第5話 アラサー女子、まかないを作る その1


 謎のジャージ女がキングベヒモスをワンパンした。


 そのニュースはまたたく間に世界中を駆け巡り、SNSや掲示板、ニュース番組を連日賑わせている。


 キングベヒモス討伐はSランクまたはAAランクの冒険者を必要とする案件とされ、上層部に出現すれば緊急事態宣言が出るほどだ。

 それが一撃、しかも正体不明のアラサー女によるものだとなれば、騒がれるのも当然であった。

 しかも人命救助まで行い、道中被弾せずに怪物たちを片付けている。


 フェイクを疑う声もあるが、救助された冒険者たちや目撃者たちの証言から事実であると結論付けられた。

 仙台市長が一連の出来事を事実と認めて感謝する旨の文書を出したことも後押しとなった。


 しかしながら100階層の真偽については意見が分かれる。

 99階層ですら未知の領域であり、出現するモンスターたちの種類や性質、ここ数年ダンジョンが増えなかったことから100階層は存在しないとする意見が大半を占めていた。


 そのため幻の隠しエリアなどと半ば都市伝説化していたのだが、彼女の発言で議論が再燃し、有識者たちの間で論争が巻き起こっている。


 そんな中、渦中の本人はというと。



「どうして客が来ないのよーーーー!!!!」



 相変わらず、客のいない店内で叫んでいた。


「わたしたちが映った配信、バズったはずよね⁉ 今何再生よ⁉」

「さっき確認したとこだと四千万再生を突破してたな。たぶん、まだまだ伸びるぞ」

「あ、ついに四千万突破したんだっ――じゃなくって! 四千万も突破したのになんで、客が来ないのよォォォォォォ!! おかしい、おかしいよ、おかしいですよ!! カテ◯ナさん!!」

「誰だよ、その女」


 カリーナのツッコミも届かず、翔子は膝をついて頭をかきむしる。


「こんな、こんなはずじゃあ……、うおおおおん(´;ω;`)」

「姉御、落ち着け。まずは状況整理だ」

「おぉん……?」


 翔子が顔を上げた。


「ざっくりと現状を話すぞ。ポータルに引っかかって深層に迷い込んだ冒険者パーティを助けて姉御はバズった。

 キングベヒモスをワンパンで沈めたのはすげぇの一言に尽きる。オレでも驚くんだから他の連中は腰抜かして当たり前だ。

 しかも綺麗に脳天だけを潰してるから貴重な角、爪、犬歯が綺麗な状態で残ってた。思わず、笑っちまったよ」


 カリーナはアガルタ出身の半獣人で狩猟を生業とする部族の生まれだ。

 幼い頃からモンスターたちと隣合わせの生活を送っており、日常的に怪物との戦いを繰り広げてきた。

 戦闘は当然ながらモンスターの解体や素材の目利きはお手の物。そんな彼女が絶賛するほど、翔子の技量はずば抜けている。しかし、今回の焦点はそこではない。


「そんでもって、冒険者パーティを上層まで無事送り届け、ヒナタたちのファンのみならず、世界中から称賛された。

 この店のSNSアカウントも注目されて昨日時点で最新のツイートが百万リツを越えてた」

「あ、それわたしも確認した。やっぱりすごかったんだ」

「あぁ。十分すぎるくらいだ。地上にある店舗なら繁盛間違いなし、なんなら混雑し過ぎて警察が出動するくらいの騒ぎになるだろうよ。けどな」


 カリーナが続けた。


「この店まで客が来れないっつう問題はなんも改善されてない」

「ガハァァァアッ!!」


 翔子の口から声が漏れ出す。

 カリーナの言う通り、根本的な問題は手つかずのままだった。


「最初はオレもさ、玄人冒険者くらいなら護衛して連れてきてもいいんじゃないかって考えていたんだが。

 上層、しかも1階層でポータルが確認された以上、それも難しい」


 ポータルは吸い込んだ物を違う場所に飛ばしてしまう、次元の穴のようなものだ。転移魔法陣と似た性質を持つが、一方通行であるため、元の位置に戻れず、遭難者を生み出す一因となっている。

 下層ではそれなりに見かけるポータルだが、それが一階層で発生し、深層までワープしたとなれば安全面上、護衛の難易度が上がる。


「え? ポータルなんて体内魔力を放出すれば軽く吹き飛ばせるじゃない」

「それができんのは姉御だけだよ。ま、規模にもよっては魔法でも破壊できるけどさ」

「ふーん。じゃあさ、わたしが案内すれば万事解決ってこと?」

「その間、誰が調理を担当するんだ? オレやシルヴィアにはそこまでのスキルはない。つーか、それ以前に調理師免許がねぇ」

「あ、そっか。持ってるのわたしだけだし……無理よね」


 納得する翔子。

 それに大事な厨房を他者に任せるなど、プライドが許さないだろう。


「そういうことだ。まずは通路の確保からだ。ここまで安全に人を呼べるようにしなきゃ始まらない」

「けど、それだと時間がかかるわよね……」

「ダンジョンは広いからな。転移魔法陣も場所が悪いとモンスターに壊される。安全地帯を探りつつ、100階層まで人間を移動させるってのは骨が折れる。

 オレらが1階層まで往復するって手もあるが、100階層から1階層に行って戻って来るまで最低でも一時間ははかかる。

 1グループを案内して戻って来るのに二時間。あまりに非効率だぜ」

「うぐぐぐぐぅ〜〜〜」


 言葉が出ない。


「本当なら1階層からここまで直通の転移魔法陣を設置できればいいんだが、そこまでの腕を持つ魔法使いなんてそうそういない。

 シルヴィアでも、見つけるまで時間が掛かるそうだ」

「ぐぬぬぬ……」

「いっそのこと客をアガルタの連中だけに絞っててのもアリだが、アガルタ人はわざわざこんな危険なところに魔獣なんて食べにこない。日常的に食べてるからな」


 ダンジョンは地球と異世界をつなぐ橋のような役割も担っている。

 一階層に地上が通じているようにアガルタもまた下層からダンジョンに出入りできる。出入り口はゲートと呼ばれ、常時職員たちが待機している。

 青葉山ダンジョンも例外ではなく、70階層にもうひとつの出入り口が存在し、そちら側のゲートはアガルタの職員が管理を行っている。


「がががが……」


 翔子の息は絶え絶えだ。なおもカリーナの話は続く。


「さらにだ。SNSのアカウントだけじゃ足りない。専用のサイトを別途作る必要がある。そうすれば予約を入れられるようになって、食品ロスを減らせるぜ」

「ぬぬぬぬっうぅ〜〜。やること多すぎじゃないのよ!!」


 癇癪を起こすアラサー女。すかさずカリーナが半眼を作った。


「すべては姉御の見切り発車が原因だぞ」

「それはそう、だけど……」


 翔子は視線を明後日の方角に向ける。

 実のところ彼女は、シルヴィアとカリーナを含む知り合いたちを驚かせるため、内緒でこのエリアに店舗を作っていたのだ。

 なにかやっているなと思い、シルヴィアとともに翔子の後をつけたときにはすでに建物の八割が完成していて、手遅れだった。


「……オレらがもっと早く突き止めていればなぁ」


 こんな面倒なことにはならなかっただろうな。カリーナがため息をついた。

 それと同じくして、後方から声が上がった。


「なーに辛気臭い顔してるのよ。ふたりとも」


 メイド服に身を包んだシルヴィアだ。


「ん、シルヴィアか。早かったな。どうだった? キングベヒモスの素材は」

「売れたわ。牙、爪、犬歯に魔石――すべて合わせて800万コル。大儲けよ」


 笑顔とともにサムズアップしたのち、通貨の入った大袋をテーブルに置いた。


 というのもヒナタらを送り届けたその帰り。翔子たちはキングベヒモスの亡骸に群がるモンスターたちを蹴散らしてその場で解体、可食部と素材を綺麗に分けていた。

 原則、ダンジョンで手に入った素材は倒した者が所有する権利を持つ。


 素材は換金所に持ち込めば買い取ってもらえる仕組みで、冒険者たちの主な収入源となっている。

 また個人的な売買も可能であり、今回翔子はその権利をシルヴィアに譲渡、アガルタで売り捌いてきてもらったのだ。


 ちなみに冒険者ギルドの定めるキングベヒモス一頭の相場は450〜650万コルとされ、800万コルはかなりの高値である。素材の品質がよかったのが理由だろう。

 ちなみに現在の為替レートは1コルあたり日本円にして1円。つまり800万円の儲けである。

 翔子は大層驚いた。


「えぇ⁉ あんな雑魚の素材がそんな高値で売れたの⁉」

「あれを雑魚扱いできるのは翔子ちゃんみたいなデタラメな力を持った人だけ。私たちからすれば災害級の怪物よ」

「へぇ、すごいじゃないか。やったな、姉御。これでしばらく金に困らないぞ」

「そうね。でもお金なんてこの近辺、探索してれば、いつでも稼げるし。そこまで気にしてないのよね」


 このダンジョンには凶悪なモンスターたちが蛆のように湧いてくる。それを叩き潰して回れば、いくらでも金は稼げる、というのが翔子の発想だった。

 もはや歩く天災だな。カリーナとシルヴィアが改めてその強さに呆れ笑った。


「それよりも客よ、客。客がこないと飲食店として失格だわ。うーん、どうやって通路を開通させようかしら……。ねーねー、シルヴィア〜、いいアイデアなーい?」

「ないわけじゃないんだけど。――それよりも少し気になることがあるの」

「なんだ、それは?」

「私たちの助けた冒険者パーティね、ちょっと大変なことになってるのよ」

「へ⁉ 冒険者パーティ……わたしのヒナタちゃん⁉」

「姉御のじゃないぞ」


 カリーナの指摘も耳に入れず、翔子がシルヴィアに詰め寄る。


「ヒナタちゃんの身になにがあったの⁉⁉」

「うーん、どこから話すべきかしら……」

「一から話してちょうだい!」

「わかったわ」


 シルヴィアはヒナタたちのその後について話し始めた。

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