裂ける蒼天
目を覚まして最初に見えたのは、蒼天で燃える太陽だった。
蔵人は目をつぶり、顔をそむけた。頬が冷たい石畳に触れる。
身体が思うように動かないことに気づき、自分が荒縄で縛られていると気づいた。
「これは……」
そう口に出した言葉は、自分の声とは思えないほどに嗄れていた。
ひとつ、ふたつ、と咳が出た。喉に感じる痛みが、これまでの経緯を思い出させた。
そうだ、アブドゥル・アルハザードと出会って……。
その時になってはじめて、蔵人はすぐそばに当のアブドゥル・アルハザードが立っていることに気づいた。
巨漢は出会った時と同じように、抜けるような青空と照りつける太陽を背景に聳え立っている。
まるでデジャブだ。
アルハザードは蔵人の様子に頓着することなく、片手に持った紙束を捲りながら、小声で何事かを呟いている。念仏のようだが、その祈りは仏に捧げられたものではなさそうだ。
蔵人は今、縛られた上で、街の広場に横たえられていた。
日干しレンガを積み重ねた階層建築が広場のまわりをぐるりと取り囲んでいた。乾いた土の色そのままの建物もあれば、白い水漆喰を塗った眩い建物もある。建物の間から、モスクのドームやミナレットがその先端を覗かせていた。蔵人には、中東風の街並みだと思われたが、ここがどこなのか、皆目見当がつかない。
しかし、頭を浮かせて周囲を見回した際に、目にしたものが、そのような疑問を意識の外へ追いやった。
蔵人の周囲の石畳には、何重にも、真っ赤な液体で輪が描かれていたのだ。
ぶんぶんと蝿が赤い輪の周囲を飛び回り、あるいはたかっている。銅のような匂いが、蔵人の鼻をうった。
血の魔法円は、蔵人を中心とする同心円を描いていた。
「なんだか……嫌な予感がする」
次の瞬間、広場に割れ鐘のような大声が響いた。
蔵人はこの時、はじめてアルハザードの声を耳にした。
「いあ! しゅぶ=にぐらす! 地の底より来たれ! ヨグン=クターナ! 時と空間の支配者よ、沈む日を呼び戻せ、落ちる時の砂を巻き上げよ!」
彼の言葉は英語だった。
「古きものよ! 球の集うところより! 磁極の内なる都より! 我が願いに応えて来たれ!」
大男は、右手に捧げ持った紙束を握りしめ、大袈裟な身振りで腕を振し、空中に複雑な図形を描いた。喉を涸らして、式文を張りあげる。その声に、どこか、奇妙な焦燥が滲んでいる。
「ヨグン=クターナ! 我がもとへ来たれ!」
ふと、蔵人は空気の微妙な変化を感じた。
なにか、ピリピリと、背筋の毛が逆立つような感じ。爆発寸前のボイラーや、猛烈に回転する発電機の近くに立ったかのような、何とも言えない、歯の浮くような感覚を覚えた。
「ヨグン=クターナ! 地の底より来たれ! 来たれ! 来たれ!」
地鳴りと、建物の倒壊音すらも圧して、アルハザードの声が響き渡る。
「今こそ我が祈りに応え––」
野太い詠唱が、不意に詰まった。
アルハザードの両目は、空の一点に釘付けになっていた。空に不吉な兆しを読み取った占星術師ででもあるかのように。
釣られて蔵人は空を見あげた。
蒼穹の一点が裂け、光り輝く流星がひとつ、真っ逆さまに落下してくる。
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