神よ、我が生贄をご照覧あれぃ

 一陣の風がダマスカスの路地から土煙を拭い去った。

 乾いた路地に立つのは異形の魔道士、アブドゥル・アルハザード。左腕のあるべき部分からはタコかイカのような触腕が半ダースも生え、ただ一本を除き、うねうねと宙を掻いている。蔵人の身体は、触手の一本によって地上三メートルに吊り上げられていた。蔵人はもがき、締め付ける触手の力に対抗しようとした。しかし、なめし革のように強靭でヌルヌルとした触腕は蔵人の拳を容易く跳ね返した。

 蔵人は再び、デジャブを覚えた。砂漠でこの魔道士に囚われたのが、なんだかずいぶんと前のように感じられる。

「ヨグン=クターナ! 時の支配者よ!」

 アルハザードが声を張り上げた。

 触手の締め付けに苦しみながらも、蔵人はある事に気付いた。いつの間にか、例の怪物の足音が止まっている。そして、あの悪臭が再び強さを増して来ていた。

「我、生贄を捧げん! 大いなるものよ、我が願いを聞き届けたまえ!」

 蔵人を捕らえた触腕が、ずい、とさらに高く掲げられた。

 ダマスカスの街を突っ切る破壊の痕跡の終点。

 そこには、姿なき怪物が、空腹で横たわっている。

「ヨグン=クターナよ! 我が生贄をご照覧あれい!」

 魔道士の言葉と共に、蔵人の顔に、呼気のような、生温かな風が吹きつけた。

 ゴソゴソと、見えない巨体が生贄に向かってかがみ込む。

 ねちゃり、と湿った音を立てて、なにかが口を開いた。

 神が、生贄を照覧していた。

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