第4話 鈴香さんはご乱心のようです

「あー、今日は星が綺麗だねぇ。ねぇ君も見てる? あれってもしかして北斗七星?」


「アタタタタタターって奴だよね? え、ほら有名なアレだよ! にししっ♡」


 随分とご機嫌な鈴香さんだけれども、若干舌足らずな感じが否めない。


「え? 今、何缶目かだって? えっとねぇー、3本ビールを飲んでぇ……その後、杏酎ハイを飲んだかにゃー? アハハハハ、楽しいねぇ。世界がキラキラして見えるよ?」


 鈴香さんは手を上げて、月を掴むような仕草をした。


「……ねぇ、君は小さい時、何になりたかった? 警察官? サッカー選手? それとも正義の味方?」


「私ィ、色んな夢があったはずなのに、何一つ叶っていないんだけど。これってどういうことなのかにゃー? ううむ……世の中とは実に世知辛いモノだね」


 カミカミな感じに話す。

 でも首を傾げて唸りながら、またしても間に口をつけてきた。


「うーん、うぅーん……っ。でもね、一つくらいは君の協力次第では叶う夢もあるんだけどなァ。え、何って? ふふふーん、知りたいィ? えー、どうしようかなァ?」


 目を細めて悪戯な笑みを浮かべて、口元を塞いで笑う鈴香さんに一つの黒い影が。


(ブゥゥゥゥー……ン)


「ん、何? なになに……? ………いやぁぁぁぁぁぁ! 虫、虫、ムシぃ‼︎」


「やだ、ムシが飛んできた! 恐い! やだ、ヤダァ! とって、とってよぉ! ムシ嫌いなの!」


「ひゃっ! ふ、服の中に入った! 気持ち悪い……っ! やだ、ヤダヤダ! ひィ……っ、んン! チクチクする……っ!」


 これは大変だと、急いでベランダの柵に足を掛け、鈴香さんのところへと向かった。

 すると、僕の目の前には上半身下着姿の鈴香さんの姿が!


「わっ、や……! 見ないで!」


 慌てて自分の部屋に戻ろうとした瞬間、バランスを崩して落ちそうになってしまった。


 そんな僕を両手一杯に抱き締めて助けてくれた鈴香さん。


 顔が鈴香さんの谷間に埋まって、幸せすぎる……!


「だ、大丈夫? 怪我はない?」


 少し腕がぶつかっただけで、特に痛いところはない。


「良かった……! もう、ビックリしたじゃない。君が落ちるかと思って……。え、虫? 虫ならもういなくなったけど……わっ!」


 下着姿のままだったことを思い出したようで、慌てて胸元を隠す鈴香さん。


「み、見た? もう、大人しそうな顔をして、君も男の子なんだね」


 慌てて目を逸らして後ろを向く僕。

 それに気付いた鈴香さんは、少しホッとしたように服を着始めた。


「ん、ありがと……。心配してきてくれたんだよね。でも柵を乗り越えて、隣に来るなんて危ないよ? そんなに高くない階数だからって油断してたら、大怪我するかもしれないのに」


「え、何も考えていなかったって——……。ダメだよ、そんなの。万が一、君に何かがあったら私は!」


 胸元の服を掴んで、真正面から怒る鈴香さん。


「お願いだから、そんな危ないことをしないで……? え、そりゃ、心配してくれたのは嬉しかったけど……それとこれは別だもん」


 僕の胸元に顔を埋めながら、グイグイと顔を押し当てながら鈴香さんは話し続けた。


「本当は、分かっているんでしょ? 私が君のこと、その……特別な目で見ていること」


「え、何のことですかって、今更はぐらかす?」


 顔を上げながら、少し怒ったような口調で拗ねた。


「もう、君のそう言うところは、ちょっと嫌。脈がないならないで、はっきり言ってくれた方が優しさなんだよ?」


「あ、でも……そのつもりがないなら、この距離で拒まないでほしいな……。だって、期待しちゃう——……。私も、慣れていないからさ、こういうシチュエーション」


 宙に浮いていた手をゆっくり下ろして、鈴香さんの腰元に回した。

 自然と力が籠ってしまう。


「あっ、んン……っ、待って、ちょっと……痛ィ」


「力が強いよ……もう少し、優しくして……?」


「——っていうか、こんなことされたら、期待しちゃうよ……? だって私は君のこと」


 その時、またしてもこちらに向かって飛んできた虫に「わわわっ!」と大声を上げて逃げる鈴香さん。


 僕も必死に手を振り回して撃退した。


「び、ビックリしたー! さっきのと同じのかな? って、ふふふ。必死だったねぇ」


「守ってくれてありがとう。やっぱり私、君のこと——……え、待ってって? な、なんで? え、自分から言いたいから……って、そんな……!」


「ま、待って! 心の準備が……! ふぅー……ふぅー………うん。だ、大丈夫。落ち着いたから、いいよ。その、続きを言っても」


(5秒ほど沈黙が続く)


「え、わっ! ———うん」


 満面の笑みを浮かべて、鈴香さんは僕に抱きついてきた。


「私も、君のことが好きだよ。ふふっ、やっと言えたー……やっと言ってくれたぁ」


「え、心臓が口から出そう? バクバクして止まりそう? えー……っと、あ……本当だ。心臓の音、大きいね」


 僕の胸元に耳を押し当てて話す。


「え、今日はもう部屋に戻るって? えぇー、やっと両想いになったのに? つまらないなぁ。うーん、そっか……そうだね、突然で心の準備もできてなかったもんね。仕方ないから、今日は解放してあげよう! でもその代わり………明日、一緒に飲もう?」


「約束だよ? 今度はちゃんと、私の隣で……飲んでね?」


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