第12話

 千恵の祖父、幸の夫である正丞まさすけは寡黙な人だった。鉄道会社に勤めていて、いつも縁側に腰を掛けひとりでお酒を飲んでいる記憶ばかりがある。

 怖いわけではなかったけれど近寄りがたく、あまり甘えたことがない。公園で会った健ちゃんとは全く違うタイプだ。

 祖父と結婚して祖母は幸せだったんだろうか。

 自分の気持ちを押し殺して親の決めた人とした結婚は辛くはなかったんだろうか。


 幸のお見舞いに行くたび公園のベンチに腰を掛ける健ちゃんを目にした。

 まだ逢えないという幸の意思を尊重したいけれど、やっぱりこのままでいいなんて思えない。

 幸は勇気を振り絞ると健ちゃんの元に足を進めた 普段の千恵なら公園に座っている他人に関わることなんかしない。だけど祖母の話を聞いて放っておくなんてできないと思ったのだ。

 千恵は男に近づくと話しかけた。

「健ちゃんですか」

「そうだよ」

 年をとっているというのに健ちゃんはどこか色っぽく優しい瞳をしていた。

「君はさっちゃんの……?」

「幸はわたしの祖母です」

「ああ、お孫さんか。どうりで」

 健ちゃんは納得したように頷いた。

「よく似てるって言われない?」

「言われます、若い頃のおばあちゃんにそっくりだって」


 自分のことをちんちくりんだと思っていたけど、幸もそうだったという。健ちゃんに恋をして綺麗になった。写真を見せてもらったら確かにすごく似ていた。

 今朗らかに笑う幸は健ちゃんと出逢って作られていったそうだ。

「さっちゃんは幸せかい?」

「……そう思います」

 答えると健ちゃんは安心したように笑みを浮かべた。

「それを聞いて安心した。さっちゃんが幸せであるようにってずっと願っていたからね」

 そう話す健ちゃんの瞳に優しい色が灯っている。きっと幸と逢えなくなってからもずっと想っていたのだろう。その思いの深さに胸がきゅうっとなる。

「あなたは幸せだった?」

 聞くと健ちゃんは困ったように目元を細めた。

「うーん、ぼくはまあそれなりに」

 苦く笑いながら健ちゃんは立ち上がり、じゃあ、と帽子に手を当てた。

「話せてよかった。さっちゃんによろしく伝えてよ」

 そのままどこかへ行こうとする。


「なんでですか!」

 千恵は自分でも驚くような声をあげた。健ちゃんが驚いたように振り返る。 

 ふたりはなんで頑なに会っちゃだめだと思い続けているのだろう。こんな近くにいるのに。逢おうと思えばすぐに逢える距離なのに。

「ここまで来てなんでおばあちゃんに会わないんですか。逢いたくないんですか。だったらどうしてここにいるんですか。あの日、おばあちゃんはわたしに向かってあなたの名前を呼んだの。何故かわかったんだって。祖母もずっとあなたを待っていたってことですよね」

「でも、」

 言いよどむ健ちゃんの腕をひいた。


 シャツに隠されてわからなかったけどかなり細く頼りない腕だった。足がふらついている。もしかして健ちゃんこそ最後の時を感じて祖母に会いに来たのかと不安になる程に。

 だったら尚更会わせなければ。

「明日。絶対ここに来てください。祖母に聞いて、もし逢いたがっていたら一緒に病室に行きましょう。もし逢いたくないって言ったら……それをお伝えします」

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