魔道士の一手
「アルハザード! もう終わりだ! 潔く彼を返せ!」
ソーニャはアルハザードに向かい、言った。
魔道士はそれに応えず、炎と煙を上げる左腕にその視線を落としていた。
火は勢いを増し、アルハザードの腕を貪欲に侵していた。
じきに残りの身体すべてを飲み込むだろう。
若き魔女がそう思った次の瞬間、魔道士はおもむろに新月刀を振りかぶり、自らの左腕を斬り落とした。
ザンッと音を立てて切断された左腕の燃えさしが、ダマスカスの路地にゴトリと転がる。炎に包まれたそれが、すっかり灰となるまで五秒とかからなかった。アルハザードはソーニャに向き直ると、以前にも増して鋭い視線で魔女を睨みつけた。
「……まだやる気なの?」
さすがのソーニャも、躊躇いもなく自ら腕を切り落としたアルハザードの姿に動揺を覚えた。
アルハザードは新月刀を投げ捨てると、何処からか、ボロボロの紙束を引っ張り出した。魔道士はそのまま、掴んだ紙束を右腕の切断面へと突っ込んだ。
傷口が、ページとなって捲れあがる。
巨体の上を漣が走った。皮膚という皮膚がワサワサと音を立ててささくれ、びっしりと文字の記された紙たちが、風に吹かれた羽毛のように逆立つ。
そして、切り株となった左腕の付け根が瘤のように盛り上がり……爆発的な成長が始まった。
それは再生ではなかった。
アルハザードの左腕は、本来の長さを超えて長く伸び、みるみるうちに六メートル以上の長さに成長した。
その腕は、途中で二本、三本と枝分かれし、大蛇あるいは頭足類の触腕を思わせるしなやかさでロープのようにのたうった。表面には、毒蛇の鱗模様があらわれ、かと思えば、てんでバラバラな箇所にタコやイカの吸盤がブツブツと吹き出物のように生じている。ぬめぬめとした皮膚はところどころがクラゲのように透けていて、人間や、その他の生き物の骨格らしきものが見えた。
「うぇ……」
ソーニャは思わずうめきを漏らした。
怪物と化したアルハザードの、爬虫類のような目が、にやりと笑みを浮かべた。
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