16話「東の国の女性は武士である」

 無事に遺跡調査の契約が成立するとジョン・ドウは優雅な立ち振る舞いで酒場を出て行くが、残された冒険者やトレジャーハンター達は皆軒並み自分の席へと再び腰を落ち着かせてウェイトレスに料理や酒やらを注文していた。


 そして俺も残りの果実酒を堪能するべく席へと戻り腰を落ち着かせたのだが、厨房の方から肉の焼ける香ばしい匂いが酒場内に漂い始めると、それを嗅いだ瞬間に自然と腹の鐘が高らかに鳴り響き、急激な空腹感に襲われてしまい――――


「へい! ウェイトレスさん! 俺のテーブルにもステーキを一皿頼む!」


 ついつい右手を大きく挙げてウェイトレスさんにステーキを注文してしまうのだが、そこに一切の後悔や戸惑いなのは存在していない。何故なら空腹の胃の状態でこんなにも食欲を唆られる匂いを堪能させられたら、それに抗う術は今の俺にはないからだ。


 というよりこれは俺に限らずとも皆そうではないだろうか。

 滅茶苦茶、空腹の状態で香ばしくも焼かれた肉を目の前に出される。

 これほど性を実感できて尚且つ、幸福な獣になれることは早々にないだろう。


 まあ要約して言うのであれば一番の空腹時に、焼いた肉を直ぐに食えることは幸せだということだ。さて、如何に無駄なく肉を食べられるか今から頭の中で練習しておくとするか。

 ここで焦りを見せて変な食べ方となり、動物性油にやられては悲しい結果となるからな。


「うーむ、やはり外側から攻めるべきか……。いや、ここは敢えてのサイコロ作戦――――ん? なんだ?」


 肉を余すことなく綺麗に全て食べる方法を脳内で練習していると、ふと横の席から妙な視線を向けられていることに気が付いた。


 一体なにをそんなにも視線を一点にさせて俺の元へと向けてくるのかと普通に疑問なのだが、取り敢えず現状としては話しかけてくるような素振りは一切ないことから、今は無視して練習を再開させつつ料理が運ばれてくるのを心を落ち着かせて待つのみだ。


 ――それから三分ぐらいが容易に経過して脳内の練習も終わりを迎えると、肉を食べる最高の状態となるのだが依然として料理が運ばれてくる気配はなく、机の上を指でリズミカルに叩いて暇を潰している最中だ。


 しかし料理が運ばれて来る前に横の席から突如として椅子を引きずるような音が聞こえてくると、ついつい何気なく視線を音のする方へと向けてしまうのだが、どうやら先程から親の仇のように俺の元へと顔を向けていた人物が席から腰を上げたようである。


「ふむ、これで安心して食事に集中できるな」


 漸く変な視線の圧力から解放されて自由な食事が行えると思うと気分が楽になる。


「さてさて、あとは主役のステーキちゃんが来てさえくれれば文句な――――っ!?」


 両手をすり合わせて後は料理が運ばれて来るのを待つのみとなるのだが、それは大きな間違いである可能性が急にでてきて言葉が途中で驚愕のものへと変化して止まる。


 何故なら視界の真ん中には先程椅子を引きずりつつ席を立ち上がり、あたかも酒場を出ようとする雰囲気を出していた人物が何故か一直線に、しかも一点の迷いすらもなく最短距離で俺の席へと近付いてきている光景が映り込んだからだ。


 そして咄嗟の出来事ゆえに顔を反対側へと逸らして絡まれないようにしてみるが、段々と足音が席へと近付いてくるのは決して幻聴とかではなくしっかりと聞こえる。

 ……やがてその足音が俺の席のすぐ傍で止まると、


「んんっ、突然で申し訳ないが貴方はクロックフォード家の人間か?」


 軽い咳払いをしたあと彼女は一族の名前を口にして尋ねてきた。

 だがしかし、その言葉を聞いた瞬間に驚きという感情よりも先に全身が一気に極度の緊張感へと包まれた。

 

 なんせ初対面の女性からいきなりクロックフォードという家名を言い当てられたからだ。

 一体どんな目的を抱いて接触してきたかは分からないが、取り敢えずここは下手に事を荒げない為にも大人の対応をするべきだろう。


 その理由としてはこの酒場にはまだ他のトレジャーハンター達が多く居るからだ。

 つまりそれは今ここで自らの情報を不用意に公開するべきではないという意味。

 現状は同じ遺跡を調査する仮の仲間だとしても、仕事を終えれば同業者という名の敵同士となりえるのだ。


 だけど改めて思うが初対面でいきなり、あの発言は本当に肝が冷えて仕方がない。

 仮に現代日本で普通にあれをすれば軽く事件にすら発展することだろう。うん、間違いない。


「ああ、よく言われるが違うぞ。俺はただの流離いのトレジャーハンターだ。だからクロックフォード家の人間とは縁もゆかりもない」


 それから色々と思案を重ねたあと顔を女性へと向けて返事をすると、早々に話を終わらせたい意思を伝える為にも若干口調を強めることとした。


 しかし目の前に立つ女性にしっかりと視線を向けたことで改めて容姿を視界全体に収めることになるのだが、彼女はここらでは珍しい濡羽色の長髪をしていて、その長い髪は白色の布を使い綺麗に後ろ側で纏められていた。


 さらに彼女が身に付けている服装が如何にも和服という感じの物であり、ほとんど武士みたいな格好をしているのだ。実際に女性が袴を履いている姿は初めて見た気がするほどである。

 これはもしかしたら逆に日本ではあまり見られない光景ではないだろうか。


 そして元日本人の俺からしてみればその姿はまるで古き良き日本人を表しているように見えるのだが、想像以上に感動という感情が湧いてくることはなく多分だが彼女はこの世界の東の国出身なのだろうと普通に考えられた。


 そう、この世界には日本と瓜二つの国が存在していて、それが通称【東の国】であり正式名所は【日出ずる国】と呼ばれているのだ。まあこの知識については一族の英才教育を受けている時に、ついで感覚で覚えさせられたことだけどな。


 だが彼女は見た目だけなら東の国の者と分かるのだが、如何せん気になることに瞳だけは紫色をしていてこちら側の国の血を引いていることが分かる。


 とどのつまりこの女性はハーフということだろう。

 どちらかの親が東の国の者で、もう片方の親がこちら側の国の者ということ。

 けれど服装を見るに育ちは東の国ということで間違いはなさそうだ。

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