2-6 開拓地ルムンオートにむけて
5人は食事を終え、店員に食器を下げてもらうと、カルロスは地図を取り出し説明を始める。しかしそれは北東の村々や現在の開拓位置を示した簡易的なものだった。
「これがその北東付近の地図で、ギルドはこの一帯のことを『ルムンオート』と仮称したようです。森に入る前にはすでに野営地が作られており、仮設のギルドも建てられています」
「それで、何の依頼があるんだ?」
「依頼というよりは無作為な魔物の討伐ですね……と言ってもやはりゴブリンやコボルトが多く、森林地帯なのでダイアウルフやクローベアもいるそうです」
「依頼報酬はないが、討伐報酬での稼ぎが多いってことでいいのか?」
「ええそうです。魔物の討伐以外にも、資源の調査や採取でも報酬が貰えるので、討伐と同時に行っていくのが良さそうです。話によると、ゴブリン10体で4,000ルーンも貰えたそうです」
「それだけ高ければ、野営地に近いゴブリンは狩り尽くされているんじゃないのか? 行って帰ってくるだけでも日数がかかる。少なくともこっちでの稼ぎの倍以上は稼げないと、話にならねえ」
「それなら大丈夫だ」
ルークの質問にルーカスが答える。
「このルムンオートには山から下りてきた強い魔物や、まだ生態が分かっていない魔物がいるらしくて、そいつらを狙って俺らで倒すんだ」
「中でもここ最近、現地の間では『シルバー』と呼ばれている未知の魔物が暴れており、ギルドはその魔物に懸賞金を掛けました」
「いくらなんだ?」
「32万ルーンです」
「32万か……」
ルークはその金額の大きさに復唱する。それは彼の半年分以上の生活費であり、そのうちの4割が貰えたとしても、今のルークとセレーネにとっては大きな収益になる。
「パーティーでの分配はどうなる?」
「それはもちろん全部均等だぜ。報酬金の4割はお前らのものだ」
「そうか。それで、何日滞在するんだ?」
「とりあえず向こうで2週間は滞在してみようかと考えています。現地の野営地では食料も販売しているので、そこで調達すればもっと長い期間滞在出来るかと思います。その分、野営地の食料は高いと思いますが……」
カルロスの説明に、今度はヘレナが質問する。
「向こうまでどれくらいかかるの?」
「野営地までは……う~ん早くても10日はかかるかな。けど街道沿いを通るし、ティエンサードに行ってから北に向かうつもりだから、行くまでは大変じゃないよ」
「まあその方が疲れないしいいね」
カルロスの意見にヘレナは賛同する。
自分たちの考えを伝え終えたルーカスは、ルークに尋ねた。
「で、どうするよ。もちろん大きく稼げる保証はないし、危険もあるが……夢はあると思うんだ」
「でた、ルーカスがいつも言う『夢』ね。私たちは賭博師じゃないんだよ?」
ルーカスの一攫千金を狙う思考にヘレナは釘を刺した。
「そんなのは分かってるって。別に博打をしようって言ってるわけじゃない。俺たちならそれが安全に出来ると思ってる」
ルーカスはルークを見ながら言うが、ヘレナに茶化される。
「なんかさっきと言ってること矛盾してない~? 危険もあるのに安全って」
「矛盾は……してねえよ! 危険もあるが俺たちなら安全にこなせるってことだ。そもそも安全に暮らせるなら冒険者なんかやってないだろ?」
矛盾を指摘するのを諦めたのか、ヘレナは静かに賛同する。
「うんまぁ……そうだね」
「3人ならそうかもしれなけど、今回はルークさんとセレーネさんがいるからね。パーティーの構成も悪くないから、今までより安全に戦えるよ」
「ルーク、もしこの話に不満があるなら断ってくれても構わないぜ」
確認の為にルークはセレーネに意見を聞く。
「話によると帰ってくるまでに1か月以上はかかる。旅費を稼ぐために旅をしなくちゃいけねえがいいのか?」
「はい、私は大丈夫です。どのみち私1人ではお金を稼げないので……方針はルークさんにお願いしたいです」
「そうか」
結論が出たルークは答えを告げる。
「分かった。誘いを受けよう」
その言葉にルーカス達は湧き立った。
「よっしゃ、決まりだな!」
「2人ともよろしくね」
「よろしくおねがいします」
「みなさん、こちらこそよろしくお願いします」
3人と同じようにセレーネも笑っていたが、ルークは無反応だった。そんな彼に、ルーカスは晴れやかな笑い顔を浮かべながら手を差し伸べる。
「ルーク、よろしくな!」
「なんだ?」
「これから俺らは互いの背中を預ける仲間だってこった。仲良くしようぜ!」
ルークは不服そうにも手を突き出しと、ルーカスは下から手を差し入れ、ルークの親指を握り締めるように力強く握手をした。
それを見たヘレナとセレーネも笑いながら互いの手を交える。
「改めてよろしくねセレーネちゃん」
「はい、よろしくお願いします、ヘレナさん!」
「よっしゃぁ! じゃあさっそくすぐに行こうぜ!」
「あんたなに言ってんのよ。今日すぐに行けるわけないでしょ」
ルーカスの逸る気持ちを抑えるようにカルロスは笑う。
「ふっ、今から行くって言うのは流石に無理だよ。ルークさんたちは遠征をしたことはありますか?」
「ないな」
「私も……ないですね」
セレーネは一瞬だけ間を置いて返答する。彼女は今も長旅の途中であるが、依頼の為、魔物の討伐の為に遠征するということは初めてだった。
「そうなると、色々と道具が必要かもしれないですね」
「寝袋とかか?」
「はい、寝袋はあった方がいいですね。後は食器類も必要で、もちろん下着や歯ブラシのような日用品もいりますね。テントや調理器具は僕らが持っているから大丈夫です」
「色々必要なんですね……」
準備にかかる費用について考え込むセレーネにヘレナは声を掛ける。
「セレーネちゃん、寝袋とかは持ってない?」
「はい、野宿とかはしたことがなかったので、衣類や日用品しか持っていません」
「寝袋がないと……寒いよね?」
ヘレナに尋ねられたカルロスが答える。
「山の奥までは行かないつもりだけど、まあ今の季節でも朝晩は寒いね」
「ん~だよね。寒くて眠れないかもね。セレーネちゃん、寝袋はあった方が良いかもしれないけど……お金は大丈夫?」
「お金は……あまりないです……」
セレーネが尻込みするのも当然である。まず野営地に着くまでの10日の生活費に加えて、野営地での食料代、そこに更に寝袋の代金が加わると手持ちの1万ルーンでは心もとない。
そこでルークは口を挟む。
「寝袋はいくらするんだ?」
「私達が使ってるのって、1万5千ぐらいじゃなかったっけ?」
「それくらいだね。ルーカスが買うなら羽毛が多いやつにしろって言ってたから」
「あったかいし、あれ買って良かっただろ? ルークたちも今後、野宿をするっていうなら良いやつを買った方がいいが、今回だけなら一番安い寝袋とブランケットがあれば十分じゃないか?」
15,000ルーンという高い額面を聞かされたセレーネはルークと相談する。
「ルークさん、寝袋ってそんなに高いんですね。そんなに持っていないので、私は寝袋無しで頑張ってみます……」
「昨日の金、お前に返すからそれで買えよ」
「そうすると、ルークは大丈夫でしょうか……?」
「金は平気だからお前は必要な物を買え。どのみち例の場所に行くまでに野宿はするからな」
「すみませんルークさん……」
気後れするセレーネを見兼ねたルーカスはルークに問い掛けた。
「金が足りないのか? 急に誘ったんだ、少しなら貸すぜ」
「いやいい。金は足りる」
「そうか。あぁ、折角だからよ、この後買い物に付き合おうか? どれがいいか色々教えてやるぜ」
「いいねぇ。私たちも準備が必要だし、一緒に見に行かない?」
「いいですねぇ。ルークさん……どうしましょうか?」
ヘレナ達の提案に、セレーネは表情が明るくなるがルークの様子を伺う。資金の大半はルークが所持しており、必然的にセレーネの決定権も彼が握っている。
「とりあえず2万渡す。俺はこの間の角を売ってから、後で向かう」
「すみません……ありがとうございます」
セレーネは銀貨4枚を受け取った。
「よし、なら行くか」
「セレーネちゃん、私が色々と教えてあげるからね」
「はい、よろしくお願いします」
皆々、席を立つとテーブルの下に置いておいた手荷物を持つ。
ルークは座ったまま合流場所を訪ねた。
「店はギルドのあのデカい方か?」
「ああ、あっちの野外品の専門店に行く。お前も後で来いよ」
「ああ」
ルーカスたちと一緒に席を立つセレーネを、ルークは呼び止めた。
「待て、あと渡すもんがある」
呼び止めたルークにルーカスは気を遣う。
「んじゃ、俺ら入口で待ってるから。セレーネ、話し終わったら来いよ」
「あ、はい、分かりました。」
ルーカスたちが集会所を後にするのを見届けると、ルークはポーチから紐で巻かれた羊皮紙を取り出し、セレーネに手渡した。
彼女はそれを質感を確かめるように指を滑らせる。
「とても質感がいいですね。ルークさん、これはもしかして……」
「ああ、ルーンスクロールだ」
「中は何の魔法でしょうか?」
冒険者としては駆け出しなセレーネだったが、ルーンスクロールの存在を知っているのは流石魔法師というべきだろう。
「たしか中身は……氷の一般魔法だ……。お前の魔力量なら相手の足を止められるはずだ。あいつらはしないと思うが……もし昨日みたいに身に危険を感じたらすぐに使え」
「わざわざありがとうございます。けど、ルーカスさん達は良い人そうなので大丈夫だと思います」
「昨日のあの後じゃ、その言葉に説得力がねえよ」
「確かにそうですね……」
セレーネは照れ笑いをすると、手にしているルーンスクロールを眺める。
「けどこれ……凄い上質でサラサラしていますね。こんなに良い羊皮紙なのに、簡単な魔法が記されているんですか?」
その質問に、ルークは彼女の目を見て話す。
「ああ、貰いもんで試しに使ってみたが、中身は『ニブド・レフィーズ』だった。仔牛の皮なのに中身の魔法があってねえ」
「作った人のこだわりでしょうか?」
「そうかもな……」
セレーネはローブのポケットにルーンスクロールをしまうと、真剣な表情を作る。
「ルークさん……私からも……お願いがあるんですがいいでしょうか……?」
「なんだ?」
「その……ルークさんに頼める立場ではないんですが……ルーカスさん達に迷惑というか……盗みとかは、しないでいただけ……してはいけませんよ……!」
セレーネは言葉を慎重に選ぶように話していたが、最終的にルークの素行を注意するような物言いになる。それはヘレナに言われたからではなく、彼女自身がルークに対して思っていることが咄嗟に言葉に出たのだろう。
不意に出てしまった言葉にセレーネはすぐさま謝る。
「ごめんなさい……! ルークさんに頼みごとを出来る立場ではないのは分かっています……」
「あの女に言われたんだろ? 別に……盗み何かしねえよ。盗みなんかしねえってあいつらに言っておけ」
ルークは顔を逸らしながらそう宣言すると、セレーネは再び笑った。
「はい、ルークさん、ありがとうございます!」
「俺は良いが、お前……どうするんだ? 精霊魔法を使ったら、お前がエルフだってあいつらに知られるぞ」
「それは……何とか誤魔化しますが、あの方たちなら私がエルフだって知られても大丈夫だと思います」
「お前がそう言うなら別にいいが」
彼らが今いる東ティルファランドではエルフは珍しい存在であったが、セレーネはルーカスたちになら、種族を知られても問題ないと判断したのだろう。自身の正体を知られることにあまり気にしていない様子であった。
「話は終わりだ。俺も後から店に向かう」
「分かりました、それじゃあまた後で!」
セレーネは明るい顔のままギルド集会所の出入り口へと向かった。
彼女を見届けると、ルークは1人呟く。
「偽善だな……俺は……」
彼はセレーネに1つだけ嘘を付いていた。
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