第3話 アラサー女子、キングベヒモスをワンパンする その3

『料理店の店長www』

『宣伝wwwwwww』

『100階層だと⁉⁉』

『100階層って隠しエリアのこと? 前に知り合いから聞いたことあるけど、都市伝説じゃないん……?』

『ってきり、伝説の冒険者かなにかかと思ったけど……』

『なんでそんなにつええええんだよwww』

『てか湖にウッドデッキってことは、カフェなのか?』


「いや、普通の料理店よ。ジビエ専門店だけど」


『ジビエ……?』

『なん、だと……』

『ってことはモンスターが出てくるのか!!』

『ずいぶん、マニアックなお店ですね、、、』


「100階層は空気も澄んでいて、餌も良質だから味のいいの。だから店を構えることに決めたのよ」


 (まぁほぼ思いつきで決めてちゃって、あの娘たちにはめちゃくちゃ呆れられたけど……)

 一ヶ月前を振り返って、翔子は顔をそらす。ふたりからは本気で呆れられ、色々と苦言を呈されたが、ここで考えても仕方がない。

 息を吐いて、女店長はシルヴィアたちの移動した先に視線を向ける。ふたりが冒険者を避難させるとしたら、おそらく「呻きの湖」を選ぶはず。


「さてと。宣伝も終わったし、ふたりと合流しよっか。歩ける? えーと、名前は?」

「ヒナタです」

「おー、可愛い名前! わたし、好きだなぁ(*´∀`*)」

「あ、ありがとうございます。……じゃ、配信のほう、切りますね」


 彼女がボタンに手をかけるとコメント欄から『えー、勿体ない』との反応が相次いだ。

 ヒナタもリスナー三百万人の配信を終了することに若干の抵抗があったが、翔子あっての同接である。本人の了承も得ずに続けるわけにもいかない。

 なにより、ダンジョン深層で呑気に配信する胆力など持ち得ていない。


「でも、この方に迷惑が……」

「いやわたしは別に」


 翔子が即座に否定する。


「ですけど、ここは最深部ですよ? 配信しながらなんてとても」

「問題ないわよ。ここってそんな強いヤツいないし」


 彼女の発言にコメント欄が反応した。


『最下層で強いヤツいないとかwww』

『マジで言ってんのか⁉』

『まぁ、ベヒモスワンパンするくらいだし……』

『しかし、CGである可能性も――』

『ヒナリンのチャンネルでそれはなくないか?』『いやだってなぁ……』


 配信名物「CG真偽」が始まり、リスナーたちの意見が割れ始める。


「み、皆さん、そんなこと言っちゃいけませんって」

「うーん、この前、100階層の動画を撮って宣伝したときもこんな感じだったのわね。それで途中で配信切っちゃったのよねー」


 翔子が肩をすくめた。


「どうやったら信じてもらえるのかしらねー? ま、今考えることじゃないか。――行きましょう、ヒナタちゃん。私の側から離れないでね」

「は、はい!!」


 翔子はヒナタを守りながら目的地まで速歩きで進んでいく。道中、出現したモンスターたちを秒で蹴散らして、一層コメント欄を賑わせながら。


  ◇◇◇


 同じ頃、モンスターを退けたシルヴィアたちは無事、冒険者三人を「呻きの湖」のほとりに避難させていた。

 ところが安全が確保された途端、怒りが再燃したのか、弓使いの女が盾使いの男に食って掛かり、言い争いが始まった。

 部外者のふたりにはどうすることもできず、大剣使いが慌てて止めに入るも。


「ふたりとも、もうよせって!」

「「うるさい!!」」


 リーダーの静止も聞かず、弓使いと盾使いは口論を激しくさせる。


「どうせ、あの娘にかっこいいところ見せようとしたんでしょ! マジでキモいんだけど!」

「お前だって嫉妬全開で先輩風吹かせてたクセに調子乗んなよ!」

「はぁ? 私のどこが嫉妬してるってのよ!!」

「そういうところだろうが!」

「ふざけんじゃないわよ。あの娘が来てからずっと鼻の下伸ばしてたヤツに言われたくないわ! このスケベ野郎!!」

「オイオイ、何もそこまで言うことはないだろ……?」


 痛いところを突かれて肩を竦める盾使い。それでもなお弓使いの女の怒りはとどまることを知らず。


「それにリーダーだって同じよ! 無駄にカッコつけようとして、ほんと迷惑だった!」


 脈絡もなしに名指しで批判されたリーダーは目を瞬かせた。


「い、いや、俺はこのパーティのリーダーとしてだな」

「はあ?」


 すかさず弁明しようとするも女が言葉を遮って続ける。


「嘘つかないでよね。露骨に遊びに誘って、その都度断られてたじゃない。

 てか、チャットで『あの娘ことなにか知らない?』とか『好きなもの聞いてくれ』とか散々利用してくれたわよね。アタシがどれだけ嫌な思いをしたか!」

「お、お前、今ここで言うことかよ⁉ 第三者がいるんだぞ!!」

「なによ! 美人に良いフリしたいだけでしょ!!」

「なんだと。言わせておけば! ヒナタに嫉妬して!!」

「ッ――嫉妬してなんで悪いわけ⁉ 実績はアタシのが上なのに、軽んじられるこっちの気持ちなんてわかんないでしょ!!」


 言い争いが激化し、あわや取っ組み合いになると思われたとき、運悪く翔子とヒナタが合流する。


「えっと。これ、どういうこと? なんかすっごいギスギスしてるんだけど……」

「あー、これはだな、姉御……」

「うーん、と。まぁ、ね……」


 バツの悪そうに翔子たちを見つめるシルヴィアとカリーナ。すべてを察したヒナタは「ごめんなさい……」と謝ってうつむいた。


「えっ、どうしてアナタが謝るのよ⁉ ちょっとミスしたくらいで怒られるようなスパルタパーティなの……?」

「姉御、そうじゃないんだ」

「翔子ちゃん、今はそっとしておきましょう、ね?」

「あぁ、うん……」


 カリーナたちに制止され、翔子は渋々引き下がる。だが、すぐにカメラが回ってることを思い出して、


「あ、ごめん。配信中だった」


 と言った。直後、弓使いの女が顔を茹でダコのように真っ赤にして背を向けた。大剣使いと盾使いも動揺を隠せず、視線を落とす。

 移動前にカメラを切っておけばよかったのだが、後の祭りである。


((あーあ……))


 シルヴィアとカリーナもいたたまれなくなり、ため息を吐いた。


「とりあえず、配信はここまでにしようぜ」

「は、はい……。リスナーの皆さん、すみません。今日はここまでということで。時間ができ次第、配信しますので、それでは」


 カリーナの言葉を受けてヒナタがドローンのスイッチを切る。もはや言い争いどころではなくなり、三人の喧嘩が中断された。

 一行の間に暗雲が立ち込める中、エルフの少女が切り出す。


「ところで、あなたたちこれからどうするの?」

「可能ならダンジョンの外に出ようかと……」


 リーダーが代表して答えた。


「それなら一旦、他のエリアを経由しないとね。

 ここから山を越えた先の麓に90階層の安全地帯にワープできる一方通行型の転移魔法陣があるから、そこを通って70階層行きの魔法陣に乗りましょう。

 そこまで行けば1階層直通の魔法陣がある。四人で帰れるはずよ。それなりに歩くことになるけど、大丈夫?」

「えっと、はい。たぶん。――というか、お三方は戻らないんですか?」

「オレらは100階層に住んでいるからな。心配はいらない」

「100階層? ここって99階層しかないんじゃ……」

「一般的にはそうだけど、実際は100階層があるのよ。私たちはそこで料理店をやってるの」

「「「は、料理店?」」」


 シルヴィアの返答に三人は耳を疑った。

 直後、翔子のキランと目が輝く。


「そうそう、そうなのよ! あ、そうだ! せっかくだし、ご飯食べていかない? タダで振る舞うよ!」


 チラチラッ。ここぞとばかりに翔子が提案する。

 リーダーははぁ、とこぼして。


「いえ。今、そういう気分じゃないので。すみません……」

「あっ、はい」


 険悪なムードが漂っているため、さすがの翔子もこれ以上誘えなかった。


 それから翔子たち三人は、一行を上層まで護衛し、最上階にワープできる地点まで送り届けてから、戦闘後の後片付けを手早く済ませて100階層に戻った。

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