19話「少女は体を差し出すことを決意ス」

 美味しいステーキと果実酒を堪能したあと早々に酒場から出ようとしたのだが、それを食い入るようにヒヨリという女性が手を伸ばして止めに入ると、その光景は他の客達の注目を浴びるには充分なようで変に目立つことになると、俺としては自身の素性が明るみになる事の方が不利益だとして考えると、本当に不本意だが再び彼女と対面するように席へと腰を落ち着かせることとなった。


 そして自分が何か悪いことをしてこんな不遇な目に遭わされているではと思えてしまうと、前世や日頃の行いを一つずつ思い出して悔い改めていくのだが、それも数分間ぐらい行うと一通り終えてしまいやることがなくなる。


 けれど俺とヒヨリの間には無言の壁が出現していて、この席は今や静寂という雰囲気に包まれている状態だ。しかも一つだけ気になることがあるのだが、それは先程まで話を聞いてくれなどとあれほど色々と叫び散らかしていた彼女が今や口を固く閉じて一言も喋る素振りを見せないことだ。


 一体なにを考えているのかは分からないが、


「なぜそんなにも俺とパーティーを組みたがる?」


 静寂を破る為に敢えてヒヨリへと根本を探る質問を投げ掛けることにした。

 まあ当然の如く嫌々ではあるがな。だがこの状況下では致し方ないことであろう。


 なんせ先程の一件でこの席は他の客から注目の的であり、互いに何かを話していないと逆に怪しまれることとなる。


「そ、それは言えない……。手を貸してくれと頼んでおいて本当に申し訳ないと思うが今は言えないのだ。ただ私にはとある目的があり、それを成し遂げる為には貴方の力が絶対に必要なのだ! だからどうか頼む!」


 するとヒヨリはそれだけ強く言い切ると勢いよく頭を下げて、机の上に自らの額をぶつけると共に大きく机を揺らしていた。


「ほう? 理由も言えずにただ力を貸して欲しいとは、これまた随分と傲慢な言い分だな」


 机の上へと両肘を乗せて揺れを押さえ込むと同時に手を組みながら返す。

 

「っ……」


 それに対して彼女は痛いところを突かれたとして、唇を噛み締めては苦悶とした表情を浮かべて無言の姿勢を貫いていた。恐らくこのままヒヨリに何も話し掛けなければ、この席は再び静寂へと逆戻りとなるだろう。

 

 そんな空気感が大いに感じ取れて仕方のない現状だ。

 しかしこのまま時間だけが悪戯に過ぎていくのは得策ではないとして、


「……はぁ。ならば一つだけお前に問おう。仮に力を貸したとして、お前は俺にどんな報酬を払える?」


 ため息を吐いてから人差し指を立たせると手を貸した場合の利益を尋ねることにした。

 自分の目的すらも話せないのであれば最低限、力を貸し与えた場合の報酬は話して貰わないと困る。幾ら貴族生まれだとしても善人なボランティア精神は生憎と持ち合わせていないのでね。


「報酬か……ならば私を……私の全てを貴方に渡す。だから頼む、どうかクロックフォードの力を貸してくれ」


 そう言いながら自身の胸に握り拳を力強く当てるとヒヨリは真剣な表情を向けてきた。


「それが今、お前に出せる最高の宝か?」


 気になる事はたたあれど今は彼女の言葉に嘘偽りがないかを確認する方のが優先される。

 

「最高の宝? ……あ、ああそうだ! 目的を果たせるのならば、この身の全てを貴方に捧げる所存だ!」


 最初こそ俺の言葉の意味が理解できていない様子の彼女だが、そのあと直ぐに確認という真意に気が付いたのか喉を震わせながら言うと、それは恐怖感から起こるものではなく何としてでも、協力が得たいが故に興奮で声が震えているのだろうと見ていて分かる。


「…………」


 ヒヨリからの答えを聞いて口を閉ざすと、視線だけは逸らさずに依然として向ける。

 

「くっ……! 女性としての尊厳や権利、全てを渡すのだ! 男としてこれ以上の宝は他にないだろう!」


 すると彼女は何か勘違いを起こしたのか表情を急に切迫したものへと変えると、机の上に両手を乗せて身を乗り出しては鼻先が触れそうなほどに顔を接近させてきた。


 だがそれは彼女の中で生まれた価値観ゆえの話であり、俺からしてみれば女性というのは他の宝と比べても随分と値打ちが低い存在であるのだ。まあ平たく言うのであれば金や銀を使用したアンティーク品の方がまだ価値があるということ。


 しかし同時に勘違いを起こして欲しくないのだが、これは決して女性を差別しているわけではない。ただ単純に俺がそういう物事を財宝などの基準で考えてしまうだけのことであるのだ。


「お前が現状で出せる宝がそれのみであるならば、それだけで一向に構わない。……よし、いいだろう。今回の遺跡調査において特別に手を組んでやる」


 肘を付きながら組んでいた手を解くと契約成立の意味を込めて右手をヒヨリの元へと差し出したのだが、当の本人は突然の出来事に頭の理解が追いついていないのか呆気に取られたように目を点にさせていて握手のことにまるで気が付いていない。


 けれどこれは完全に俺の気まぐれ……という訳ではないのだが向こうが自らの宝を差し出してまで協力を得たいというのならば吝かではないのだ。

 なんせこっちは生まれながらの生粋のトレジャーハンター様だ。


 ただで他人に協力することは無駄な労力として絶対にやりたくはないのだが、相手が宝を報酬として渡す約束をしたならば受ける気持ちも湧くというもの。例えそれがどんな宝だとしてもだ。


 そもそも宝というのは自分や相手から見て何ものにも代え難い物の事を言い、それは仮に道端に転がる何の変哲もない石だとしても相手がそれを宝と認識して大事にしていれば、それは俺からしても充分に価値のある宝となるのだ。


「ほ、本当か!? 嘘は駄目だぞ! 男が一度言ったことは簡単に取り消せないからなっ!」

 

 漸く意識が追いついたようで彼女は数回瞬きをしたあと再度確認をするように執拗に聞いてくると、胸元あたりで小さく握り拳が作られていて相当に嬉しいのだろうという感情が垣間見えるようである。

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