第16話・Clockchild

 隆盛は、とりあえず契約書類が欲しいという旨をニューラゲームに返信した。すると即時返答があってニューラゲームは契約書類を郵送してくれるという話に落ち着いた。ニューラゲームはなんとしても廉が欲しい。もう、何をしても廉が望めば採用されるレベルだったのだ。

 そんな次の日である。廉は母楓とショッピングモールに来ていた。

 親子は注目の的だ。なにせ、ふたりとも愛らしい見た目をしているのだから。


「双子ちゃんかなぁ、かわいいー!」


 などというささやき声も聞こえてくるのだ。しかし、人吉母子にとってそれはいつものこと。注目を集めるのは可愛いので仕方がないのである。


「廉ちゃん! 今日はClockchildクロックチャイルドに来ちゃいました!」


 Clockchild。ゴシックロリータの有名ブランドである。その服は品質、デザイン共に良い。だからこそ値段もかなり高いのだ。


「わ―! Clockchild! 憧れだよー!」


 そう、ゴスロリを着るのであれば一度は袖を通したい服が売っているような服屋である。ただし子供か合法ロリに限る。子供向けのサイズが売っているのだ。

 大人なら、だいたい隣に併設されているDarkAliceダークアリスで服を買えば良い。しかしこの母子にDarkAliceは不要。子供服サイズの体系なのである。


「お客様、Clockchildへようこそ。お客様のお好みに合わせて何でも相談に乗りますよ」


 そして、Clockchildはゴスロリ界の高嶺の花だ。だからこそ店員も親切である。


「じゃあ、この子なんですけど……」


 楓に背を押された廉は半歩前に踏み出す。


「わぁ、なんてかわいいお客様! 腕がなります!」


 Clockchildの店員はセンスも抜群に磨かれている。お客を可愛く仕立てて返すのが仕事だ。なお、店員の服もDarkAliceかClockchildと相場が決まっている。


「ありがとうございます!」


 廉は自分の可愛らしさを自覚している。とてもではないが男には見えないことも……。

 なにせ、学生時代告白された回数、廉は多い。だが、ほとんどが男性からの告白で、あとは男性が苦手気味の女性からの告白だったのだ。


「いえいえ、じゃあ……まずはこちらを着てみてください!」


 差し出されたのは可愛らしい時計の意匠のゴシックロリータだった。


「はい!」


 躊躇なく試着するあたり、廉ももはや慣れている。ゴスロリはとても凝った衣装が多く、相対的に値段が高い。だがそんな服を毎日着せてしまうのが楓だ。

 廉は試着室に入った。


「しかし、お二人共すっごくそっくりで可愛いですね。あの、ご予算は?」


 幼く見えるのは母子共に同じだ。女児にしか見えない。


「50万円まででお願いします」


 ここで大盤振る舞いするのが楓である。


「ごじゅ……」


 流石にClockchildとはいえ50万円あれば服は好き放題選べる。その予算の高さに店員は驚いた。


「ふふっ、私こうみえて大人の女なんですよ! 成人した息子もいますし」


 とてもじゃないが、楓はそんなふうには見えない。良くて中学生、悪くて小学生だ。そのくらい小柄で童顔である。


「息子さん成人してるんですか!?」


 店員はそうは見えず驚く。


「はい、成人した息子はこのカーテンの向こうですよー」


 世間話がすごい方向に行くのがこの人吉家である。


「え!? ええええ!?」


 その会話は試着中の廉にも聞こえており、服を着替えて顔を出すとまっさきに言った。


「お母さん! 恥ずかしいからやめてよ!」


 そう、双子ではないのだ。母子なのである。


「おか……え? あははは……」


 店員は理解を諦めた。もうかわいいからいいやの心境である。

 廉の声はまるで少女のそれである。そこも店員を混乱させる要素である。


「ふふふっ、いいじゃないの! それより廉ちゃん、すっごく可愛い!」


 レースやフリルがふんだんに使われた時計の意匠。ゴシックというよりクラシックな雰囲気のロリータ・ファッション。それもまた廉にとても似合っていた。


「えへへ、そう?」


 クラシックロリータも廉は似合うのである。というより男装がミスマッチになる。


「はい、すっごくお似合いです! どうですか? お姉さんとここで働きませんか?」


 Clockchildが似合う成人はClockchild的には必ず一度は勧誘しなくてはいけないのだ。なにせ店員の殆どがDarkAliceだからである。


「ごめんなさい、お仕事決まったばっかりで!」


 そう、そのお祝いに今回来ているのだ。


「そうなんですよ! この子プロゲーマーになるんですよ!」


 そう、廉はこの可愛いちっちゃな全身でありながら、世界一位を誇るゲームの天才なのだ。


「それじゃあ忙しそうですね……勧誘は諦めます……」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからしばらく買い物を楽しんで廉たちはClockchildのレジへと向かった。


「大丈夫ですか? 勧めるものほとんど買ってもらっちゃいましたけど……」


 そう、楓は超大盤振る舞いをした。だが後悔はしていない。なにせお祝いなのだから。

 一方廉は、再来店を心に決めていた。今度は自分のお金でClockchildの服を買うのだと。


「大丈夫ですよー! カードで!」


 隆盛のカードはゴールドカードである。父は現場監督であるから稼ぎがいいのだ。


「はい……」


 なんか悪い気がしてきた店員であった。

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