7話「変装スキルは万能」

 魔道具型の腕時計で現在時刻を確認したあと視線を再び勇者一行の元へと向けるが、現状の彼らの酔い具合を見ればこれならばもしかしたら直ぐにでも宿屋へと向かい、寝落ちするの可能性があるのではないかと期待に胸が膨らんでしまう。


 何故ならそうすれば下手に夜まで待つ必要がないからだ。

 俺は欲しい物が目の前にあると、その日のうちに手に入れたい性格なのでな。


 それと一応作戦の概要としては睡眠剤入の酒を飲んだ勇者一行が、宿屋で乱交パーティーを開催させて疲れ果て寝たところで俺が部屋に侵入して、例の二つの神器を返して貰うという作戦なのだ。ここで大事なのは、あくまでも返して貰うという点にある。


 仮に盗むや奪うだと幼馴染のような怪盗になってしまうので絶対に駄目なのだ。

 だが別に幼馴染のことを否定している訳ではないのだ。

 あくまでも俺はトレジャーハンターを生業としているからだ。


「お、動き出したな。頼むからこのまま宿屋直行で頼むぞぉ。寄り道なんかするなよ絶対にな!」


 そうこう考えている間に視界の真ん中に映る勇者一行が動き出したようで、自分自身の足音に注意しつつ一行の後を付いて歩いていく。

 まあ流石にあれだけ酔いしれていれば気配に敏感なシーラでも、気づくことはないだろうと思いたい。


 ――それから勇者一行を尾行して十分ほど歩くと、やはり予想していた通りに一行は一目散に宿屋へと足を進めていたらしい。

 なんせ今まさに俺の目と鼻の先には大きく宿屋と書かれた看板が掲げられているのだ。


「おぉ、ここまで想定通りに事が運ぶと何だが不気味だが……まあ問題はないだろう」


 宿屋の看板を見上げながらそんなことを呟くと、自分の考えがここまで順よく進んでいくとに奇妙な恐怖感が込み上げるが、それでも予定通りに事が進んでいるのなら好都合だとして感情を押しとどめる。


 それから目の前で勇者一行が何の躊躇もなく宿屋へと足を踏み入れていく所を確認すると、俺も遅れてはならないとして宿屋へと入る為に小走りで建物へと近づいていく。

 

「うっし、あとはゴドウィン達が部屋を取ってからだな」


 スキル気配断絶を解除して宿屋の扉へと張り付いて中の様子を伺うことにすると、運が良い事とにこの宿屋の扉には窓ガラスが嵌め込まれていて中の様子が見やすいのだ。これは本当にこちら側としては有難いことであり、全ての運要素が俺の見方をしていることを実感する。


 つまり運命はこう囁いているのだ。エクスカリバーとイージスはソロモン=クロックフォードの手のうちにあるべきだと。ならばその運命に従うべく行動するほか道は残されていない。


「あとは適当に変装して宿屋に潜り込むだけだな」


 勇者一行が店主と話を終えて二階へと上がっていく姿を確認すると、すかさず指を鳴らしてスキル変装を発動させると適当な男の姿へと見た目を変えた。

 もちろんだがその際に発声練習と自らの顔を確認することを怠ってはいけない。


「うむうむ、完璧な変装だな。よっし、そろそろ行くとするか」


 自らの頬を引っ張りながら感触を確認して声質も確かめると全ての準備は整い、扉に手を当ててゆっくりと開けるとそのまま宿屋の中へと上がり込む。


「いらっしゃい! 泊まりかい? それとも休憩かい?」


 すると店主は光の速さで視線を合わせてくると共に、それは彼の決まり文句なのだろうか早口でどちらを利用するのかと尋ねてきた。

 しかしこちらとしては今回は利用する目的はないので、


「あ、ああすまない。この宿に友達が忘れ物をしてね。今日はそれを取りに来ただけなんだ」


 申し訳ない感じを出す為に右手を僅かに前へと出して困り顔を意識させた。


「おっと、そうなのかい? じゃあ今度来る時はその友達と一緒に利用してくれよな! がははっ!」


 両手を腰に当てながら何とも豪快な笑い声を上げる店主だが、忘れ物を取りに来たという説明を聞いて快く二階へと上がることを許可してくれた。


 こちらこそまたこの街に立ち寄る機会があれば、是非この宿を利用させて貰うことにする。

 こういう恩は決して忘れてはいけないのだ。

 必ずいつか返す時があり、それは今後の為になり得るからだ。


「ああ、そうするよ。だけどその時はサービスしてくれよな」


 感謝の言葉を送ると店主は白い歯を見せて豪快に笑みを浮かべて返していたが、特に何も言い返してこないことから次回のサービスは期待出来そうにない。

 そして勇者一行から神器を返して貰うために二階へと足を運ばせていくと、


「うーん、奴らは一体どこの部屋を使っているんだ?」


 少しだけ厄介な問題ごとが生じることとなった。ずはりそれはゴドウィン達がどの部屋を利用しているかということだ。ちなみに言うとこの宿屋は建物全体がそこそこ大きく、一見しただけで二階の部屋数は十室ほどあるのだ。


「ふぅむ、これは全ての部屋を一個一個見ていくしか手はないか……はぁ」


 面倒な事だとして溜息が漏れ出ていくと虱潰しに、全ての部屋を見ていくというアナログ手法を取ることにした。というか現状でそれ以外の案が浮かぶことはない。

 まあ幼馴染であれば怪盗スキルを駆使して、こういう状況も難なく乗り切れるだろうけどな。


「今度屋敷に帰ったら、また幼馴染に便利スキルを教わらないとな。……まあ教えて貰う代わりにこっちは盗みを手伝わされる羽目になるけど。……あぁ、やれやれ」


 幼馴染の事を思いながら肩を竦めると小言を吐きつつも、勇者一行の部屋を探すべく一室ずつ確認していく作業を始めるのであった。

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