スペルバウンド

 ガタタタッ。

 洗濯機の立てた騒々しい音に、ベッドの下のソーニャは咄嗟に頭を上げ、ごちん、と頭をフレームにぶつけてしまった。

「くぅ……」

 ソーニャは頭を押さえてしばし悶絶した。

 ややあってから、ぶつけたところをさすりさすりベッドの下から這い出す。

「うぅ、たんこぶになっちゃうかも……」

 ペリドットの瞳に涙が浮かぶ。箪笥の上でホイエルが大きなあくびをした。

「……洗濯機、止まっちゃったかな」

 ソーニャの予想を補強するように、ギシギシと床板の軋む音が脱衣所の方へと移動するのが聞こえた。それに続き、脱衣所の扉の開け閉ての音が聞こえてくる。

 蔵人が対応してくれているようだ。

 その時、タンスの上でチルアウトしていたホイエルが、さっと立ち上がった。

「どうしたの、ホイエル……」

 この大猫は、人とは比べ物にならない鋭敏な感覚を持っている。相棒の様子に、ソーニャの胸中に不安が萌した。

「ふまーわう!」

「なにそれ、どういう」

 そう言いかけた時、蔵人の悲鳴が耳に届いた。

「クロード?」

 その声には、切迫した調子があった。ソーニャは考えるよりも早く駆け出した。襖を勢いよく開くと、短い廊下を飛ぶように駆け、脱衣所の扉を開いた。

「クロード、どうしたの!」

 脱衣所は無人だった。冷水を浴びせられたように、背筋を寒気が駆け上がる。ソーニャのうなじの毛が逆立った。

「クロード、どこに……?」

 ソーニャは呆然として、立ちすくんだ。

 洗濯機の前に、蔵人のスリッパが二つ、脱ぎ捨てられたように落ちている。

 飼い主の脚をかすめて脱衣所に入り込んだホイエルが、洗濯機の前でくるりと身体を巡らせると、前足でカッカッと砂をかくそぶりで注意を促した。少女は洗濯機を覗き込み、息を呑んだ。

「次元渦……?」

 渦を巻く亜空間が、ソーニャの目の前に広がっている。

 達人級の魔導士、中でも門にして鍵なる神ヨグ=ソトースにゆかりを持つ者は、空間に影響力を行使してこのような亜空間を作り出すことができるという。理論的には、洗濯機の中にもう一つの地球を作ることも不可能ではない。

 敵対的な魔術の行使だと確信し、ソーニャは拳を固く握りしめた。

「待っててクロード! いま助けるから!」

 ソーニャは躊躇わず、洗濯機の縁に手をかけた。

「なうわうわ、うわらーま」

 いきりたった若い魔女が、今すぐにも、何の準備もなく、待ち伏せ必至の亜空間に飛び込もうとしているのを見て、ホイエルは慌てて制止した。

「ふなーわわ、わうまおう……」

「引き止めないで!」

 言い募るホイエルを振り切って、ソーニャは次元の裂け目へと頭から飛び込んでいった。

「……うーるるる、わまうわ」

 あとに残された使い魔は、その顔にネコ科動物の表情筋に可能な限りの渋面を浮かべた。

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