6話「勇者一行、薬を盛られる」
市販では売られていない強力な睡眠剤を酒に溶かし入れると、さっそく薬入の酒を楽しんで貰うために勇者一行の元へと足を進ませ始めた。
ちゃんと無味無臭の物を選んであることから、まず気づかれることはないと思われる。
しかし仮に味にうるさい奴がこの酒を口にすれば気づかれる可能性は充分にあるだろうが、あの一行の中には美食家がいないことから恐らく大丈夫であろう。
どうせアイツらの舌なんぞ美味しい肉とそこら辺の雑草を一緒に焼いて出しても『これは高級な和え物だね』とか何とか知ったかぶりを披露しながら雑草をむしゃむしゃ食べるだろうしな。
つまり俺の言いたいことは前提の素材が良ければ何かを加えても騙し通せるということだ。
ああ、それと言い忘れていたがなぜ睡眠剤を持ち歩いているかに関しては秘密だ。
まあ悪いことに使うわけじゃないから安心してくれ。ちゃんと道徳の範囲内で収めるつもりだ。
――それから勇者一行の座る席へと近付くと、
「ふふっ、そう言えばソロモンがパーティーから追い出されて去る時の顔見ました?」
エミーリアの声で嫌味が込められていそうな言葉が突如として聞こえてきた。
「ああ見たぞ。確かにあれは見物だったな」
「あははっ! あれほど惨めな者は早々居ませんよ!」
するとそれに反応するかのようにシーラとレギーナが笑い声を上げる。
そして最後に勇者一行のリーダー役でもあるゴドウィンが口を開くと、
「まあまあ、そんなに笑うなって。所詮は宝探しとかいう子供じみた能力しか持っていない負け犬野郎なんだからさ。はははっ!」
女性たちに落ち着くように言うが奴も思う存分人の事を貶すと盛大な笑い声を上げて机を叩いていた。
「ええ、そうですね」
「間違いありません!」
「ただのお荷物男だったからな」
そのあと女性たちは同時にゴドウィンを肯定するような言葉を口にしていた。
本当にこのパーティーは魔王を倒して世界を救えるのだろうか。
その前に自分自身の醜さに気づいた方がいいと思うのだが……まあそれは俺が一々気にするところではないな。どうせいつかは綻びが生じて世間にその醜態が晒される時がくるだろうしな。
世間は意外と自分たちのことを見ているという事を忘れないほうがいい。
そして俺は静かに深呼吸を繰り返すと酒を勇者一行へとぶっかけようとする衝動を押さえ込み、作戦を続行する為にも一行の席へと更に近づいてウェイターとして声を掛ける。
「お待たせ致しました。当店自慢の果実ワインとなります」
そう適当な事を言いながら酒を全員の前へと置いて一礼するが誰ひとりとして俺に視線を向けてくる者はおらず、全員が酒の方へと視線を向けていることからコイツらの中では店員よりも酒の方がよほど価値の高い存在なのだろう。
まったく……日本でもお客は神様とはよく言ったものだが、運んできて貰ったのならば最低限お礼ぐらいは言うべきだろうに。こっちはお前らの奴隷じゃねぇっつうの。
だけど勇者一行は酒を見ても誰ひとりとして疑う素振りを見せてないことから、第一の関門とも言える見た目は乗り越えたということで間違いないだろう。
その様子を確認したあと怪しまれないうちに席を離れることにした。
「ふぅー……ここなら誰にも見られないし、下手に気づかれることはないだろ」
酒場内の物陰へと身を潜めて勇者一行の様子を伺うことにすると、自分自身思うのだがこれは新手のストーカーか良くて探偵みたいな真似事をしているようで気分が滅入る。
こっちはトレジャーハンターという職業を掲げているにも関わらず、こんなことを最初にしなければならないのだからな。こんな姿ご先祖様に見られようものなら、そのまま冥府に引き込まれること間違いない。
本当にごめんなさい。全ては勇者一行が悪いので、どうか俺にお力を貸して下さいっと。
ご先祖様に力を貸してくれるように頼み込むとそのあと直ぐに、勇者一行がグラスを手にして乾杯をすると全員が同時に睡眠剤入の酒を口にしていた。
「うっし! これで殆ど作戦は成功したと言っても過言ではないな!」
その光景を見ていると自然と握り拳に力が入り込むが、これであとは夜になるまで勇者一行の行動を監視するだけだとして、物陰から出るとそのまま酒場を出て行く。
そしてスキル変装を解除すると同時に再び気配断絶のスキルを発動させると、一行が酒場から出てくるまで店の傍で待機することにした。
ここからは俺の魔力が持つ限り気配断絶を維持することになるが、可能であれば早めに一行が酒場から出てきてくれることを願うばかりだ。
ちなみにスキル気配断絶を使用した理由としては、こうすることで周りの人から怪しまれないようにする為だ。
なんせここから数時間は軽く店の近くで待機することになる。ならば当然怪しまれることは必須であり、なんらかの対処法は必要となるだろう。
けれどスキルを何度も発動させたりすると、それと共に魔力を消費することから、一日で使える回数は限られているのだ。だからあまり乱雑な使い方はしたくないというのが本音である。
……とまあそんな事を考えつつ現実逃避をして三時間ほどがあっという間に経過すると、
「おっ、漸く酒場から出てきたな。ったく随分と待たせやがって」
酒場から勇者一行が出てくる姿を確認することができた。しかし見るからに連中はあれ以降も酒を浴びるように飲み続けていたようで、全員が相当に酔い状態だということが確認できる。
左右に体を揺らしながら歩くゴドウィンの姿の他にも、顔全体が蒼白していて今にも吐きそうな雰囲気を醸し出しているレギーナ。
それに先程から何処か遠くを見つめて呆然としているエミーリアに、顔を真っ赤に染め上げて今にも眠りに落ちそうなシーラ。
これだけ見ると睡眠剤入の酒を出すまでもなかったかも知れないが、念には念をという言葉があるぐらいだからこれぐらいがちょうどいいのかも知れない。
それから左腕を僅かに上げて袖をずらすと魔道具の一つでもある、腕時計で時刻を確認すると現在時は十五時であることが分かった。
そして余談なのだが腕時計型の魔道具は装着者の魔力を動力源としているのだ。
これは中々に便利なもので一般人の極わずかな魔力量でもちゃんと使える優れものである。
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