18話「武士の女性は何を狙う」

 油分多めの肉を空の胃に放り込む勢いで食していくと、やはり一番最初に飲んだ果実酒との相性は抜群であり、我ながら賢い選択をしたと言わざる他なく、久々に充実した食事が取れたとして精神の安定化を図ることができた。


 そしてそのまま愉快な気分で料理を食べ進めていくと、


「なんだ? 俺の顔がそんなに珍しいのか?」


 ヒヨリが再び視線を向けてきてステーキを咀嚼しながら尋ねた。


「まあ珍しいだろうな。トレジャーハンター界隈でクロックフォードの名を知らない者はいないからな」


 するとヒヨリの中では既に断固たる意識が感じられるとほどに、俺のことをクロックフォードの人間として認識しているようである。しかしここまで一度決めたら頑なに考えを変えない女子は何気に始めて会う気がするのだ。女怪盗の幼馴染ですらもっと柔軟な頭をしているというのに。


「あのなぁ……人の顔を見ながらその名を呼ぶな。それにそもそもの話だが、なぜ俺をクロックフォードの人間だと決め付ける?」


 一度でも視線を気にしてしまうと変に食欲が抑えられてしまい、取り敢えず果実酒を飲んで軽く一息つくとナイフとフォークを置いて真剣な声色で尋ねてみた。


「ははっ、簡単なことだ。貴方がテラン語を読める人だからだ」


 一つの間を空けてからヒヨリは笑みを僅かに見せて答えていたが、幾らなんでもそれだけでは確証に足らないのではないだろうかと疑問に思える。


「それだけでか? もっとなにか確たる証拠とかはないのか?」


 湧いた疑問はやがて質問へと変化すると再び尋ねていた。


「ふむ、そうだな……。強いて言うのならばこの状況こそが証拠とでも言っておこう」


 そしてヒヨリは流暢な口調でそう言うと、もはやそれは理由という形にすら成していない言葉であった。


 しかしそれでも当の本人は俺のことをクロックフォード家の人間として信じて疑わない様子であり、これは本当に厄介な女性と出くわしてしまい気分が下り坂のように沈んでいくようで仕方がない。まさに人生初めてストーカーという部類の人間に遭遇した気分に近いものを感じる。


「はぁ……。んで? お前が俺に接触してきた理由はなんだ? ただの興味本位で話しかけてきた訳じゃないんだろ?」


 大きく溜息を吐きつつ要件を尋ねたとしても決して、自身のことをクロックフォード家の人間として認めてはいけない。なんせ今ここで自身の素性を認めるとなると、厄介事に見舞われることは火を見るよりも明らかなことだからだ。


「無論だとも。……というのも実は貴方と同じくトレジャーハンターとして今回の遺跡調査に私は志願しているのだ」


 自身がトレジャーハンターとして参加していることを唐突にも宣言するようにヒヨリは言うと、それは俺としては意外と衝撃的な言葉であり素直に驚愕という反応を見せる他ない。


 何故なら彼女の腰には刀が携えられているのだ。

 つまり誰がどう見ても、ここは冒険者だと言われた方がまだ違和感が少ないだろう。

 

 しかし何か訳ありなのかと純粋に疑問が湧いてしまうと尋ねずには要られない。

 というかこっちは答えたくもない質問に付き合わされたのだ。

 ならばこちら側から質問しても一応は筋が通るはずだろう。


「その身なりでトレジャーハンターか? 俺はてっきり魔物退治の方かと思ったぞ」


 そう言い終えると腰に携えられている立派な刀に視線をさり気なく向ける。


「まあな。だけど……それよりも大事な話があるんだ。聞いてはくれないか?」


 するとヒヨリは途端に真剣な声色を出すと共に表情を引き締めて言うと、俺が素性を探ろうとしたことに気が付いたのか急に話題を変えてきた。しかも大事な話という言葉を添えることで緊急性を主張してだ。


 そして時を見計らうようにして再び胃がステーキを求めてくると、徐にフォークを手に取り肉へと刺して口元へと運ぶのだが――


「お前はあれだな。一人で騒がしいタイプの人間だな。……だがまあいいだろう。俺が食事を終えるまでは話を聞いといてやる。一方的に話せ」


 頬張る直前にそう告げてからステーキを口の中へと入れて食事を再開させると、念入りな咀嚼をして肉の香ばしい風味と噛み締めるごとに溢れ出てくる肉汁を堪能する。

 それからヒヨリは僅かに嬉しそうな表情を見せると直ぐに大事な話とやらを語り始めたのだが、


「実はだな。今回の遺跡調査において私と手を組んではくれないだろうか?」


 彼女は自身の胸に手を当てながら唐突にもパーティー勧誘の誘いの言葉を口にしていた。


「嫌だね。お前と手を組む理由は無いしメリットもない。っつーことで話はこれで終わりだな」


 最後の肉を食べ終えて果実酒で油膜の張る喉を潤し机の上にグラスを置くと、それだけ明確に伝えてから話を終わらせて早々に酒場から立ち去ろうと席を立つ。

 だがそうすると対面からは透かさずヒヨリが手を伸ばして腕を掴んでくると、


「ま、待ってくれ! 一生のお願いだ! 私と手を組んでくれ頼む!」


 そのまま引き止めるようにして再びパーティー勧誘の言葉を叫ぶようにして言う。

 しかしその言葉は先程のよりも声量が遥かに大きく、周りの客達の視線が一斉に俺の元へと向けられた。


「……っ!」


 さらにここで一番危惧すべきことは同業者達の視線に晒されているという点にあり、ここで自らの素性が明かされることが何よりも危険なことであるのだ。


 ならばここは多少面倒ではあるが一旦場を落ち着かせる為にも彼女の手を振り払い、再び席へと腰を落ち着かせて酒場内の沈静化を図るしかあるまい。

 現状でこれ以上ことを荒げない方法としては、これが一番有効的な手段であろう。


 本当に厄介なことこの上ない女性に目を付けられたとして気分が底なし沼に沈むように永遠と落ち続けていくと、自分はなにか悪いことでもしたのだろうかと日頃の行いや前世の所業を改めて思い返してしまうぐらいである。

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