第2話 鈴香さんは先っぽからカブりつかないらしい
久々にビールを飲みながらベランダに出ていると、ガラガラと扉が開く音がした。
「あ、いいなぁー。もしかして晩酌していたの?」
またしてもお酒を片手にベランダに出てきた鈴香さん。今日は酒のつまみにスイカを切ってきたらしい。
「君は何を飲んでるの? ビール? え、もしかしてジュース? 嘘でしょ? こんな暑い日にジュースなんかで喉を潤しているの? 大人ならビールで喉越しぐいっでしょ?」
(カシュッ!)
(グビグビグビグビ……)
「あぁー、美味しい! やっぱりこの瞬間のために働いているわ!」
もちろん、鈴香さんがくるかもしれない——
と、淡い期待を抱きながらベランダで晩酌をしていたのだが、いざ一緒になると緊張して何も話せなくなる。
「明日は土曜日だね。どう? 君は何か予定でもある? もしかして女の子とデート……とか、するの?」
しない、しない、しない!
ブンブンと顔を振って否定すると、鈴香さんは安心したようにほころんで笑った。
「良かった……えっ、違っ! た、ただの独り言だよ! もう、君も油断ならないなぁ。え、そんなことない? 私が勝手にアタフタしているだけ? もう、全く。そんな意地悪なことを言う君にはスイカをあげないぞ?」
思わぬ反撃に、僕は平謝りを繰り返した。すいません、すいませんと謝っていると、機嫌を良くした鈴香さんは「くるしゅうない」とニッと笑った。
「よし、そんな素直な君には特別に大きいスイカをあげよう。はい、口をアーンってして?」
アーン?
どう言う意味だろうと覗き込むと、スイカの先っぽをスプーンですくっている鈴香さんがいた。
「はーい、どうぞ?」
ど、どうぞって、まさかスプーンで食べるのか?
「え、君の家ではどんなふうに食べるの? うちはいつもスプーンで食べるよ?」
ガブってかぶりつくよと教えてあげると、なぜか鈴香さんは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「えぇ! か、カブりつくの? そんな人前で、恥ずかしくない? え、皆してることだから恥ずかしくないって? 嘘でしょ……だって、その汁も飛ぶし、そんな頬張ってる姿なんて見られたくないんだけど……!」
まるで僕の方が常識外れなことを言っているかのような、羞恥まみれな反応されてタジろいでしまった。
「そ、そうだ! 君は何を食べているの? さっきからいい匂いがするんだけど」
僕が買ってきた晩酌は焼き鳥とフランクフルトだ。一応、鈴香さんと一緒になるかもしれないと思って、二人前買ってきたのだが、食べるだろうか?
「へぇ、焼き鳥か。え、いいの? もらっても。大好きなんだよね、フランクフルトも焼き鳥も。ちなみに君は塩派? タレ派? 私は断然塩派なんだよねー」
良かった、僕も塩派で塩を買ってきたのだ。
ちなみにおすすめはカリカリ焼いた鶏皮だ。
この美味しさは塩でないと味わえない。
「んんー、美味しそう。すごく香ばしくて食欲がそそられるね。それじゃ、頂きます」
(サクっ、サクサクカリッ)
「ん、んん! 美味ひ!(モグモグモグ)ねぇ、これってどこの焼き鳥? すごく美味しいんだけど!」
僕は大学の近くの焼き鳥屋だと説明した。
「あぁ、あそこの焼き鳥屋ね。人気あるよね、安くて美味しくて。へぇ、こんなに美味しいなら私も買いに行こうかな? あー、もっと食べたくなっちゃった。ねぇ、良かったら一緒に買いに行って、私の部屋で飲まない?」
恐れ多いと顔をブンブンと振っていると、またしても鈴香さんは悲しそうに笑った。
「君ってもう、なんでそんなに遠慮するの? 私達の仲じゃん? 遠慮しないでよ」
そんなことを言われても無理だ。
すると鈴香さんはスイカを一すくいして口に入れた。
「んー、冷た。美味しい……。もし君が私の部屋に来てくれたら、このキンキンに冷えたスイカと生ビールをあげるんだけど……どう?」
ど、どうと言われても……!
小心者の僕には無理なおねだりだ。
「どうしてもダメ? こんなに私がお願いしてもダメなの? ねぇねぇ、お願ーい。私は君と一緒に飲みたいんだよ」
手を合わせて上目で覗き込む。
「こんなにお願いしてもダメ……? え、何? 聞こえないよ。もう少し近くに来て話してくれないかな?」
「え、酔っ払いすぎだって? そんなことないよぉーだ。だってまだ一缶目だし、まだまだ飲み足りないし」
「——ねぇ、君ってさ。前髪を上げたら可愛い顔してるんだね。いつも前髪で隠れてたから気付かなかったけど、私……結構好きかも」
吐息が耳を掠める。
夏の生温い風が、二人の体温を上げる。
「今度また、一緒に飲もうね。私、君と一緒に飲むお酒、美味しいから好き」
柔らかい唇の感触が触れる。
チュ……ッと、大きな音が鼓膜を刺激する。
「ふふふっ、またね。おやすみ。良い夢見てねぇ」
バイバイと伝える声がガラガラガラと扉が閉まる音に混じって聞こえた。
ドキドキドキドキと大きくなる心臓の音を掴むかのように服を握って、僕は必死に耐えた。
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