第2話 盗賊、色々飲み込む。


「うえっぷ……」


 俺はロンテルの街の冒険者ギルドにいて、その大広間で自棄酒を呷っている最中だった。


 とはいっても、そんなにゴクゴク飲めるわけじゃないけどな。


 俺はおっさんなのに下戸なんだ。なので、普段付き合いで酒を飲まされるときはアルコールのみを盗み、それを捨ててから飲むようにしている。


 アルコールなんかどうやって盗むのかって? 盗賊だって少しは魔力を持ってるから、それを最大限に生かしてるってわけだ。アルコールの特徴を意識して、それを一気に吸い上げるような感覚だ。


 ただ、こういうどうしようもないときくらいは酔わないとやってられないと思って、それで無理してアルコールも盗まずに飲んでいる。


 ワドルたちに追放されたことで、それまでの思い出が蘇ってきて、それをなるべく早く忘れたかったっていうのもある。


 ……無念だ。盗賊として淡々とこなしてきた俺の役割を、彼らが少しでも理解してくれてるとは思えなかった。


 俺の今までの努力は一体なんだったんだろうな……。


 その上、パーティーに入ってから自分がボスモンスターから盗んだレアアイテムは、全部彼らに渡したのにこの扱い。


 ふざけるなと怒声を上げたくなるし、恨みたくもなるが怒りをグッと堪える。


 相手を憎むだけじゃ却って前へ進めなくなるからな。酒と一緒に呑んでしまうしかない。


 ……しかし、これからどうしようかな。


 酔い潰れるまで飲んだら、冒険者を辞めようか真剣に考えている。


 そうだな……故郷の村で農作業でもしてのんびり暮らすのもありかもしれない。


 冒険者への未練がまったくないといえば嘘になるが、その上で俺が辞めようと思うのも、ただ単に追放されてショックだからっていうだけじゃない。


 最近、ロンテルの街では冒険者を狙った殺人事件が頻発している。


【私は盗賊だ。愚かな冒険者の命を盗んだ】という血文字が現場に残されているのが特徴だ。


 それによって、盗賊というジョブに対する見方が厳しくなっているんだ。ただでさえ、このジョブは名称的にもただの泥棒だと思われかねないしな。


 もちろん、盗賊にしかできないことは沢山あるわけで、パーティーで必須なことは間違いない。


 なので、この事件がすぐ盗賊排斥運動に繋がるかっていえばそうじゃないが、俺みたいな末端の盗賊には死活問題だ。


 俺はS級パーティーに所属していた盗賊とはいえ、無能だから追放されたっていう噂はすぐに広がるだろう。


 偏見がさらなる偏見を生み出すような状況だし、簡単に仲間が見つかるとは思えない。


 それに、新しいパーティーに入れたとして、また肩身の狭い思いをするのも御免だからな。


「……」


 ん、なんか背中に視線を感じると思ったら、俺のほうをじっと見ている人物がいた。


 スライムを象った青い帽子を被り、真っ白な法衣を身に纏っている。おそらく回復術師だろう。


 もしかしたら俺の近くに誰かがいて、そいつを見てるんじゃないかと思って周りを見渡すも、こっちには俺以外誰もいなかった。


 ってことは、俺に何か用事でもあるんだろうか。俺みたいな飲んだくれの盗賊を見て、目障りだって思ってるのかもな。


 ん、近づいてくる。抗議してくるつもりなのか。


「あ、あの、元S級パーティーの、ルファンさんですよね?」


「……ああ。そうだが、俺が何か気に入らないことでもしたかな?」


「い、いえ、そんなことはありません! あの、わたしの名前はユユといいます。どうか、わたしたちのパーティーに入ってくださりませんか?」


「え……」


 まさかの勧誘。だが、これはパーティーに誘うと見せかけて冷やかしかもしれない。


「何故俺を誘う? 俺が無能だから追放されたと噂になっているのは、あんたも知ってるだろう?」


「はい、知ってます。でも、それはS級パーティーの基準ですよね? 初心者の私たちにとっては憧れの人たちでしたから。こうしてお話できるのも、夢みたいなんです」


「なるほど、それでか」


「は、はい。なので、どうかご了承くださいませ!」


「……」


 この子、かなり強めに目を瞑ってるな。相当緊張してるのが窺える。


 中級以上のパーティーの一人が身分を隠して、冷やかしでやってる感じでもない。


 見た感じ、初心者、すなわちF級パーティーなのは間違いなさそうだ。


「わかった、仲間になろう」


「え……ええぇ!? あの、本当によろしいのでしょうか……? ここで打ち明けますと、私たちはつい最近結成したばかりのF級パーティーなんです」


「ああ。やっぱりそうだったか。そっちのほうこそ、俺なんて大したことないんだから、失望するんじゃないぞ」


「だ、大丈夫です! わたしたちも全然大したことはありませんから……!」


「へ……?」


 いや、それでいいのか、という言葉を俺は言いかけて飲み込んだ。


 自分を含め、大したことがない者同士でどこまでやれるかはわからない。


 だが、また新たに挑戦してみようという気持ちが起きていたのも確かだ。


 追放された俺に対し、こうして初心者パーティーのリーダーが勇気を出して声をかけてくれたわけだからな。


 俺は立ち上がると、F級パーティーのメンバーがいるっていう待合室へと向かうことにした。そこでユユがメンバーの紹介をしてくれるんだそうだ。

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