洗濯槽に潜むもの

 ガタタタッ、という激しい音に続き、ピーピーという警告音が聞こえてきた。

 蔵人は皿洗いの手を止める。

「洗濯物、絡んじゃったかな……?」

 音の出所は、洗濯機以外にない。

 青年は蛇口を閉めると手を拭いて、玉のれんをじゃらりと潜り廊下に出た。廊下の板は五十年の歳月を閲して、鶯張りのようにキイキイと鳴くようになっている。この先も住み続けるなら、いずれリフォームしないといけなくなるだろう。いったい幾らかかることになるか、考えたくもないものだ……。

 脱衣所に入ると、洗濯機のランプが点滅していた。やはり洗濯物の偏りのようだ。

 この洗濯機も、この家と同じく親から受け継いだもので、すでに旧世代型に属する。まだまだ現役とはいえ、十回に一回くらいは、洗濯物どうしが絡みあって停止してしまう。買い替え時を過ぎているのは承知の上。問題は先立つものだ。とりあえず、現状は人手による解決でお茶を濁していた。

 一人暮らしで身についた習慣の力が、蔵人に洗濯機の蓋に手を掛けさせた。

 そこに入っているのは、自分の洗濯物ではなく、年頃の同居人の衣服なのだと気づいたのは、蓋を開いたのと同時だった。

 あ、いけない。

 そう思った次の瞬間、蔵人は深淵と相対していた。

「はえっ……?」

 思わず漏らした呟きが、星々の瞬く洗濯槽へと落ちてゆく。

 洗濯槽が、銀河のように渦を巻いている。

 蔵人は蓋を閉じた。

 何か今、変なものが見えたような気がしたが……。

 見間違いかどうか確かめるため、蔵人は再度扉を開いた。

 洗濯槽の中では、相変わらず、深淵が渦を巻いていた。

 ねじれた空間の中で、飴のように引き伸ばされた星屑が螺旋を描いて闇の奥へと飛び退ってゆく。

 蔵人は、突如発生した異状を魅入られたように見つめた。ぐるぐると、渦を巻いた模様に、眩暈がしてくる。

 あるいは渦巻には、なにか見るものに催眠的な効果をもたらす力があったのかもしれない。

 はっと気がついた時には、危険なほどに上半身を乗り出していた。

 スリッパを履いた両足が、脱衣所の床から離れる。

 バランスを崩した。

 次の瞬間、彼の上体はそのまま逆さまに洗濯槽の中に落ち込んでいた。

「うわーっ!」

 蔵人は悲鳴を上げながら、蔵人は次元の狭間へと果てしなく落下して行った。

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