第4話 この世界について


 遡ること二◯二五年七月上旬。


 木星からやってきた巨大衛星が地球と月の間を通過した。これによって月の引力に影響が生じ、地球は数々の天変地異に見舞われる。

 様々な災害が発生したが、中でも酷かったのは同月五日の午前中にフィリピン沖で発生した超巨大津波だった。


 大津波はフィリピンやその周辺諸国を壊滅状態に追いやる。

 当然、日本も含まれており、東日本大震災の三倍の高さを誇る津波が西日本と関東に襲来、西日本の太平洋側が壊滅した。


 東京も大打撃を受けて首都機能が停止、日本全土で数百万人の死者と十数万人の行方不明者を出す最大規模の震災であったと記録されている。

 発生の原因は未だに解明されておらず、海底火山の破局噴火説や潜水艦の事故による水素爆弾爆発説など数々な憶測が飛び交っているが、その真相は闇の中だ。


 しかし、本当の恐怖は大津波ではなかった。


 まるで災害に呼応するかのように世界中の到るところから謎の建築物が出現したのである。それはのちにダンジョンと呼ばれる「生ける迷宮」だった。

 対応を検討するも、間を置かず内部から大量のモンスターが群れをなして押し寄せた。

 その集団には魔族と名乗る者たちもおり、彼らは自らを『アガルタの住人』と称して地球人に宣戦布告。一方的な蹂躙を開始した。

 これが俗に言われる「人魔戦争」である。


 正体不明の敵との交戦を余儀なくされた人類だったが、災害よってインフラをやられ、混乱が収まらない状況では圧倒的不利だった。


 日本でも複数のダンジョンが現れ、全土で戦いが繰り広げられる。


 ゴブリンやオークにオーガー、トロールのような二足歩行型のモンスターもいれば、溶解液を吐く大蛇、不気味に嗤う枯れ木、コウモリのような翼を持ったドラゴンなど、おとぎ話に名を連ねる怪物たちが国土を蹂躙して回った。


 元々他国に比べて武器が少なく、戦力となる軍人の数も足りないとあって開戦から二週間で西日本が占拠され、首都東京は三週間で陥落した。


 やむなく防衛の拠点は「仙台」に移され、レジスタンスとして活動していた猟友会メンバーたちも含めて防衛戦が構築されるも、状況は好転することはなかった。


 そんな中、ダンジョン内部から「アガルタ人」と思われる人間に極めて近い容姿を持った者たちが現れる。


 彼らは体ひとつで数メートルの跳躍を行い、剣一本で大型の魔物を一刀両断する、木の杖から強力な炎を出現させるなど人知を越えた力を有していた。

 邂逅直後は言語が通じず、困惑するも偶然存在した日本人通訳とAIを使用した翻訳システムを使うことで意思の疎通に成功する。


 彼らは魔族を名乗る連中、通称「魔王軍」と戦争状態にあるらしく、利害の一致する地球陣営に加勢の意を表明した。

 同盟を組んだ日本人は徐々に敵勢力を押し戻し、開戦から一年後に勝利を収め、三年後には地球上のモンスターの完全排除に成功する。


 戦争終結後、地球人とアガルタ人は互いに文化や伝統、技術の交流を行うようになった。


 異世界との交流を深める中、地球人はダンジョンから流れ込んだ未知数の可能性を含む粒子「魔素」によって、その体内に特殊なエネルギーを内包するようになり、それらを行使して発動する「魔法」という力を習得した。

 これはアガルタ人の使う技術と同一のものだった。


 魔法は手から火や水を出すことに限らず、身体能力の強化、防御壁の出現、傷の回復など様々な応用が可能で、地球人はそれを研究――科学との併用する形で「魔法科学」の理論を構築――新たなる文明の礎を築いた。


 それによりダンジョンは恐怖の象徴から国家運営の資源へと変わり、ダンジョンを利用した「ダンジョン経済」が確立する。


 天然資源採掘や生物由来の素材の活用、アガルタとの貿易路などその利用価値は計り知れなかった。なによりモンスターを定期的に産み出し、天然資源を増やし続けるダンジョンの存在は現代社会を語るには欠かせない。


 初めは国が主導で調査と発掘、拠点建設を行っていたが、広大すぎるタンジョン内部を疲弊しきった政府が管理するのには無理があった。

 特にそこらかしこで出現するモンスターたちの襲撃は調査を妨げる最大の問題となっていた。


 そこで早期に民間への委託が始まり、戦闘経験のある猟友会がその役目に担った。

 先の戦争と重火器の扱いに慣れていた彼らにとってモンスターを倒すのはそう難しいものではなく、中にはアガルタから伝わった魔法を使いこなす人材もいて、彼らは調査から拠点防衛まで幅広い仕事をこなしてみせた。


 いつしか彼らのようなモンスターと戦う専門家をファンタジー小説になぞらえて「冒険者」と呼ぶようになった。

 ときを同じく、流れに乗った猟友会は名を「冒険者ギルド」と改め、現代でもその名称で組織が運営されている。


 人類の文明レベルはダンジョンとともに成長を続け、冒険者業にとどまらず解体業、流通業、販売業、研究職等様々なジャンルを発展させた。


 中でも「配信業」はインフラ復旧と新技術の恩恵により一大コンテンツと化し、ダンジョン内部や異世界アガルタで配信活動を行う「ライバー」は庶民にも馴染み深い職業となっている。


 ゆえに現二◯六十年はこのようにあだ名される。


 『大冒配信時代』と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る