第二章 夏の日のべちょべちょ
「さつき、シャワーさんきゅー、気持ちよかった」
楓がバスルームから出てくると、ふわりと湯気が立ち込めた。濡れた髪をタオルで拭きながら、満足げにそう言う。
「うん……って楓、ちゃんと体拭いてきてよ、床べちょべちょじゃん!」
さつきは楓の足元を見て、眉をひそめる。楓の通った跡には、小さな水たまりができていた。
「待ってー、今、髪乾かしてるから」
楓は髪を乾かすのに夢中で、さつきの注意を聞いていない。
ドライヤーの音が、部屋に響く。
「髪より体が先に決まってるでしょ! もう、この!」
さつきは呆れたように言うと、クローゼットからバスタオルを取り出す。
「あっ、ちょっ、ちょっと待って、やる、やる、自分でやるから!」
楓はさつきの手からバスタオルを奪おうとするが、間に合わない。
業を煮やしたさつきがバスタオルで強引に下着姿の楓を拭き始める。
「セ、セクハラはんたーいー!」
楓が悲鳴をあげるが、さつきは意に介さない。
「バカなこと言ってないでさっさと両手をあげる!」
さつきに命令され、楓は渋々と両手を上げる。
「……」
万歳の姿勢で体を拭かれまくる楓。
タオルが肌を這う感触に、くすぐったさを感じながらも、必死で笑いをこらえている。
「もう、さつきったら、子供扱いしないでよ」
「子供扱いじゃなくて、面倒見てあげてるの。感謝しなさいよね」
「はいはい、感謝感謝。ありがとうございます、お母さま」
楓が皮肉っぽく言うと、さつきはムッとした顔をする。
「お母さまは余計だ。……ったく、楓のためを思ってやってるのに」
ぶつぶつと文句を言いながらも、さつきは丁寧に楓の体を拭いていく。
「……ごめんごめん。本当にありがとね、さつき」
楓は素直に謝ると、さつきに笑顔を向ける。その笑顔に、さつきの表情も和らぐ。
「まったく、楓は昔から面倒みてやらないとダメなんだから」
「えへへ、これからもよろしくね、さつき」
「……仕方ないわね。どんだけ面倒でも、ずっと面倒みてあげる」
さつきがそう言うと、楓はさつきに抱きつく。
「さつき大好き!」
「ちょ、急に抱きつくな! ったく……私も楓のこと好きだよ」
照れくさそうに言いながらも、さつきは楓を抱き返す。
こうして、さつきと楓のいつもの日常が、今日も平和に過ぎていくのだった。
口喧嘩を繰り返しながらも、どこか仲睦まじい二人。それが、さつきと楓の友情なのかもしれない。
しかし夏休みが終盤になっても、涼介からの連絡はなかった。さつきと楓は以前と変わらぬ生活を送りながらも、心のどこかでは涼介のことを気にかけていた。
「もしかして、アイツ、リアルで何かあったんじゃないの?」と楓が心配そうに言う。
「だったら、何か連絡してくるはずだよ。アイツ、そういうタイプだから」とさつきは楽観的に構える。
しかし、心の中では不安が募っていく。もしかしたら、涼介は二人との友情に飽きてしまったのかもしれない。リアルな友だちができて、ネット上の関係なんてどうでもよくなったとか。
「ねえ、私たち、アイツに会えると思う?」と楓が不安げに尋ねる。
「わかんないけど……でも、いつか会えるってあたしは信じてる」とさつきは力を込めて言う。
二人はこうして、涼介からの連絡を待ち続ける。日常生活の中で、アニメや漫画の話をしたり、ゲームに熱中したり。でも、心の片隅では常に、涼介のことを考えているのだった。
放課後、いつものようにさつきの部屋に集まる二人。この部屋は、二人にとって特別な場所だ。ここでなら、学校では見せない素の表情を見せ合うことができる。恥ずかしがったり、照れたりする必要もない。まるで、女子高生だけの秘密基地のように。
「ねえねえ、さっきコンビニで買ってきたんだけどさ」と楓が鞄からお菓子を取り出す。
「わ、限定flavourじゃん! どれどれ?」とさつきが目を輝かせる。
「なんでフレーバーだけ無駄に発音いいのよ」
さつきと楓の好物である、ポテトチップスの限定フレーバーを手に入れた楓。二人でワイワイとつまみながら、涼介の話題は意識的に避けるようにしていた。今は目の前のお菓子を堪能することに集中したいのだ。
「ん? このクランベリー味、なかなかいけるじゃん?」とさつきが感想を言う。
「私は、チーズ味のが好き! 濃厚でクセになるんだよねー」と楓が頬をほころばせる。
こうしてお菓子の話で盛り上がるうちに、二人はいつの間にかアニメの話題で持ち切りになっていた。
「ああ! そういえば今週の『魔法少女ルナ☆ルナ』見た?」と楓が急に思い出したように聞く。
「もちろん見たよ! 衝撃の展開だったよねー」とさつきが興奮気味に答える。
二人は、お気に入りのアニメについて、熱く語り合う。
登場人物の性格や、ストーリーの考察、今後の展開予想など、話題は尽きない。
「でさでさ、次回予告見た? ルナがピンチっぽいんだけど……」
「うん、見た見た! どうなっちゃうんだろ。ちょっと心配」
アニメの話に夢中になるさつきと楓。涼介のことを忘れられるわけではないが、せめてこの時間だけは、現実から離れていたいのだ。
時間はあっという間に過ぎていく。気づけば外はすっかり暗くなっていた。
「あ、もうこんな時間! そろそろ帰らないと」と楓が時計を見て言う。
「そっか。また明日ね」とさつきが少し名残惜しそうに言う。
楓を見送り、一人になったさつき。ふと、涼介のことが頭をよぎる。
(涼介くん、何してるんだろう……)
心の中でつぶやき、ベッドに倒れ込む。しばらく天井を見つめていたが、やがて目を閉じた。
明日も、いつもと変わらない日常が待っているはずだ。でも、それがどこか心地いい。
さつきはそう思いながら、ゆっくりと夢の中へと吸い込まれていった。
女子高生の等身大の日常は、今日もまたくすぶるように過ぎていく。涼介への想いを胸に秘めながら、それでも前を向いて生きていくしかないのだ。ただそれだけのことなのかもしれない。
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