2-8 街道にて
「あ、ルークさん、おはようございます!」
「ああ」
ルークはギルド集会所の入口までやってくると、セレーネに声をかけられた。
「おはようございます」
「おはよう」
カルロスとヘレナも既に集合しており、服装は昨日とは異なっていた。
まず目を引くのは右手に持った杖だろう。彼の長身と同じ背丈の杖には、湾曲した斧刃が付いており、その中心には赤い球体の魔石が埋め込まれていた。
儀礼の杖としてではなく戦闘面を考えられたその形状は、ハルバードと言っても差支えがない。
革の防具はルークのレーザーアーマーよりやや簡易的なものだったが、総重量や立ち回りを考えてのことだろう。彼の足元には大きなバッグが置かれており、中身がギッシリと詰まっている様子が伺える。
ヘレナもレーザーアーマーを着ており、ルークと同じく一般的な冒険者と同じ水準の装いだった。引っ掛かりが抑えられた作りのブレーサーと、胸部のアーマーの上には更に胸当てがあり、彼女が弓の使い手であることを示していた。
バッグの上の湾曲した木材の棒は、彼女の使用するリカーブボウだろう。沢山の矢の入った矢筒もバッグと共に置かれていた。
ルークは2人の装備を観察しているとカルロスに話しかけられる。
「ルークさんはロングソードを使うんですね」
「そうだ」
ルークは以前のようにバックラーとロングダガーではなく、ロングソードのみを腰に携えていた。
「前衛が2人ですが、ルークさんは魔法も使えるようなので心強いです」
「お前も前で戦わないのか?」
「前で戦う時もありますが、今回は5人なので基本は遊撃ですね。いつも最前衛はルーカスなんですが……」
2人の会話の最中、走りこんでくる人物がいた。
「おお! みんな揃ってんな!」
「やっぱりあんたが最後なのね」
「別に今日は遅刻はしてねえだろ、なぁ?」
ルーカスは問い掛けられたカルロスは答える。
「流石に今日遅刻したらまずからね……」
「荷物をまとめてたら遅くなっちまった」
ルーカスの装いは5人の中では一番の重装備だった。革を主軸にした防具で胸部や肩、関節には金属製のプレートが付いており、最前衛を張るには相応しい装備である。
右手には長いスピアが握られており、背中のバッグには紐で固定したであろう大きなラウンドシールドがあった。
ルーカスは自身の手のひらに拳を立てると気合を入れた。
「よしじゃあ行くか!」
「はい!」
「行きましょう!」
「行こうか!」
その掛け声にルーク以外各々賛同する。『ゴールド』1名、『シルバー』3名、『アイアン』1名のパーティーは北東の野営地『ルムンオート』へ向けて東門から出発した。
♢ ♢ ♢
街道沿いを進む中、カルロスは作戦を実践的なものにすべく、話を取り仕切る。
「セレーネさんって具体的にはどんな魔法が使えるんですか?」
「身体能力を強化したり、防御の精霊魔法が使えます」
「精霊魔法ですか!?」
包み隠さず事実を話したセレーネにカルロスは驚く。
彼の驚き様にルーカスが口を開く。
「精霊魔法って普通の魔法と違うんだよな?」
「違うと言えば違うね。僕らが使う魔法、『一般魔法』は『古代魔法』からの派生で、その際に、大賢者ダナクトルが参考にしたのが『精霊魔法』なんだ。だから『精霊魔法』と『一般魔法』は共通点も多くて……例えば多くの魔法で大規模な準備をしない、とかだね」
「うん……よく分かんねえな……まず『古代魔法』やらと普通の魔法は違いがあんのか?」
「『古代魔法』は大昔からある魔法で、魔力そのもので攻撃する魔法が多いんだ。だからその分強力だけど、魔法を唱える際に大量の黒の魔力や人数が必要で、優秀な魔法師が集まらないと使えなかったんだ」
「だから個人でも魔法が使えるように、大賢者ダナクトルが『精霊魔法』の要素を取り入れたのが『一般魔法』なんだって」
カルロスの説明を補足するようにヘレナも付け加えた。
「何だよ、ヘレナも知ってんのかよ」
「子供の頃何度もカルロスに聞かされたのよ。この子魔法が大好きでしょ?」
「『精霊魔法』は魔力を属性に変換してから魔法を使うんだけど、その魔力変換の体系が『一般魔法』にも組み込まれてるね」
「魔力変換ってあれだろ? え~、自分の魔力を水に合う属性に変えてから、水を創造するみたいな……」
記憶から必死に絞り出そうとするルーカスに、今度はセレーネが詳しい説明をする。
「『精霊魔法』も『一般魔法』も、魔力によって一時的に水を生み出してるだけで、『原初の魔法』の真似をしているだけなんです」
「『原初の魔法』……?」
新しく登場する新たな概念に、ルーカスは困惑する。
「全ての魔力、魔法の源流は創造神アルデリオン様のものだと言われています。なので『原初の魔法』に近い体系の『古代魔法』なら、時間で消滅しない完全な水を創造出来ます」
「あっ……ああ……良く分からないが、それだと水筒がいらないから便利だな!」
現実的な規模の問題を呟いたルーカスは、ルークにも話題を振る。
「ルーク、お前も『精霊魔法』について知ってたか?」
「ああ」
「何だよ知らねえのは俺だけかよ」
ルークはかつていた師から基礎的な魔法体系は教わっており、魔法の話題は理解できていた。
「んふ、この中でまともに魔法が使えないのは、あんただけだもんねぇ」
ヘレネはルーカスを嘲笑するが彼は一蹴する。
「うるせえ! 最近は俺だって練習してるんだ。今度、俺が火起こししてやるから見てろよ!」
「楽しみにしてるわね」
そんな彼らの様子を見ていたセレーネは笑い、補足をする。
「大賢者ダナクトルが『狂王戦争』のような乱世において、魔法師でない人も、魔物に対処できる手段があった方がいい、と考えて確立されたのが『一般魔法』なんです。なのでカルロスさんの言う通り、『一般魔法』は『精霊魔法』の体系を組んでいるので、大規模な魔法準備が必要なく、普通の人でも扱いやすいんです」
「セレーネ、それだと俺は普通の人じゃないのか……?」
「いえ、別にそんなつもりじゃ……!」
ルーカスの自虐的な発言に、セレーネは必死に否定するが、ヘレナはそうではなかった。彼女は笑いながら彼を揶揄する。
「そうよ、あんたは『普通』の人じゃないから魔法が使えないのよ。普通の人は魔法が使えるもんね、セレーネちゃん」
「えぇ、私はそんな意味で言ったわけじゃ……」
「いいのよ、こいつには遠慮しなくて」
ルーカスへの軽口に加担して欲しいのか、ヘレナはセレーネの肩に触れる。
そんな2人を見たルーカスは悔しさ交じりにニヤニヤと笑う。
「お前後で見てろよ……今回ばかりはマジで練習してきたからな……」
「ふっ、ルーカスにも実践的な魔法を使えるようになって欲しいよ。3人が使えたらそれだけ戦略の幅が広がるからね」
「カルロスに言われたらなんか申し訳ないわ……」
他愛のない会話に4人は笑う。その後も4人は雑談を続け、しばらくした後、カルロスは話を戻した。
「なんだっけ……そうだ、セレーネさんの魔法の話だった。セレーネさん、今ここでその魔法は使えますか? もし魔力を多く使うのでしたら大丈夫ですけど……」
「いえ大丈夫です。ではルーカスさんにかけてみます」
「俺か? いいぜ」
セレーネは立ち止まり、杖をルーカスに向けると魔法を唱える。
「魔力よ、その者の庇護の壁となり、脅威を絶せよ、ドラルグ・ザムルフ!」
ルーカスの身体を抱擁するかのように青白い光が閃光が瞬く。
「セレーネさん、これはどういう魔法ですか?」
「これは物理的な衝撃を抑える魔法です。強力な魔法は防げませんが、大抵の魔法なら大丈夫です」
魔法を受けたルーカスは、自身の手のひらを拳で叩き続ける。
「いやこれすげえぞ! 全く衝撃がねえ。ほら思いっきりやっても!」
ルーカスは自身の顔面を力強く殴りつけるが無傷であった。
「ただやはり、強すぎる衝撃は受けきれないのと、何度も衝撃を受けていると魔力の膜が薄くなっていきます。私の技量だと5分程度で効力が切れてしまうので気を付けてください」
自身を自傷するおかしなルーカスを見ていたカルロスは、魔法の効果に驚いた。
「この魔法は凄いね……セレーネさん、もしかしてセレーネさんは『エルフ』なんですか?」
彼らの様子に興味がなかったルークだったが、セレーネの正体に迫る質問に眉間に僅かに力が入る。
出自を誤魔化すと言っていたセレーネだったが、彼女を嘘を付けないようであった。
「はい……実は私……『エルフ』なんです……」
セレーネは身体が縮まったかのような素振りで真実を明かす。
「マジかよ! セレーネってエルフだったのか!」
「道理でこんなに凄い精霊魔法が使えたわけですね……」
「エルフの人ってみんな綺麗って話だったけど、やっぱりそうだったんだ……」
セレーネの正体を知り3人は驚きの反応を示すが、そんな彼らを見たルークはセレーネに問う。
「お前、こいつらに言って良かったのか?」
「はい……エルフだってことを隠しながら、魔法を使うのは……ルーカスさんたちに後ろめたさを感じだというか……嘘を付いているみたいで嫌だったので……」
「ルークは知ってたのか?」
「ああ、それよりお前ら……」
ルークが言いかけるより先に、セレーネが言葉を重ねる。
「みなさん……私がエルフだってことは……あまり他の方に言わないで貰えると助かります」
「広まればこの間みたいなことが起こるからだろ? 安心しろよ、絶対言わねえからよ! なあカルロス」
「うん、プリモドールの周辺ならともかく、この地域では隠しておいた方がいいかもね。こっちではエルフの人って珍しいし、差別意識がある人もいるかもしれない」
「この間の件、実は私とルーカスは近くで見ていたんだけど、あれは酷かったよ~。下心が丸出し。セレーネちゃん、ああいう上辺だけの男には絶対付いていっちゃダメだからね」
「はい、みなさんありがとうございます……!」
秘密を守る意思を見せた3人にセレーネは感謝の言葉を述べた。
「誰にも言うつもりはないが……もし広めたら、俺、ルークに本当に殺されるかもしれないからな なぁ?」
ルーカスは自分たちの反応を伺っていたルークを見る。
「いや殺さねえが」
ルーカスの冗談交じりに笑いにルークは真顔で返答する。
「真顔でそれを言われても怖えよ。まあ安心しろよ、俺らはそんな輩じゃねえから!」
ルークは笑い顔を作るルーカスを見る。その目には以前の男たちのように下卑たものではなく、真摯で揺るぎない意思が宿っていた。
「ルークって騎士みたいだよな。姫を守る寡黙な騎士。そう言うとかっこいいじゃねえか! 武器もちょうどロングソードだしな」
「確かに、セレーネちゃんってお姫様みたいに綺麗だし」
自身を姫と形容されたセレーネは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「……くだらねぇ」
4人は談笑しながら目的地を目指す。ルークはパーティー全体を守護するかのように最後尾を歩いていた。
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