第13話

 てきぱきと采配をふるう自分をらしくないと千恵は思った。

 いつもの千恵ならばこんなおせっかいはしないし、モジモジと事の成り行きを見守っているだけだ。だけど祖母の話を聞いて、健ちゃんに会って、このまま永遠に逢えないのは嫌だと思った。

 いいじゃない。もう時代だって変わっている。昔とは全然違うんだから。

 こんなに想い合っている二人がいつまでも結ばれないなんてさみしすぎる。

 千恵の迫力に目を瞬かせていた健ちゃんは、ふ、と笑うと「わかった」と答えた。

「さすがさっちゃんのお孫さんだな。彼女のまっすぐさとおんなじ。名前を聞いてもいい?」

「千恵です」

「千恵ちゃん。いい名前だ」

 健ちゃんは千恵の頭にぽんっと手を乗せた。その手のひらは大きくて、だけどひんやりとしていた。


 千恵は病室へと駆けこむと祖母の手をしっかりと握って問いかけた。

「ねえ、おばあちゃん、健ちゃんに逢いたいよね?」

「ええっ。どうしたの突然」

「逢いたいっていって。ねえ、おばあちゃん。時代は違うんだよ。もうおばあちゃんのお父さんもお母さんも、おじいちゃんもいない。誰も反対しないよ」

 健ちゃんやおばあちゃんを縛ってきた古臭い規律や身分という鎖はとっくに朽ちている。本人たちだけが自分たちを縛っているだけだ。

 そんなの馬鹿げてる。

 

「健ちゃんと話したの、今、ここに来る前に」

 千恵は健ちゃんとの会話を教えた。もし幸が逢いたいなら病室に連れてくるつもりだって。健ちゃんも逢いたがっていたと伝えると祖母は瞳を潤ませた。

「わたしだって逢いたいにきまっているじゃない。ずっと死ぬのが怖くなかったのは健ちゃんに逢えると思っていたから。でもこんなおばあちゃんになってしまった姿を見せたくもないの」

「健ちゃんだっておじいちゃんだった」

「そりゃ、そうだけど。でも、」

「お父さんにも秘密にする。絶対誰にも教えない。死ぬ前だけって……そんなのいつになるかわかんないじゃん。間に合わないかもしれない。あとからもっと話したかったって思ってもどうしようもないんだよ」

「千恵ちゃん」

「もういいじゃない。逢いたい人には会える時に逢わなきゃ」

 いつ何があるのかわからないのだから。不慮の出来事で日常が突如遮断されることを知った今、のんきに「いつか」なんて言っている暇はないのだから。


 千恵の剣幕に負けたのか、祖母はきゅっと表情を引き締めた。

「そうね。わかった、逢うわ。逢いたいわ、健ちゃんに」

「そうこなくちゃ。任せて、明日ここに連れてくるから」

「でもこんなおばあちゃんでがっかりさせないかしら。お化粧道具を持ってくるんだったわ」

 不安そうに千恵を見つめる祖母のいじらしい乙女心が可愛らしくて思わず表情が緩んだ。

「じゃあ明日それも持ってくる。おしゃれして綺麗なおばあちゃんで健ちゃんに逢いましょう」

 訳も分からない力が千恵の中に漲ってくる。

 張り切る千恵をみて幸は綻んだ顔を見せた。

「楽しそうね、千恵ちゃん」

「そんなこと、ないけど。でもおばあちゃんが幸せそうなのが嬉しい」

「ふふ、明日が楽しみだなんて久しぶりだわ」


 揺れるカーテンの外は桃色が広がっていて幸の頬も染めた。それはとっても綺麗な風景でしばらく千恵は見惚れていた。

 いつかこんな恋をしてみたい、そう思うほどに。

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