2-7 精神的な死を迎えるエルフ
「私達が買った時より高くなってない?」
「新規の冒険者が増えてるし需要が上がってるからね」
「なら、こっちの安い方はどうでしょうか?」
「こっちのリネンはほら、ガサガサ。ダウンもこんなにスカスカだよ」
「セレーネさん、予算はどれくらいありますか?」
「ルークさんに2万ルーンいただきましたが……ちょっとお金を貯めたいので……もし買うなら、こっち安い方にしようと思います」
セレーネは貧相な寝袋を手にしようとしたところ、ルークが後ろから声をかける。
「買うのは決まったのか?」
「あ、ルークさん」
「おう来たなルーク。今ちょうど選んでたところだ」
ルークはセレーネが手にしていた、貧相な寝袋に目が留まる。
「お前、それでいいのか?」
「はい……お金が勿体ないので……」
100万ルーンを使い込み、その上でルークからお金を貰っていたセレーネには節約の意識が高まっていた。
「もし今回だけ使うっていうなら一番安いのでもいいが、これからも使う予定があるならこっちの方がいいぜ」
ルーカスは18,800ルーンと書かれた棚から寝袋を取り出すと、質感を確かめるべくルークも触れる。
「肌触りが良くてあったかそうだろ?」
「確かにな」
「ですが値段が高いですね……」
「中綿の量からして違うからなぁ」
セレーネの手にしている寝袋とルークが触れている寝袋では、見た目の時点で厚みが違っていた。
「そっちはいくらだ?」
「こっちは……7,200ルーンですね」
2つの寝袋では価格差が2倍以上あった。
「なら高い方を買え。どのみちこの後も長旅になるんだ。良いやつを買った方がいいだろ」
「分かりました……ルークさんのお金は……大丈夫でしょうか?」
「3万はある」
「俺より持ってるじゃねえか!」
ルークはドレッドトロールの角をギルドに売却し、討伐報酬と合わせ約3万ルーンを得ていた。
ルークとセレーネは店員に頼み、高い方の寝袋や日用品を購入した。
その後5人は店を出るが、ルークは店内に引き返してしまい、ルーカスが呼び止めた。
「おい、どうした? 何か買い忘れたか?」
「バッグがねえんだ」
「お前バッグも持ってなかったのか」
「ああ」
「それなら……カルロス、前のバッグどうした?」
「あれならまだ持ってるよ」
今度はカルロスがルークに質問をする。
「ルークさん、僕のバッグで良ければ使いますか?」
ルークは一瞬躊躇うが、あまりお金がない彼は了承の返事をする。
「ああ……」
「分かりました。では僕の家まで行きましょう」
ルークはカルロスの家まで向かうと、バッグを受け取った。
「ルークさんそれ、あげますよ」
「売れば金になるだろ」
カルロスの大き目な革のバッグには所々に傷があり、使い込まれた結果、濃い飴色になっていたが、それがかえって魅力的な外観を作り上げていた。
「これから遠征に行く仲間なんですから、記念にあげますよ。いや行く前から記念て言うのもおかしいか、ははっ」
「金を稼ぎに行くのに、金になる物をあげたら意味がないだろ。なのに、さっき会ったばかりの相手に何であげるんだ?」
バッグは状態が良い為、売れば数日分の生活費が捻出出来るだろう。道具は冒険者としての資産である。それを会ったばかりの相手にあげるのは、ルークとしては腑に落ちなかったが――
「ルークさんだってこの前も今日も、私にお金をくれたじゃないですか」
セレーネは嬉しそうに笑いながら、ルークの矛盾した行動と言動を指摘する。
「あれはお前が金がないっていうからあげたんだろ」
「なら僕も、ルークさんに善意であげるんですよ。そんなに警戒しないでください」
ルークは2人に自身の矛盾点を指摘され、言い返すことが出来なかっため、受け取ったバッグを渋々背負う。
「なら貰うぞ……」
「はい、遠慮せず使ってください」
その様子を見ていたルーカスとヘレナはニヤニヤと笑っていた。
「ルーク君、セレーネちゃんには弱いみたい……」
「だな……ルークに頼みごとがあったらセレーネに頼もう」
そしてルーカスは場をまとめるべく、手を叩いた。
「よし! じゃあいいか、みんな明日の朝、ギルドに集合な。必要な荷物忘れんなよ!」
「分かりました!」
「忘れんなよって……いつも忘れるのはあんたでしょ!」
「明日は忘れねえよ!」
ルーカスとヘレナがやり取りをする中、カルロスはルークたちに確認を取る。
「テントや調理器具は僕らが持ってるから、2人はさっき買った物と必要そうな物を持ってきてください。後、野営地まで野宿は……1回かな。それ以外は街や村の宿に泊まるんで、お金も多めに必要です」
「分かりました」
「ああ」
2人は必要な物を再確認すると、ルーカスが場を締める。
「俺も支度をして早く寝るから、お前ら遅刻すんなよ!」
「あんたじゃないんだから遅刻しないわよ!」
「んふ、私も今日は早く寝ます!」
「おう、また明日な!」
ルーカスは手を軽く上げると自宅へ向け歩き出した。
「僕たちも準備しようか」
「そうだね」
「ルークさん、セレーネさん、明日はよろしくお願いします」
「また明日ね~」
「明日はよろしくお願いします!」
カルロスとヘレナはルークたちに別れを告げると、同じ建物へと入っていった。
残った2人は歩き出す。
「私、明日が何だか楽しみです!」
「楽しみって……旅行じゃねえんだぞ。それにお前は、母親が攫われてるんだろうが」
「確かにそうですが……」
セレーネは、自身の使命と矛盾する思いに頭を悩ませたのか、少しの間の後に口を開ける。
「私は今まで1人で旅をしてきましたが……今日みたいに誰かと、お喋りすることはありませんでした。みなさんとても親切な方たちなので、話していて楽しかったです。もちろん母も早く助けたいのですが……今の私では何も出来ませんので……」
セレーネはルークにとって相反する言葉を口にする。
「母は言っていました、『辛いときでも前を向いて歩きなさい、でないと一生辛いまま、生きるなら楽しく生きなさい』と……」
それはルークの生き方とは真逆であり、彼は黙り込んだままだった。
「私たちエルフって……精神的な死を迎える方が多いんです……肉体的には千年も生きられますが、実際には殆どの方がその半分しか生きられません。精神が衰弱して自殺をしてしまう方や、高齢になると魂そのものが薄れ、消えてしまい、一生眠ったままになってしまうんです……」
「そうか……精神的な死か……」
人間的な価値観では『精神の死』を単なる比喩として捉えるが、長寿のエルフにとっては、現実の死に直結する事象であり、ルークにとって初めて知る事実であった。
セレーネの重い言葉の紡ぎは、肉体は健全のまま残され、燃ゆる蝋燭のように静かに魂が薄れていく様、それを見守る周囲の者たちの悲しみを物語っていた。
長寿の幸福は精神の強さと平穏があって初めて成り立つものであり、エルフにとっての精神的な苦痛は、肉体の損傷以上の負荷であろう。
「はい……なので母の言葉の意味を、最近ようやく理解した気がします。辛いことばかり考えていると気が滅入ってしまいますからね。旅で辛いときもありましたが、今日みたいに楽しいこともありました。これからも大変なことが多いと思いますが……その中の楽しさを大事にして、頑張りたいです……!」
新たな価値観を知ったルークは、彼女の意気込みを否定することが出来なかった。
「そうか……確かにそうなのかもしれないな」
「はい! なので明日からは私も、ルークさんとみなさんのお役に立てるよう、頑張りたいです! よろしくお願いしますね、ルークさん……!」
セレーネは笑いながらルークに語り掛ける。
歩いているうちに2人は宿屋の前にいた。
「ルークさん、私は今日はここに泊まります。明日はよろしくお願いします!」
「ああ、そうだな」
セレーネは頭を軽く下げると、宿の中へと消えていった。
「俺は……あの日から死んでいるのと変わらないのか……」
蒼銀になびく後ろ髪を見届けると、ルークは自宅へ向け進みだした。
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