廻り出す運命
第6話 社交場の伯爵
その夜の舞踏会は、今朝がた発見された三人目の変死体の話題で持ちきりだった。
人間の噂話の相手をするのは慣れている伯爵だったが、犯人がヴァンパイアだと決めつけたような言いっぷりに、己の自尊心が反応し、いつもの柔和な笑顔を引きつらせずにはいられなかった。
(この手のうわさ話には尾ひれが大袈裟について話が大きく膨らむものだ。しかし、もしも話の通りだとすると、確かに、人体を引きちぎるなんて通常の人間にはできるはずが無いし、しかもその血を全て抜き取っているというのであれば、まぁ、ヴァンパイアが犯人だと疑われても仕方がないが。)
さすがに優雅な舞踏会場の中まで、現場の惨状が描写されたゴシップペーパーを持ち込むような無粋な輩は居なかったため、伯爵はその挿絵の入ったチラシと、その他の目撃情報を入手してもらうように、取り巻きの婦人たちに頼んだ。
麗しき伯爵からの頼み事に、我も我もと婦人たちが噂話を持ち寄ってきた。そして、
「伯爵様がヴァンパイアでしたら、私の血を全て捧げても構いませんわ。」
何も知らない婦人たちは、口々にそう言って伯爵を困らせた。
(この中の半分以上の女たちは、すでに若い頃に血をいただいて記憶を消しているわけなのだがな。)
ひと通りの情報が得られたと感じた伯爵は、適当な社交辞令を残して女性陣の輪から離れる。
そして流れるようにグラスを片手に男性陣の話の輪の中にも入ると、政治や経済について的確な助言をし、こちらでも話題の中心となる例の事件については、当たり障りのない、しかし一般の貴族よりは深いヴァンパイアへの造詣の一部を語ってみせた。
そこに居る男たちはみな感心し、先ほどの婦人たち同様に我も我もと伯爵に詰め寄った。
このように、いつも婦人たちの人気を独り占めしている伯爵だが、そのパートナーである男性たちにも配慮を欠かさない紳士を装っているため、誰ひとりとして伯爵に嫉妬のような幼稚な感情を向ける者はいなかった。
いたとしても、伯爵の催眠術で伯爵への敵意は完全に喪失させられるに違いないのだが。
再び婦人たちに囲まれ、社交界の色恋話に笑顔で頷いていた伯爵は、窓の外の雨に気付いた。
「あら、雨なんて降りそうになかったのに、どうしたのかしら。」
嫌だわ、と顔を見合わせて、降り出した雨ですらも話のネタにできる婦人たちをよそに、伯爵はその雨に嫌な予感を感じていた。
「まさか…な。」
***
伯爵が社交場にでかけた後、マリスはいつもの真っ黒い外出着に着替えて、久しぶりに家を出た。
月の出ていない夜だった。
マリスが街中へ着くと、夜空からは当然のように、ポツリポツリと雨が降り始めた。
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