二日目
死神とは
目が覚めた。既に夜は明けていたようだった。汚い壁に挟まれた曇り空が見える。視界いっぱいに広がる空を最後に見たのはいつだっただろう、とぼんやり思う。雄大な景色に興味があるわけではないが。
気だるげな空を隠すようにして一匹の獣が視界の端から頭を覗かせた。
「わん」
臭い息が顔に吹きかかる。
雨風にさらされ、すっかり元気が無くなった段ボールからゆっくりと起き上がる。間髪入れず、全身真っ黒の犬が胸に飛び込んできた。痩せ細った体からは想像もできない力強さで、少女は再び段ボールに押し戻された。
「ふふ、やめろ、臭い」
顔をしきりに舐め回され、笑みを漏らしながらも犬を優しく引き剥がす。胡座をかき、ポケットをまさぐる。
「スィーヤ、ほら」
「わふ」
昨夜回収した骨を見せると、犬――スィーヤは目を輝かせ、尻尾を激しく振った。
遠くまで投げると、彼は全速力でそれを追っていった。微笑みながら眺める。
「可愛いね」
聞き覚えのある少年の声に笑みが引っ込んだ。声は頭上から降ってきていた。
見上げると、死神が少女の真上で宙に浮きながら口元を緩ませていた。フードを被っていたが、位置関係から顔は見えた。その蒼い瞳は少女を射抜いていた。
「空から現れないと死ぬ呪いにでもかかってるのか、お前は」
「もう死んでるけどね。雰囲気づくりって大事でしょ?」
舌を出し、死神はウインクをしてみせた。「本当に来たんだな」と、少女は嫌味を隠さずに呟く。死神は少女の目の前に華麗に着地した。フードによって顔が見えなくなる。
「ワンちゃん? 飼ってるの?」
見ると、遠くでスィーヤが骨を咥えたところだった。
「さあな」
ぶっきらぼうに答える。死神は気を悪くした様子もなく、無邪気にスィーヤに駆け寄った。
「よ〜し、よしよし」
見慣れない怪しさ満点の男に撫でられ、一瞬硬直したスィーヤだったが、それもすぐに甘えた声を出した。少女は目を丸くする。
スィーヤは少女に良く懐いているが、その他には全く懐かなかった。誰に対しても牙を剥き出し、低く唸って威嚇するほどだ。それでも近づけば噛みつかれる。凶暴な野犬だと噂されているのも知っている。
少女自身、何故スィーヤが自分に懐いているか分からなかった。首輪がついていることから、昔の飼い主にでも似ていたのか、それとも他の理由か。
「わわ、ははは」
顔を舐められ、死神は笑顔を見せた。フードがめくれて金髪が露わになる。
「スィーヤ、骨はどうした?」
訊くと、スィーヤはこちらを向き、死神から離れて少女の前でおすわりをした。骨は持っていなかった。代わりに死神が骨を掲げ、「忘れてる」と声を上げる。
「全く」
顎を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。そして、一声鳴くと、何処かへ走り去ってしまった。
「あれ? 行っちゃったよ、いいの?」
「いつもああだ。また朝になったら来る」
微笑みながらスィーヤが去った道を眺めていると、横から視線を感じた。笑みを消し、ため息をつく。きっと腹立たしい顔でこちらを見ているのだろう。
何か言われる前に口を開く。
「で、訊きたいことは色々あるわけだが」
死神と向き合う。彼はフードを直していなかった。雰囲気がどうとか言っていた割には特に気にしていないらしい。死神という言葉とは似ても似つかない美形が少女をじっと見つめる。
「まず、死神ってなんだ?」
「え、そこから?」
拍子抜け、と肩を落とされる。
「うーん、何から説明するか……。まず、この世界には現世と常世があってね、現世は今君たちがいるところ。みんなが生きてる世界。で、常世っていうのはあの世。死後の世界。僕たち死神は常世の世界の者ね」
考える素振りを見せ、続きを話す。
「ま、常世も色々あってね、人手不足なんだ。だから、こうして現世の人間を常世に連れてきて人手を増やさなきゃならない。その仕事を課されたのが僕たち死神」
つまり、あの世で働かせるために少女の命を狙っている、ということだろうか。今の言いぶりだとそう取れる。
「たぶん、君が思っていることはそう間違ってないよ」
内心を見透かされ、不愉快が顔に出る。死神は気にせず先を進める。
「他にも現世と常世の人数関係で均衡がどーたらこーたらとかあるんだけど、実は僕もよく分かってないんだ。常世に来たのも死神になったのも最近だから」
他にも死神の仕事には、死んだ人間の魂の行き先をサポートするなどあるらしい。地獄に行くはずの魂を救ったり、その最もたる例は自殺だそうだ。地獄へ行くと常世で働けなくなるため、とかなんとか。
「つまり、俺は五日後――いや、あと四日か、その日に自殺すると?」
「どうだろうね、そうは言ってないと思うけど」
曖昧な返答にため息を返す。
「運命とやらが決まってるんじゃないのか?」
「魂を貰うっていう結末が決まってるだけで過程は知らされてないよ。そもそも過程を知ってたら未来を変えようとする輩も出てくるでしょ?」
「……そういうものなのか」
「そういうものだよ」
額に手を当て、頭を振った。あまりにも現実離れした話にどうにかなりそうだった。
(未来を変える、か)
彼の言う事を信じるのであれば、その行為自体は不可能ではないと取れる。上手くいけば少女が死ぬ未来も回避できるかもしれない。
「なんとかして過程を知れないか?」
「いやー、無理でしょ。無理無理。上司なら知ってるかもだけど、めっちゃ怖いんだよ。フードの中身が骸骨なんだよ」
そのタイプの死神の方がメジャーな気がするが。
「訊いてみろ。俺はまだ死にたくないんだよ」
「えー……というか、なんでそんな……」
死神が何か言い終える前に歩き出す。
「あ、待ってよ! えーと、骨ここに置いとくよ!」
数秒して死神が追いつく。彼は少女の横に並んだ。着いてくるのか、と気分が沈む。言葉にするとまた面倒になりそうだったので、口には出さなかった。もともと狭い道が余計狭く感じる。
こうして見ると死神は少女よりも頭一つ分身長が高かった。正確に測ったことはないが、少女も自身が身長が高い部類だと自負していたため、どこか負けた気がしてそっぽを向いた。
「何処行くの?」
「食い物探しに。お前も暇だろ、手伝え」
「死神使いが荒い!」
「どうせ着いてくるだけだろ」
「はいはーい、分かりましたよ」
何がどうあろうと使えるものはすべて使う。スラムで学んだことだ。
俺に捧げる物語。 しろすけ @shirosuke0000
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