大いなる帰還
蔵人が目を覚ますと、見慣れた天井がそこにあった。
がば、と身体を起こす。
そこが自宅の脱衣所だと気づくのには、瞬き一つの時間で足りた。
「戻っ……ってこれた……のかな」
そう呟いた蔵人は、すぐ側にソーニャが横たわっているのに気付いた。
「ソーニャ!」
意識のない従妹の肩を揺さぶると、むにゃむにゃと口の中で何事かを呟いて、ごろりと寝返りをうった。
すぐにすうすうと健やかな寝息が聞こえてくる。どうやら別状はないらしい。
ほっとため息を落とした蔵人の傍で、灰色の塊がのっそりと身を起こした。
「ホイエル……君も無事みたいだね」
灰色猫は大きく口をあけてあくびをすると、ぐーっと身体をストレッチした。ブルブルッっと身体を震わせると、トタトタと床を鳴らして脱衣所から出ていった。彼はいつでもマイペースだ。蔵人の口元に微苦笑が浮かんだ。
じわじわと、生き残ったという感慨が浮かんできた。あの砂塵の舞う魔術師の世界から、どうにか無事に帰還できたようだ。落ち着くと、周囲の様子にも気がつくようになってきた。
洗濯機は、蓋が開け放たれ、洗濯槽からシャツやズボンが吐き出されたように飛び出ている。
洗い物はどれもこれも、小さな紙屑がびっしりと覆われていた。改めて見てみれば、ソーニャの髪や、蔵人自身の身体にも、その紙屑は付着している。まるで、ポケットティッシュと一緒に洗われてしまったような有様だ。
ともかく立ちあがろうと突いた手に、なにか湿ったものが触れた。
ぐっしょりと水を含んだ、小さな布だった。
絞れば水がしたたりそうなほどに濡れている。
概ね三角形をした灰色の布切れの白い縁取りには、Cから始まるアルファベットのブランド名が読み取れた。
「おわわわっ––」
熱いものに触れたかのように、蔵人は手を離した。
落下した下着が、べちっと床で音を立てる。
青年の胸郭では心臓が、全力疾走をした時のようにダンスしていた。
この騒ぎには、さすがに若い魔女も目を覚ました。
「う……ん……クロード?」
「わっ、ごめん!」
蔵人は、あたふたと、未だ濡れた布の感触が残る右手を背中に回した。
「……なに? どうしたの?」
ソーニャは身を起こし、なぜか赤面した従兄を不思議そうに見上げた。
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