第3話 雨ですね、鈴香さん

(ザーザーザーザー)


 今日は朝から雨が振っている。

 流石に鈴香さんもベランダには出ないだろうと思っていると、ガラガラガラっと音がした。


「うひゃー……雨、止まないね。明日は晴れてくれるかなぁ? あーぁ、つまらないなぁ」


「テルテルボーズ、テル坊主……あーした天気にしておくれ」


「——うーん、やっぱり一人じゃつまらないなぁ。だからと言って雨の中外に出たくないし……。あーぁ、隣の彼が付き合ってくれたら楽しいのになぁ」


(カシュッ!)

 相変わらず爽快にお酒を開けて飲む鈴香さん。

 僕もドアを開けて「こんばんわ」と声を掛けた。


「あれ、え? えぇ? 君、いつからそこにいたの? え、もしかして聞いてた?」


(ガタン)ビール缶が落ちる音

 分かりやすく取り乱した鈴香さんは、持っていたビールを落としてしまって、慌て始めた。


「わわわーっ! ビール、私のビールがァ!」


「うぅ、半分以上なくなってる……。ショックだよォ。もう、どうしてくれるんだい? これが最後の一本だったのに! 私の唯一の楽しみを奪った罪は重たいぞ?」


 必死に謝るけど、機嫌は良くなることはなかった。

 どうしたらいいのだろう?


「え、焼酎? 黒糖酒? それなら自分の家にあるけどって? えぇー……君って焼酎とか飲むんだー。意外だね。甘いファジーネーブルとかカシスとかしか飲まないかと思ってた」


「うーん、そうだね。実は焼酎って飲んだことがないんだよね。ほら、前に職場の先輩が飲ませてくれたことがあったんだけど、スゴく濃くて苦かったっていうか……」


「え、日本酒だったら飲みやすいかもって? えぇー、焼酎よりもハードル高い気がするんだけど、本当にィ? もしかして君、私のことを酔わせてエッチなことをしようとしていない? えー……、その反応は怪しいなぁ。意外と図星だった? 君も大人しそうに見えて意外とやるねぇ。っていうかさー……焼酎なんて、どこで教えてもらったの? サークルの先輩と一緒に飲みに行ったの? へぇー……」


 ちょっと拗ね気味な鈴香さん。

 唇を尖らせて、小さめな声で呟いた。


「ねぇ、その先輩って……もしかして女の人……?」


 違う違うとブンブン手を振った。


「——あは、そっかぁ。いやー、もしかしてって思っちゃったじゃん! え、自分の周りは男ばかりだって? 一周回って羨ましいんだけど! ねぇ、良かったら私に紹介してよー。絶賛彼氏募集中なんだから。——って、冗談だけどね?」


「………あれ、ちょっと、あれ? もしかして怒ってる? ごめんって、冗談だよー?」


「え、冗談でもそんなこと言わないでって? え、あ……っ! そ、そうだね。私もちょっとデリカシーなかったか……本当にゴメンなさい」


 重たい空気が漂う。

 そんな空気に耐えきれなくなった僕は、部屋の中に入って冷蔵庫から缶酎ハイを持ってベランダへと出た。


「え……? あ、くれるの? ありがとう。やっぱり君は優しいね」


(カシュッ)


 でもいつものように喉ごじ全開の音は聞こえなかった。

 チビチビと口をつける鈴香さん。


「でもさ、何でそんなに怒ったの? 私……ちょっと君が怒っている理由が分からなくて」


 怒っているんじゃない。悲しかっただけだ。

 僕は鈴香さんとの、この時間が心地良かったのに、友達を紹介して欲しいなんて言ったから。


「え、そ、そうなんだ。本当に冗談っていうか、その……ゴメン。実はちょっと意地悪も入ってた。だって私がいくら家飲みに誘っても乗ってくれないから、もしかして脈ないのかなーって思って。だから友達紹介してって言ったら、どんな反応をするのかなって、気になったの」


「君が拗ねたのと同じように、私だって断られてショックだったんだよ? 私も君との時間が楽しいから、もっと一緒に過ごしたいと思っていたのに」


「むむぅー……っ! って、何を言わせるの? 私ばかり恥ずかしいじゃん! もう許さない! こんな缶酎ハイ一缶だけじゃ許さないんだからね? もっとビールを頂戴? え、ない? うぅ……っ、それじゃ……作ってもらおうかな……? え、何をって? それはさっき君が言ってたアレだよ?」


「あ、アレじゃ分からないって? あれ、あれ! 焼酎! 私、初めてだから」


「え、濃いのを飲まされたから初めてじゃないじゃないかって? えぇー、結局それは少ししか口をつけてないから、実質ノーカンっていうか……。私の中では君のが初めてにしたいんだけど、ダメ?」


「いいの? やったー。それじゃ私もおつまみにナッツを出してあげるね? 枝豆とかもあるんだけど、どうする? オリーブオイルで炙ってあげようか? ガーリックと一緒に炒めたら美味しいよ?」


「えー、明日息が臭いそうだから遠慮しますって? もういいじゃん、二人で食べちゃえば気にしないよ? ほら、同じ匂いがするって、ちょっと特別な感じがして、いいじゃん?」


「あはは、顔が真っ赤だよ? え、私も赤いって……? も、もう! お姉さんをからかわないでよォ! そんな意地悪言うんだったら、作ってあげないよ?」


「——うん、許してあげる。それじゃ、君のお酒も楽しみにしてるからね」


「……今日、声をかけてくれてありがとうね。嬉しかったよ」


「え、何か言ったかって? な、何も言ってないよ! そんな気にしなくても良いから、ね? ほらほら、早く準備をしようよ!」


「ふふっ、それじゃ、またあ・と・で♡」



 少しずつ、少しずつ近づく距離……。

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