這行性爬虫類

 果てしなく続く降下の後、魔女と使い魔は地の底に降り立った。

 そこには、真っ直ぐに続く幅広の通路が、待ち受けて居た。

 やはり天井は低いが、ソーニャが屈まずに歩ける程度の高さはある。

 少女は燃えるメイスを掲げ、先を見やる。

 通路は長く、目路のかぎりにまっすぐ続いている。

 その左右には、等間隔に、長方形のものが並んでいた。

 長辺150センチ、短辺は60センチほどか。

 磨き上げられた木目が黄金色に輝いている。

 透明な天板が、ガラスのなめらかさで光を反射した。

 それは、博物館で見る標本箱に酷似していた。

 ソーニャは箱には構わず、大股に通路を突き進むが、好奇心に駆られたホイエルはそのうちの一つにひょいと飛び乗った。中を覗き込んだ大猫は、シャーッと威嚇の声を上げた。

 それは棺だった。

 死者が、その中で眠っていた。

 色褪せかけた絢爛な布に巻かれ、その上から、光沢を持つ金属と貴石からなる装身具を身につけている。顔にあたる部分が剥き出しで、閉じた瞼が、干からびた眼球の上で落ち窪んでいる。乾燥して萎縮した唇が捲れ上がり、その下の鋭利な牙をのぞかせている。尖った鼻面に、コインを並べたような鱗。それはミイラだった。

 人間ではない、ワニに似た爬虫類のミイラだ。

 ホイエルは棺の上からピョンと飛び降りると、先を行くソーニャに追いつくと、そのふわふわ胴体を少女の膝に摺り寄せた。

「わーろー?」

「……あれは、大昔に住んでいた種族だよ」

 ソーニャは、棺に挟まれた通路を進みながら、言った。『ネクロノミコン』を読んだ彼女には、通路を埋め尽くす被葬者たちの正体をすでに知っていた。

 まだ、大陸が今とは違った姿をしていた時代。

 地上を支配していたのは、ワニに似た、地面を這い回る爬虫類種族であった。

 彼らは高度な文明を持ち、巨大な都市を築いた。彼らは科学と魔術を高度に発展させ、恐竜を家畜に我が物顔で暮らしていた。

 恐竜を滅ぼした隕石の衝突。大陸の移動に伴う気候変動。地殻変動などにも、彼らは辛抱強く耐えて命脈を保っていた。しかし結局は、新たな種族の勃興が彼らに止めをさした。

 人間が地上から彼らを駆逐したのだ。

 メイスの炎が揺らいだ。

 ソーニャは足を止めた。唇に風を感じる。

 うなじの毛が逆立った。

 思わず、柄を握った手に力が入った。

 ごぉ……ん。

 通路の奥から、左右の壁に反響して、重い金属音が響いて来た。

 梵鐘の音のようなそれに続き、闇の奥に、光点が生じた。

 光点がにじみのように広がり、三日月の形から半月、そして満月の形に変わってゆく。

 通路の突き当たりで、巨大な円形の扉が開いた。

 光満ちる戸口の前に、人型のシルエットが浮かんだ。

 豆粒ほどの大きさだが、アブドゥル・アルハザード以外の何者でもあり得ない。

「追いついた!」

 勢い込んで駆け出した瞬間、猛烈な突風がソーニャの身体を包んだ。

 身を切るような冷風が、迷宮の奥から吹き寄せて来る。

「こ……のぉ……!」

 ソーニャは身を屈めて、風に立ち向かう。

 ハリケーン並みの風が、ほとんど実体を持つかのごとく、少女の身体を階段の方へ押しやった。

 ただの風ではない。

 狂乱する風の中に、透き通った姿が踊るのが見えた。

 青白く、朧ながらも、その顔に浮かぶ凶暴な表情ははっきりと見て取れる。

 それは幽霊、それも爬虫類のゴーストだった。

 名もなき都市の先住者たちは、すでに肉体を失いながらも、スピリットとして存在を続けている。かれらは人間という種そのものを強く憎み、その接近を快く思わない。そして、機会があれば、かつてしていたように、この類人猿の子孫を八つ裂きにしてやろうと考えているのだ、とアルハザードは『ネクロノミコン』の中で論じている。

 渦巻く風は強く、舞い踊るゴーストたちはその姿を増やしていく。半実体のワニたちは、ソーニャの髪や手足を、引っ張った。非実体の鉤爪で掴み掛かり、聖なる墓所から招かれざるものを追い返そうとする。ゴーストの数は、通路の左右に並ぶミイラと同じだけ居るはずだ。

 風を相手に困難な戦いを繰り広げるソーニャを尻目に、アブドゥル・アルハザードは、床から蔵人を担ぎ上げ、光り輝く戸口へと姿を消してゆく。

「クロード!」

 血を吐くような少女の悲鳴を、狂乱する風が吹き飛ばした。

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