横たわるもの、死せざるもの
暴虐の風をやり過ごすため、ホイエルは、箱の陰にうずくまっていた。
凄まじい風が長毛をなぶり、見えない手で引き抜いてゆく。
傍には、彼の主人が同様に身を伏せている。
風にくるくると舞うゴーストが近くに漂ってきた。
ホイエルが鉤爪の生えた前足を繰り出して威嚇すると、ワニの幽霊はたじたじと後退する。地を這うもの、鱗のあるものなら何でも、彼の獲物だ。
しばしの間そのような小競り合いをするうちに、ホイエルはあることに気付いた。
ちょっかいをかけてくる幽霊とは別に、多くの幽霊がふらふらと宙を彷徨い、何かを探すかのように果てしなく並んだ棺を漂っている。そのうちの一匹が、くるりとつむじを巻いて棺の中へ飛び込んでいった。
ホイエルの顔に、深刻な影がさした。
不意に、風の圧力が減ったことに、ソーニャは気付いた。
体の周りで渦を巻いていた風が、追い払われたかのように消えた。
耳もとで唸っていた風が止み、墓所の静寂が甦った。
「……これで終わり?」
困惑しながら、ソーニャは前進を再開しようと歩を進めた。目指すは通路の奥、光なす戸口だ。
「ふなわーっ!」
灰色猫が警告の声を上げた。
「ホイエル?」
ソーニャの問いかけにかぶさって、ガシャン、とガラスの割れる音が響いた。その出所は、通路を埋め尽くした棺の一つだった。
上面のガラスが破り、尖った口吻が突き出している。
パリパリとガラスを押し割り、乾き切った身体がのたうちながらその姿を現した。
見に纏う、豪奢な織り布。金銀の装身具と、それらに埋め込まれた丸い宝玉。
ミイラは、ぎくしゃくした動きで首を巡らせ、聖所に忍び込んだ闖入者に空っぽの眼窩を向けた。
不倶戴天の類人猿の子孫を認めたのか、大きく顎を開き、半ば化石化した牙を剥き出しにした。それは幾永劫の後、ようやく巡ってきた復讐の機会を嘉しているかのようでもあった。
永遠に横たわっていられるものは……。
ソーニャの脳裏に、例の二行連句が過ぎった。
それはアルハザードから投げつけられた嘲弄のように少女には感じられた。
「……こんなの相手をしてる場合じゃないのに」
ソーニャの言葉にかぶさるように、さらにガラスを破る音が響いた。
ガチャン、ガチャン、ガチャン、と、その音は連なり、重なり合いながら、地下の空洞にこだました。
死すらも滅びる永劫の後、ゴーストたちはおのれの肉体を取り戻し、もはや死者は死者ではなかった。
棺から這い出したミイラたちが、ぎこちない動きでソーニャに向かって近づいてくる。
いったい、この通路全体に何体のミイラが保存されていたことだろう。
ソーニャは目の前に迫るミイラにむけて、武器を振り上げた。
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