古代鰐VS魔法少女
魔女は左手で盾の印を切った。
空中に、微かな光が線を結び、力場の盾を織り上げる。
飛びかかって来たワニのミイラが、火花をあげて弾き返された。
休む間もなく、新手が襲いかかる。ソーニャはメイスで横薙ぎにして、干からびた爬虫類を迷宮の壁に叩きつけた。ワニがバラバラに砕けて紙屑になる。その間にも、続々と新手が押し寄せてくる。
ソーニャは後退って、息を継いだ。
すでに今までの人生で見て来た以上のワニを倒してきた。
さすがに魔女の息も上がりかけていた。
「うーるわうわ! ぎにゃにゃにゃ!」
鈍り始めた魔女の動きに乗じた爬虫類を、尻尾を膨らませたホイエルが威圧した。鋭い牙を向けられて、数匹のワニがたじたじと後退する。エジプト神話では冥界の監視役とされる猫族の威嚇は、超古代のワニをもたじろがせる威力を持っているようだ。
しかし、他勢に無勢は明白だ。
ホイエルの脅し文句に怯えた前衛たちを後続が押し出し、あるいは乗り越える。
乾燥爬虫類の群れが、迷宮の床を波のように洗った。トラバサミのような顎を打ち鳴らし、襲いかかる滅びた種族のミイラたち。その数はあまりにも多い。まともに相手をすれば、押し寄せるミイラ津波に押しつぶされてしまうだろう。
ソーニャは息を大きく吸い込んだ。
いちかばちかの大技を試してみるしかないようだ。
少女は武器の構えを解き、一瞬、無防備とも見える棒立ちになった。
絶好の機会と見てか、ワニたちが勢いづいた。
ホイエルが声を張り上げる。
大猫の背後で、若い魔女は左手で炎の印を結んだ。
丹田に燃える炎を観想し、その力を指先へと流すようにイメージする。
少女の指先に光が灯り、迷宮の闇に蛍の乱舞にも似た残像を残した。続いて、少女の身体が赤いオーラを帯び始める。
ソーニャはメイスの先を床に向け、その延長線上に、自分とホイエルを囲むサークルを脳裏に描いた。
「不浄なるものどもよ、退れ! 我が円は邪を拒むなり!」
朗々と宣る呪句が地下迷宮にこだました。
次の瞬間、床からソーニャを囲むように炎が吹き上がり、円状に燃える炎の壁を形作る。
そこに、勢い余ったミイラが頭から突っ込んだ。
ぼっ、と火が爆ぜた。
十万年もの間乾燥状態にあったミイラと、その身を包む織り布は、火口のように容易く発火した。
引火したミイラは、僅かな間に燃え崩れ、紙屑の本性を晒してすぐに燃え尽きた。骨も皮も、身につけた宝飾品も、新聞紙のように燃え上がり、灰となって宙に消えてゆく。
その光景に、ソーニャはここが『ネクロノミコン』の世界だということを改めて思い出した。
この世界で起きることは、すべては紙の上のことなのだ。
篝火に飛び込む羽虫のように、次々とミイラたちは炎の柱の中へと突進してゆく。火が、干からびた爬虫類に再度の死をもたらしていた。
「うるるわーわ!」
ホイエルの警告に、ソーニャは足元を見た。
床が燃えていた。
炎の壁の接地面が、マグカップの糸底の跡のように円を描いて燃えている。
「これ……ちょっと、まずいかも」
ソーニャは思わず半歩後退った。
「うるるーろ、ろうろう」
「ホイエル、ここは一旦––」
その瞬間、迷宮の底が抜けた。
炎によって丸く切り抜かれた石の床と共に、魔女と使い魔は漆黒の裂け目へと落下していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます