第6話 アラサー女子、まかないを作る その2


「まずはこれを観て」


 シルヴィアがスマホを取り出し、画面を横にしてテーブルの上に置く。

 映し出されたのは、ヒナタが所属する冒険者パーティの配信を端末にダウンロードした物だ。日付を確認すれば昨夜となっていた。

 その時間、ネットが繋がらない隠しエリアにいたふたりにとって寝耳に水だった。


 驚きを隠せぬまま、翔子とカリーナが画面に目を落とす。

 カメラの先には、席につくスーツを着たリーダーと同様の格好をした盾使いの男が映し出されている。


 ――リスナーの皆さん、こんばんは。冒険者パーティ「陽炎」代表のタケルです。先日の件でご心配をおかけてしております。

 まず、私たちふたりの不手際でパーティを壊滅の危機にさらしてしまったこと、心から謝罪させてください。誠に申し訳ございませんでした。

 ――申し訳ございませんでした。


「え……。これってどこからどう見ても」

「謝罪会見だな」


 翔子の言葉をカリーナが継ぐ。彼女の言う通り、これはどこからどうみても謝罪会見だった。


『ヒナリンはいないの?』

『明美ちゃんは?』

『二人抜きで謝罪とか正気……???』

『つーか、お前らヒナリンが転倒したとき、助けなかったよなぁぁ???』

『マジで胸糞悪かったんだが💢💢💢』

『これが仲間の絆ですか?』

『タケル、見損なったぞ。この前の配信で彼女作る気ないって発言してたくせに……』

『リップサービスだったんだね』

『マジクソ』


 鉄砲水のように押し流れる不満のコメントに目を泳がせながら、リーダーのタケルはカンペを一瞥して顔を元に戻す。


 ――今回の問題はサブリーダーのタイシから「青葉山ダンジョンに行ってみないか?」と打診され、私が了承したことが始まりとなります。

 青葉山ダンジョンは高難易度ダンジョンだと知られていますが、1階層は先輩冒険者様のお力もあって凶悪なモンスターが常に間引かれており、自分たちBランク程度であれば戦闘経験を積むのにちょうどよいと考えました。

 当初の目的としましては1階層だけを探索してモンスターとの戦闘を体験後、引き返すつもりでした。ですが、ポータルに巻きこれてしまい、気がついたときには99階層にワープしておりました。

 我々が助かったのはすべて「レッド・フェニックス」の店長様とその店員おふたりのお力によるものです。重ねて感謝させていただきます。


 そう語ってタケルと盾持ちのタイシが頭を深々と下げた。


「悪い気はしないわね。うん」

「そうね」「だな」


 満更でもない様子で三人が頷いた。感謝されるのは誰だって嫌いではない。

 しかしリスナーからは辛辣なコメントが書き込まれる。


『高難易度ダンジョンにヒナリンを連れていくとかあり得ないよね』『あの人らがいなかったら全滅だったな』『危機管理がなってないね』『リーダーの判断ミス』『お前らはジャージ様に百回土下座しろ』『エルフのお嬢様とウマの姉さんにもな!』


「なによジャージ様って⁉ 失礼しちゃうわね!!」

「誰がウマの姉さんだ!! オレはダンスなんて踊らねぇぞ!!」

「私はお嬢様か。ふふんっ、なんだか新鮮ねぇ〜」


 怒るふたりを他所にお嬢様扱いを受けたシルヴィアが笑みを湛えた。

 ちなみに翔子がジャージでダンジョン内を行動するのは動きやすいからであって、決して好きだからではない。


『早くヒナタちゃんを出せよ』

『まさかいないの⁉⁉』

『明美ちゃんはどこよ???』


 ――えぇっと、申し訳ありません。ヒナタさんとは音声通話と通して、ご説明をいただきます。

 明美さんは、体調不良で出られないということで、そちらのほうは後日改めて配信を開く予定となっております。


『なにそれ、逃げただけじゃん』

『ヒマリンに嫉妬して暴言吐いただけの女』

『配信にばっちり映ってたかんねー、もうライバーとしては終わりだろうな』

『はぁ? 元々タケルたちがヒマリンにちょっかいかけるために明美ちゃんを利用したのがいけないんだろ』

『ホント、それ』

『男ってバカだよね! バレないと思ったの?www ウチはわかってたけど???』

『男なんて可愛い娘とやりたいだけのバカでしかないわ』

『女なんてイケメンに利用されていることも気づけないバカ定期』

『はあああああ!!!??? 舐めんなオタクども💢💢💢』

『おばさんつられすぎワロタ』


 またたく間に罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。

 それらの文字を視界に収めた翔子が口をあんぐりさせた。


「さっきからなにここのコメント欄……。わたしたちが嘘つき呼ばわりされていたとき以上に酷いことになってるじゃない⁉」


 翔子たちが嘘乙と煽られたのが可愛く見えるのほどの大炎上。波乱の幕開けどころの騒ぎではない。


「俗に言う『炎上』ってヤツよ。彼女のファンは他三人が我が身可愛さにヒナタちゃんを見捨てようとした、と捉えられているみたい。そこにリーダーが同性の明美さんを利用してヒナタちゃんとの仲を深めようとした事実が重なって爆発したのよ」

「ふーん。でもさぁ、それって異性混合のパーティならよくある話だろ。ここまでキレる必要があるのか?」


 同じメンバーで行動していれば、自然と距離が縮まっていき、アプローチに繋がっていく。

 異性と組んだ時点でそれくらい予想できるだろう、というのがカリーナの考えだった。

 相棒からの質問を受け、シルヴィアが補足を加える。


「ヒナタちゃんは今のパーティ入る前は顔出しで『ゲーム実況』や『お絵かき』、『朗読』、『歌ってみた』とかの配信を行っていたの。

 その時点で個人チャンネルの登録者数が20万人を抱える実況者だったのだけど、冒険者パーティに加入してからそのルックスと実況者畑で培ったトーク力で人気に火がついたのよね。

 アニメやゲームについての知識もあるから、男性人気がすごくってね。半ばアイドル化してたの。グッズ販売だって予定されていたそうよ」

「グッズだと⁉ ……歳いくつだよ?」

「十六歳。仙台市内の公立高校二年生。そこの冒険科に通いながらライバー兼実況者として活動してるのよ」

「はぁ。すげぇな地球の学生ってのは……」


 カリーナが唸った。

 同郷出身の十六歳は、怪物を討伐して回収した素材を買取業者に高値で売り捌いて回り、酒場で酒を呷って自宅で寝る生活を送っている。


 自分もそれに近いサイクルで生きてきた。学問は近隣の学校で学んだ程度だが、大人との交渉に必要な語学と算術はそれなりに頭に叩き込んだ。

 おかげで苦労することは少ないが、座学は肌に合わなかったと記憶している。


 それに比べて日本の学生は二十歳前後まで学校に通い、学業の傍らダンジョンに潜り、配信を行ってさらに宿題もこなすのだと聞かされたとき、カリーナは耳を疑ったものだった。


「オレには真似できねぇ」

「うんうん、わたしもー」

「あら? 翔子ちゃんは、日本で学生やっていたことあるでしょ」


 シルヴィアがツッコミを入れると、翔子の体が突然と痙攣し始める。


「ベンキョウニガテ。シタカラカゾエタホウガハヤカッタ!」

「こらこら。モンスターみたいにカタコトで喋らないのっ」

「ムリデス。シュクダイハモウカンベンシテェェェ……」


 もうライフはゼロよ! と言わんばかりのボロボロっぷりにシルヴィアの口から笑いが漏れる。


「はいはい。大変でしたねー、よしよし♪」

「ウェイウェイ」


 エルフに背中を擦られて上機嫌なアラサー女子を見て、カリーナが吹き出すように息を吐いた。


「ったく、呑気もんだなぁ。おっ、本人が登場するみたいだぞ」

「えっ、ホント⁉」


 一瞬で正気に戻った翔子が画面に熱視線を注ぐと、スマホからヒナタの声が響く。


 ――ヒナタです。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。


『ヒナリン!!!!』

『怖かったよね!!』

『リーダーにセクハラとかされてない⁉』

『明美のヤツのことなんて気にするな!』


 彼女が出演するとコメントが一気に加速した。文字列の洪水が発生する中、ヒナタは淡々と文章を読み上げる。


 ――色々な声が上がっておられることは知っております。今回の件はアクシデントだったとはいえ、お世辞にも足が速いとは言えない私にも責任がありました。

 ですので、パーティの皆さんを責められるのはお控え願えればと思います。


 瞬間、翔子の目が大きく見開かれた。


「いやいや、前衛職に比べて後衛職の体力が低いのは当然でしょ!! それを前提に行動してこそのパーティじゃないの⁉」


 実際、体力の劣る後衛職を前衛職が守るのは当たり前であって、不慮の事故だったとしてもその不文律が消えることはない。


「その通りだな。盾持ちや弓使いが仕事してなかった時点で、役割なんざ崩壊してるぜ」

「リーダーもヒナタちゃんが転倒するまで自身の安全を優先していたものね」


 シルヴィアがチクリと皮肉を言う。


「ネットの記事を見た程度だけど、このパーティって結成時はリーダーと幼馴染の盾持ちくんのふたりで構成されていたそうよ。

 そこに明美さんが入り、その後にヒナタちゃんが加入したそうなの。戦績は悪くなく、苦戦らしい苦戦もせずにBランクまで上がったって話ね」

「だからあのザマか。納得だ」


 腕を組んでカリーナが頷いた。

 危機を乗り越えて初めて結束が生まれ、強固な集団となっていく。そうした過程を経れなかったのが、今回の失態に繋がったのかもしれない。


 ――「レッド・フェニックス」の店長様と店員のおふたりには感謝してもしきれません。改めてお礼を申し上げます。


「いやいや、それほどでもぉ。でへへぇ(*´艸`*)」


 冒頭で感謝の言葉を受けたときとは比にならないほど浮かれるアラサー女。なんだったら小躍りしたいくらいだった。


「姉御、顔がニヤけてるぞー」

「あら? カリーナだって結構、嬉しそうじゃない?」

「あぁん? そ、そうかぁ?」


 相棒の指摘通り、カリーナの口元も若干ほころんでいた。嬉しいのは彼女も同じようだった。

 当然リスナーも。


『ヒナタ、元気そうでよかった』

『ヒナリン、愛してるぜーーー!!』

『あとで個人チャンネルに投げ銭させていただきます』


 発言直後、好意的なコメントが溢れた。けれど、それから間をおかず、多数のアンチコメントが上がってくる。


『可愛いからってちやほやされすぎ』

『運動音痴なのは事実だろ?』

『タケルを誘惑したメス猫が!』

『悲劇のヒロインズラすんな💢💢💢』


「なんなのよ、このちらほらと出てくる批判コメントは! 酷くない⁉⁉」


 翔子が眉根を寄せてコメントに抗議する。


「タケルって人は女性陣から人気があってね。たぶん、そういう人たちがコメントを残してるのだと思う」

「あんな裏でヒナタちゃんに手を出そうとしてたヤツが人気ですって??? はっ、世も末ね!」


 ふんっ! と翔子が腕を組んでそっぽを向いた。

 食われてなかっただけマシじゃないか。カリーナが言いかけるも、シルヴィアからのアイコンタクトを受けて、寸前で口をつぐんだ。

 唸り声を上げながら、タケルを睨む翔子。だが、同時にある疑問が脳裏を横切った。


「ところでさぁ、シルヴィア。ヒナタちゃんってどうしてあのパーティに加入したの?」


 話を振られたシルヴィアが彼女の質問に答える。 


「明美さんが高校の先輩で、ヒナタちゃんが一年生のときから付き合いがあったのだと。それがきっかけで加入したと記事には書いてあったわね」

「ってことはあのパーティは全員高校生?」

「いいえ。リーダーと盾持ちは大学二年生、明美さんがその一個下よ」

「ってことは、高校生はヒナタちゃんひとりだけなのね。でもちょっと不思議ね。冒険科の学生って大体、学校の同級生とパーティ組むはずなんだけど……。時代が変わった?」

「それは本人に聞いてみないとわからないわね」


 ふたりが喋っている間にも配信が進んでいき、最終的にタケルとタイシが全面的に非を認めてヒナタに謝罪した。

 そうして配信が終わりへと差し掛かったとき、タケルが意を決したように宣言する。


 ――このような不祥事を起こし、これ以上の冒険者パーティの存続は困難と判断して、今日限りで「陽炎」は解散させていただきます。

 今まで本当にありがとうございました。


 コメント欄が悲鳴で溢れるも、彼は「いつかまた皆様とお会いできることを目標に頑張っていきたいと思います。それでは、これで失礼します」と語って、配信を切った。

 録画を見終わった翔子が一言呟く。


「解散しちゃったのね」

「妥当じゃないか? 裏事情まで配信されちまったんだ。もう元には戻れないさ」


 そう言ってカリーナは片目をつぶった。


「わたし、こーいうの苦手」


 翔子が続けた。


「だけど、会見そのものはトラブルなく終われてよかった。他三人はどうなるかわからないけど、ヒナタちゃんは大丈夫なはず! そうよね、シルヴィア!」

「それは今後次第ね」

「いやきっと大丈夫。ヒナタちゃん、わたしと違ってあんなしっかり人前で発言できるんだから。……お?」


 唐突にぐぅ〜と翔子の腹が鳴った。時計に目をやれば、もうおやつの時間を迎えていた。

 相変わらず、客の来る気配はない。ならばやることはひとつだ。


「よし、まかない作るぞ! ふたりとも手伝って」


 ふたりが頷くのを確認した翔子は、カウンターの椅子にかけていたエプロンを羽織って厨房に入った。

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