まれた本家シーザーサラダはアンチョビをベースとした茶色いドレッシングである。


 アカネはそのレシピを和風にアレンジし、よりまろやかに仕立て上げた。

 さらにシルヴィアの趣向も加味して生にんにくのすりおろしを入れるところをガーリックパウダーにして味を補強するなど、配慮も行き届いている。


「へー、そうなの。勉強になるわね」


 感心したように相槌を打つエルフの少女。次にアカネはカリーナを見た。


「それはサルシッチャって言ってね。動物の腸に肉をつめて作る料理よ。ソーセージって呼ぶのが一般的ね。

 正しくは非加熱がサルシッチャで加熱済みがソーセージなんだけど」

「なるほど」


 カリーナが続ける。


「あれだな。この料理、ベヒモス特有の臭みが香草で緩和されてて、旨味が引き立ってる。肉肉しい感じがありつつ柔らかくて肉汁もとめどなく溢れ出てくる。マジでうめぇ。高級料理か?」

「イタリアってところでは日常的に食べられてる、庶民の料理よ」

「マジかよ。地上の食文化――おそるべしだな」

「あら。まだハンバーグとステーキが控えてるのに、こんなところで驚いていたら持たないわよ」

「いやでも、それは前に姉御に食べさせてもらったしな」

「今回はキングベヒモスの希少部位を使ってんのよ? 味は保証するわ」

「へぇ」


 じゅるり、とよだれをすすり、カリーナがハンバーグとステーキを視界に収める。デミグラスソースの海に浮かぶ旨味の要塞とガロエというオトモを引き連れ、赤ワインソースで着飾る肉の王。どちらにも違う魅力があった。


「……オススメは?」

「ふわふわの食感とデミソースの濃厚なコクがいいならハンバーグ、肉の味をダイレクトに味わいたいならステーキね」

「よし。オレはステーキだ」

「じゃあ。私はハンバーグかしら」


 そう言って、ふたりは自分のところに皿を引き寄せた。食欲をそそられる香ばしい香りと芳醇なデミの香りが鼻腔をくすぐられる。


「まずは私から」


 野菜派のシルヴィアが珍しく、積極的にハンバーグにナイフを入れて一口大に切り分ける。

 力をかけずともサクサクと切れ、動かすたびに肉汁が溢れ出るそれを眺め、彼女は期待感を膨らませた。

 流れるようにフォークを中心部に突きたて、一気に口の中に運び入れた。

 瞬間、彼女の脳内に電流が走った。


「んー、美味しい!!」


 本日の二回目の「美味しい!!」が出た。


「ベヒモスの臭みが限りなく抑えられていて、中身がふわふわ! 肉にもしっかり味がついているし、ソースも濃厚で美味。アカネちゃん、本当にすごい!」

「うれしー、ありがとー(*´∀`*)」


 アカネが手を合わせて喜んだ。


「次はオレだな」


 お預けを食らっていたカリーナが飛び出すようにステーキにナイフを入れる。

 こちらもさっくりと切れ、断面はうっすらとしたロゼ色に仕上がっていた。牛や鹿と違い、ベヒモスの肉は生で食べられるか怪しい。

 現地人からは大丈夫だとする声もあるが、地上人と身体構造が異なっているので、アカネは内部まで火を通すようにしている。


「火がしっかり通ってるな。美味そうだ。いくぞ」


 いざ実食。フォークを刺し、ソースを拭ってから口まで運び入れ、そのまま頬張る。数回の咀嚼後、ゴクリと胃袋へ流し込んで口を水で潤す。


「ふぅ……」


 息を吐き、カリーナがアカネの目を見つめた。


「姉御」

「うん?」


 一拍置いてからカリーナが言った。


「美味すぎんだろ。しっとりして脂を含んだ肉と深みのある濃いめのソース。もはや反則レベルだぜ、こりゃ。――えっと、この部位の名前は……」

「シャトーブリアン。ヒレ肉で一番人気の部位よ」

「そうか。いやぁ、世界は広いな。ベヒモスは煮込み料理が一番だと思ってたが、一瞬で塗り替えられたよ。さすがだよ、姉御」

「はっはっは!! わたしは最強!!(*´∀`)」


 アラサーは両手でガッツポーズを作った。実際、その腕前は大したもので、調理師免許を持っているだけのことはある。

 地上でジビエ店を出せていれば、あっという間に繁盛店になれたかもしれないが、それは言わない約束だろう。


「じゃ、わたしはフィレニミヨンをいただくわ」


 もう一種類のステーキをアカネが頬張る。


「あー、うめぇ。わたしって天才だわぁ〜」

「自画自賛かよ。ま、これほどの物を作れれば、理解できるけどよ」

「そうね。でも、せっかくだからあれが欲しいなーって思うのだけれど」


 シルヴィアが店の棚を指差す。その先にはワインボトルが置かれてあった。


「あー、あれかぁ……」


 肉といったら酒だろう。時刻も夜の始まりに入っている。なんら問題はない。

 髪の毛を弄りながら、迷うアラサーだったが、ふたりからの視線を浴び、やがて折れたように立ち上がり、


「今日は早めの店じまいと行きましょうかね。どうせ、人来れないだろうし……」


 準備中の立て札を扉にかけ、ワインボトルとソムリエナイフを取り出して席に戻る。直後、ボトルを天高く突き上げた。


「者ども――宴じゃああああああ!!!!ヽ(`▽´)/」

「「イェェェェイ!!!!」」


 豪華すぎるまかない飯をきっかけに食事は宴会に発展、店の酒を開けながら三人は夜遅くまで飲み明かすのだった。


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