第21話・死の海

 レイドボスの第二形態はまるで亡霊の海がレイドボスから流れ出すかのようだ。

 それをまるで当たり前かのようにすり抜けるレンはおかしかった。


「リープ!」


 亡霊の海をかき分けその本体に肉薄する。

 そして、通り過ぎる一瞬に大鎌を置いて、すれ違いざまに首を斬りつけていく。

 その一連の動作にはまるで淀みがなく、何度も繰り返した熟練の暗殺術のようだった。


「レンさんマジヤバイ!」


 一方エビるは防戦一方で何かをできる状態ではない。

 蘇生に、攻撃に、孤軍奮闘するレンが異常に思えてならない。

 そんなエビるもただやられているだけではなかった。隙を見ては亡霊に致命攻撃を入れ、亡霊を屠ることもできている。


「くっ……ディル……」


 エルザは完全に防戦一方だ。彼女の方向にディルの亡霊が行ってしまった。ディルはサーディルのNPCの中でも強いほうだ。だけにエルザはディルの亡霊に苦戦していた。

 そこに、亡霊の海をかき分けてきたレンが登場した。


「エルザさん援護します!」


 レンはまさに七面六臂の活躍と言えた。


「すまない……」


 と、後悔を垂れ流すディルの亡霊の首に鎌をかけ、そして切り裂いていく。まるで、冒険者ギルドで見せた死闘が嘘だったかのように。

 そう、レンはβテスト時代から大鎌を愛用していた。玄人向けの武器がレンの好みに合致したのである。


「眠ってください……」


 こうしてディルの亡霊はかき消えていく……。


「レン、すまない……」


 窮地を救われたエルザは、礼を述べた。

 やがて、レイドボスが吐き出す亡霊は落ち着きを見せ始める。最初は海を放出するかのようだった亡霊が、今やほんの少しづつになっている。

 レイドボスは地面に剣をつきたて、まるで休憩でも取るかのようだった。


「なるほど、ここからが反撃の時間ですね!」


 そう、本来このレイドボスは第二形態でダメージを与えられるように設計されていないのだ。そこで無理やりダメージを稼げるのがレン。設計通りの攻略になってしまうのがエビる。二人の間には隔絶した差があった。


「二人は亡霊を削ってください! 僕は本体を攻撃します!」


 レンは第三形態を警戒していた。倒した亡霊たちが、光になってレイドボスの剣に吸い込まれていくのだ。だから、第二形態のうちに可能な限りHPを削る算段である。


「わかった!」

「はい!」


 各々返事を返し、亡霊を一体づつ仕留めていく方向へとシフトする。

 レンはこの状況、司令塔の役割まで果たしている。一番レベルが低いながら、その動きは完全に人外のそれだ。


「リープ!」


 亡霊たちの剣の膜を、誰よりも素早く駆ける。そして、可能であれば道中の亡霊を仕留めながら。

 第二形態と第三形態の間にも隙があるとレンは考えていた。


「あははは……何だよあのひと……」


 そのレンの人外さにエビるは思わず笑ってしまう。

 レンは与えるダメージでも、撃破する亡霊の数でも群を抜いていた。


「本当にッ! 人なのか!?」


 人間かどうかすら怪しい。レンはそれほどありえない働きをしていた。

 今はリープを連続で使用することで足りない敏捷値を補っている。だが、本来レンが適応できる敏捷値の限界は遥かに高い。反射神経がおかしいのだ。


「……」


 レンは黙って亡霊と本体に攻撃を通し続ける。レンも限界なのだ。レンの思考は限界まで酷使されていた。3人分の動きと、死亡時への備え、それからレイドボスの行動予測。考えることがそれだけある。だから必要なとき以外は喋ることができなかったのだ。


 しかし、ある瞬間であった。レイドボスは剣を更に地面の深くに突き刺した。すると、亡霊がすべて消失し、レイドボスが黒いマントを羽織り王冠をかぶった姿へと変身する。


「第三形態! ダメージを稼いでください!」


 レンの号令で三人は各々全力の攻撃をレイドボスに叩き込んだ。

 すべてが首筋にヒットする。しかしレイドボスひるまない。そして剣を地面から引き抜いた。


「円……」


 その瞬間、レンは失敗を悟った。この瞬間に近接距離にいさせては行けなかったのだと。


「リープ!」


 レンは蘇生のために瞬時に距離を取る。その動きについてきたのはエビるだった。


「閃!」


 先ほどとは違う、灰色の残光を纏った回転斬り。剣は、なお遠くまで届く。まるで特大の剣を扱っているようだった。

 その特大の回転斬りにエルザは巻き込まれ、胴を真っ二つに切り裂かれる。


「蘇生します!」


 レンはレイドボスに近づきながら蘇生アイテムを砕いた。

 それにより、エルザの切り裂かれた胴は修復されすぐに戦線復帰する。


「一撃死ですね……かなりの火力だ」


 そう、まるで亡霊たちの無念をすべて剣に込めて叩きつけるような一撃である。

 エビるはそれをなんとか逃れた。ここにソロでレイドボスを仕留められる人間とそうでない人間の差がある。どんな状況からでも自力で脱出できるかどうか、それがソロでレイドボス討伐できるかどうかである。


「弧月!」


 次の瞬間、狙われたのはエルザだった。レンはそのエルザを蹴り飛ばし、レイドボスの剣を軸に回転する。そして、ついでと言わんばかりにレイドボスの首筋に大鎌を突き立てた。


「すみません!」


 と、エルザに謝罪すら忘れずに……。

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