隣のお姉さんは、酔うと甘えん坊になるらしい ……G'sこえけん【ASMR】

中村 青

第1話 隣に住む鈴香さん

 夜のアパート。僕は溜まっていた洗濯物を干そうとベランダに出て作業に勤しんでいた。


 ——ガラガラガラ(扉が開く音)


「あれぇ、コンバンワ。今、洗濯物を干していたところ? 学生さんは忙しそうで大変だねぇ」


 彼女は僕の隣に住む鈴香さん。近くのコンビニで働くフリーターだ。


「久しぶりだけど、元気にしてた? ふふっ、なんかちょっと疲れてない? 大丈夫? もしかして悩みとかあるの?」


 ベランダの柵に寄りかかって、鈴香さんは持っていた缶酎ハイを開けた。


(カシュ!)

(ゴクゴクゴクゴク……)


「あぁー……! 美味しィ。やっぱり労働の後のお酒は格別だね。ねぇ、良かったら君も一緒に飲まない? 一人で飲むの、ちょっと寂しいんだよね」


 僕はブンブン顔を振って「課題があるから」と拒否をした。


「えぇー、お姉さんの誘いを断る気? もぅー……つれないなぁ。それならちょっとだけ。お姉さんに付き合ってもらえないかな?」


 どうしたんだろうと手を止めていると、ニコッと微笑んできた。


「今日さ、久々に友達と会ってきたんだけど、その子最近彼氏と別れたって言ってたくせに、もう新しい彼氏を作っていてさ。うん、別に彼氏ができたこと自体はいいんだよ? 私もその子のことは大好きだし、幸せになってもらいたいし」


「でもさ……早いなーって思って。私なんてさ、女子校出身だから出会いなんて全然なかったし」


「——え、意外? そう? えぇー、その場合ってどう言う意味の意外? 私に彼氏がいないことが意外? それとも女子校出身ってことが意外?」


 両方って思ったけど、僕は愛想笑いを浮かべて誤魔化した。


「ふふっ、君って……なかなか悪い男だね。そう言う時は嘘でも『モテそうですよ』って言っておけばいいんだよ。っていっても、素直な君だから、私は気に入っているんだけどね」


 鈴香さんはまたしても缶に口をつけて、アルコールを流し込んでいた。


「んンっ、美味し……」


 口元を指で拭いながら、彼女は言葉を続けていた。


「そういえば、君は彼女とかいないの? 顔も整っているし誠実そうだから、モテそうだよね」


 ジッと上目で覗き込んで、僕の反応を楽しんでいるようだった。悪戯な笑みを浮かべる彼女に見つめられ、僕は顔を真っ赤にして慌てて背けた。


「あぁー、照れた? もしかして照れたの? 可愛いねぇ。ふふっ、でも本心だよ? 私は君みたいな純粋で優しい子、好きだけどなぁ」


 アルコールで濡れた唇を指で拭って、ぺろっと舌を出す。


「ねぇ、今日……蒸し暑いね。風も吹かないし、汗がじんわり出てくる。ほら、私って汗っかきだから、お酒を飲むとすぐに汗だくになっちゃうんだよね」


 すると、少し身体を乗り出して、僕に手を伸ばしてきた。手を握れってことだろうか?

 突然の出来事にますます焦って挙動不審になってしまう。


「ほら、触ってみて? 汗ばんでない? 私、ちょっとコンプレックスなんだよね。だってさー、彼氏ができてデートをした時に、ちゃんと手を繋げないかもしれないじゃん? ねぇ、男の君からみて、私の手って……どうかな?」


 そんなことを言われても……。

 何もできずに黙り込んでいると、不安そうな顔でしょげてきた。


「やっぱり……汗っぽいから触りたくない? へへっ、そっかー……。ごめんね、変なことを言っちゃって。あー、やっぱこの汗っかきを治さないと、彼氏なんてできないかなー」


 違う、鈴香さんが悪いんじゃなくて、僕が臆病なだけなんだけど……!


 引いて消えそうになった手を、両手で掴んで握り締めた。


「ひゃっ、え? え? び、ビックリした。どうしたの、急に」


 更にギュッと握りしめると、鈴香さんは恥ずかしそうに照れ始めた。


「わっ、そ……そんな強く握られたら、恥ずかしいよ。気持ち悪くない? すごい汗でしょ、私……」


 俯きながらブンブンと顔を振る僕。

 その姿に安堵したのか、鈴香さんは綻ぶように微笑んだ。


「え、大丈夫? 本当に? わっ……、自分から握って欲しいってお願いしたのに、いざ手を繋ぐと恥ずかしいんだね。どんどん汗が出てきちゃう。本当に恥ずかしいね、コレって」


「んっ、ちょっと強い。痛いよ、君。ふふっ、君ももしかして、初めて? こうして女の人と——こんなことをするの」


 更にカァァーっと顔が紅潮する。

 トロンとした挑発的な目が僕を煽る。


「君は……私と手を繋いでも、嫌じゃない? え、私? うん、私は……恥ずかしいけど、嬉しいが大きいかな? へへっ、こうしていつも手を繋いでいたら、手を繋ぐことに抵抗がなくなっていくのかな?」


 ゆっくりと解けていく指先。

 名残惜しく握り返すと、鈴香さんも気持ちに応えてくれて、勘違いしてしまいそうになる。


 あり得ないのに。

 僕みたいな冴えない大学生に、鈴香さんのような綺麗で素敵な女性が好意を抱くなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないのに。


「ありがとうね、私のわがままを聞いてくれて。君はやっぱり優しいね」


(ガラガラガラ)

 すると彼女は扉を開けて、部屋の中へと入っていった。


「ねぇ、君はもうお酒が飲める年だったよね? 今度はさ、私の部屋においでよ。一緒に飲もうよ。腕によりをかけて手料理作ってあげるからさ」


 すると扉が締まり切る前に、彼女が僕に挨拶を告げてきた。


「おやすみ、またね」


 隣に住む鈴香さん。彼女はお酒を飲むと、少しだけ甘えん坊になって……可愛い。


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