血闘

 刃が、日光に閃いた。

 ソーニャはとっさに宙に飛ぶ。

 ブゥン、という風切り音を残し、少女の爪先を、回転する新月刀がかすめて飛んでゆく。

 ブーメランのように宙を舞った新月刀は、ダンッ、と音を立てて背後の土壁に深々と突き刺さった。

 着地したソーニャは背後に一瞥をくれる暇もあらばこそ、武器を構えて敵魔道士へと迫る。

 刀を投げ、構えを崩したアルハザードの胴に、低い位置からのメイスを打ち上げた。

 ガンッ。

 柄から伝わる硬い手応え。

 ソーニャは我が目を疑った。

 信じがたいことに、アルハザードの左手がメイスヘッドを受け止めていた。

 甲冑騎士を鎧ごと叩き潰すための武器だ。並みの人間なら、指はおろか肘から先が粉砕骨折しているだろう。もちろん、魔術的な防御の賜物に違いない。その証拠に、メイスを掴んだ指からは、チリチリと火花が上がっている。

 掴まれたメイスを取り戻そうとソーニャは力を込めた。だが、まるで万力で締め上げられているかのように、彼女の得物はびくともしない。

 アルハザードはソーニャの背後へと手伸ばした。何かを掴むように手を開閉する。

 土壁から、ずるり、と音を立てて、バルザイの新月刀が抜け出した。そのまま、投擲された時と同じように、クルクルと回転しながら空中を飛翔する。ソーニャが近づく風切り音に振り向くと、きらめく刃が真っ直ぐに近づいてくるのが見えた。

 咄嗟にソーニャはメイスから手を放し、砂埃舞う路上に身を投げた。

 アルハザードの手が剣の柄を握りしめる。

 次の瞬間、鋭利な切先が、一秒前まで少女の身体が占めていた空間を貫いた。

 危うく間合いから抜けたソーニャは立ち上がって構えを作った。

 一方のアルハザードは右手に剣を、左手にメイスを掴み、勝ち誇った様子で今や徒手空拳となった魔女に相対した。

「ここまでか?」

「そうかもね」

 ソーニャは素早く両手で印を切った。空中に炎の印が結ばれる。

 魔道士の目に奇異の色が浮かぶ。

「我はラーの左目。我は破壊者にして報復者。わが敵よ炎の歌を聞くが良い!」

 次の瞬間、ソーニャは手を握りしめ、メイスに込めた炎を解き放った。

 アルハザードの手の中で、メイスが爆発した。太陽燃える蒼穹を翳らすほどの閃光が生じ、続いて火炎が花咲いた。

 魔道士は驚愕の眼差しで自身の左腕を見た。

 手首から先はすでになく、前腕の残った部分は黒焦げで、その上燃えつつある。火のついた部分がくるくると捲れあがり、燃え尽きた部分は灰となって空中に解けてゆく。アルハザードの肉体も、この世界のあらゆる構成物、食屍鬼や無名の都市のダンジョンと同じく、紙で––『ネクロノミコン』のページで––出来ているのだ。炎はみるみるうちに広がり、貪欲にアルハザードの肉体を喰らい、噛み砕いてゆく。

 ソーニャは己の勝利を確信していた。

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